リーゼロッテの恋
「リーゼロッテ様、本日はフランツ様とご一緒に昼食のご予定になっています」
リーゼロッテの髪を丁寧に結い上げた後、シルヴィアは言った。
「そうだったわね。シルヴィア、ついてきて」
鏡台の前に座ったリーゼロッテに、鏡越しにシルヴィアは小さく首を振った。
「リーゼロッテ様、そろそろ私抜きでフランツ様とお話をされてください」
「嫌よ、何を話して良いのか分からないわ」
「話題はフランツ様が選んでくださいます」
「一人だと心細いのよ」
「ですがリーゼロッテ様、いつまでも私が一緒にいては、フランツ様にもご迷惑かと……」
「食事くらい良いじゃない。ベッドまで共にきてと言っているわけじゃないわ」
「ベッ――」
一瞬言葉を失って、シルヴィアはこほんとわざとらしくせき払いをする。
「そのようなこと、冗談でもおっしゃらないでください」
「もう、冗談が通じないわねえ」
愛くるしく笑ってリーゼロッテは、椅子から立ちあがってシルヴィアの方を向いた。
「それより、今日はあなたの従兄が来るのでしょう?」
「はい。もうこちらに着いている時間ですから、今から迎えに行ってまいります。そのまま連れてきてもよろしいですか?」
「もちろんよ」
レオンハルトの命で、シルヴィアは仲間をひとり、王女専属の近衛兵に推薦していた。
シルヴィアの従兄という肩書で、没落貴族ゆえに仕事を探しているということにした。リーゼロッテは何の疑いもなくそれを了承してくれている。
リーゼロッテの部屋から退室し、来客用の部屋へと向かった。
「シルヴィア様を訪ねてきた方がお待ちです」
「ありがとう」
使用人に礼を言って扉を開ける。
一歩踏み入れて、シルヴィアはその場で固まった。
「やあ、従妹どの」
天使ように、彼はほほえんだ。
「扉が開いたままだよ」
にこりと言われて、シルヴィアははっとして扉を閉めた。
「……レイ」
いるはずのないレイの姿に、シルヴィアは眉間にしわを寄せた。
「どういうつもり? 予定と違うわ。あなたが来るなんて、聞いてない」
「代わってもらった」
「代わってもらったって……」
「興味があったから。君を助けた男にね」
フランツのことを言われているのだと分かって、シルヴィアは多少の怒りを込めてレイをにらんだ。
「レイ」
「おっと、君とここで口論するつもりはないよ。計画はもう変更済み。今更もとには戻せない。俺は君の従兄のレイ。君の母の姉の子供で、没落したリセル家の三男。リーゼロッテにそう紹介してくれ」
座っていたソファから立ちあがって、部屋の外へ出ようと促すレイ。言いたいことはたくさんあるが、シルヴィアは従うしかなかった。リーゼロッテが待っている。
仕方がなくレイを伴って、リーゼロッテが待つ応接間へと向かった。
ノックをして扉を開ける。
「リーゼロッテ様、お待たせして申し訳ございません。今日こちらに参りました、レイ・リセルと申します」
シルヴィアの言葉を受けて、レイはリーゼロッテの前までさっと進み出ると、片膝をついて臣下の礼をとった。
「レイ・リセルと申します。リーゼロッテ様におかれましては、ご機嫌麗しく」
頭を下げていたレイが顔をあげ、優雅にほほえんだ時、リーゼロッテはわかりやすく頬を赤くした。
「……レイと言うのね。とても良い名前だわ」
「ありがとうございます。リーゼロッテ様も、お噂にたがわぬ美しさ」
「……そ、そんなことないわ。レイ、あなたの方が――」
「リーゼロッテ様」
わざと声を大きくして言葉を遮ってから、シルヴィアはにっこりとほほえんだ。
「レイはこれから近衛兵の詰所へ行くことになっていますので」
「ええ、そうね。またね、レイ」
「はい。失礼いたします、リーゼロッテ様」
もう一度、丁寧に臣下の礼をとって、レイは立ちあがった。
部屋を出ていく際に、リーゼロッテは慌ててレイを呼び止めた。
「レイ。あの」
「はい、何でしょう?」
「あの、これから、よろしくね」
「……リーゼロッテ様のために、力を尽くします」
もういちどふわりと優雅にほほえんで、レイは出ていった。
後には、閉まった扉をぼんやり眺めるリーゼロッテと、シルヴィアだけが残される。
リーゼロッテは少女らしく、美しいものが好きだ。
だからレイでは駄目だったのだ。シルヴィアは内心でため息をつく。
この状況をどうしようかとシルヴィアが考えあぐねていると、リーゼロッテが困ったようなまなざしをシルヴィアに向けてきた。
「シルヴィア、どうしよう」
「……リーゼロッテ様」
「あんなにすてきな人に会ったのははじめてよ」
両手で頬を包み込むようにして、リーゼロッテは顔を赤くしている。
「どうしよう。一目ぼれって、きっとこういうことをいうのだわ」
「リーゼロッテ様」
シルヴィアは思わず厳しい口調になった。
「リーゼロッテ様。それはいけません。リーゼロッテ様にはフランツ様がいらっしゃいます」
「分かっているわ、でも……」
叱責するようなシルヴィアの言葉に、リーゼロッテの大きな瞳が潤んだ。
「でも、近衛兵だもの。ずっとそばにいるのでしょう? どうすればいいの? 彼を連れてきたのは、シルヴィアよ」
「近衛兵はやめましょう。職を与えてもらえればそれで良いのです」
「ダメよ。そんなの、ダメ」
「リーゼロッテ様……」
ふるふると首を振る恋する少女に、シルヴィアはいったいどうすればいいのか分からず、途方に暮れていた。