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手紙

 その後、ジーク・クラナッハとゲオルク・クラナッハは極刑に処せられ、ジークの妻、あるいは少数いたクラナッハ派の貴族も、財産没収の上国外追放となった。


 タイスには、十年前のクーデターに加担して王都に攻め込んだ責任を追及するという書状を突きつけた。それを受けてタイスは、宰相エリオット・スペンサーをハルヴィットに派遣してきた。タイスはタイスで、ゲオルクをカルヴァリースから離すために利用されたことを非難するつもりのようだ。


 長い会議が続いた後、結局ハルヴィット側が求める賠償金については大幅に額を減らすこととなった。代わりに、国境に配備した軍の増強を承諾させた。

 それから最後に、リーゼロッテ・クラナッハの生命の安全をタイスは約束した。


 そういった話をセシルから聞かされて、シルヴィアは心から安堵した。リーゼロッテの身の上だけが、どうしても気がかりになっていたからだ。


 シルヴィアと向かい合う長椅子に腰を掛けて、セシルは長い足を組んでいた。


「それでシルヴィア、君に客人だ」

「……私に?」

「宰相に同行してきたんだ。君にどうしても会いたいというから連れてきた。断ることもできたけれど、君の恩人だから仕方がなく」


 ため息をついてセシルは、扉の前にいた近衛兵に視線を送った。


「通してくれ」


 部屋に入ってきた人物に、シルヴィアは思わず息を飲んだ。


 フランツだった。しかもその後ろには、アダムが控えている。

 扉は開け放たれたまま、近衛兵たちがずらりと並んで見守る中で、フランツは口を開いた。


「セシル様、機会を与えてくださったことに感謝します」


 変わらない様子を見せたフランツに、シルヴィアは言葉を失っていた。

 セシルは組んだ足の上で両手の指を組み合わせ、シルヴィアをちらりと見た。


「この調子で、まったく表情を変えないんだ」

「驚きは、とうに過ぎ去りました。わずかな時間でも、あなたが私の屋敷に住んでいたことを、今は懐かしくも思います」

「嫌な男だ」


 苦く笑ったセシルに、フランツは伴ってきたアダムに視線を送る。


「アダム」


 呼ばれたアダムはフランツの横に進み出ると、片膝をついて頭を低くした。


「お二人の命を危険にさらしましたこと、お詫び申し上げます」

「仕留めそこなって残念そうな顔にみえる」


 セシルが口の端を上げると、アダムは顔を上げて平然と答えた。


「私はタイスのため、またスペンサー家のために生きておりますゆえ」

「もういい、立て。確かにお前はお前の立場では最適な行動をした。だがシルヴィアを殴ったことだけは、許せないな。お前の部下だろう?」


 アダムは、セシルが何のことを言っているのかにすぐに思いあたったようだ。


「ではここで、私が殴られましょう。どうぞお好きに」

「……セシル様、私のことは良いですから」


 控えめな声でシルヴィアが言うと、セシルは仕方がないといった様子で息をついた。


「ではお前が、あの男を殴っておけ」

「仰せの通りに」


 そしてセシルはフランツに視線を戻した。


「婚姻はどうするつもりだ?」

「延期にはなりましたが、時を見て式をあげようかと」


 その答えに、シルヴィアはわずかに瞠目した。


「……宰相は合意のうえか?」

「いいえ。父からは反対されておりますので、私の独断です」


 そう答えてフランツは、静かで穏やかな笑みを浮かべた。


「縁があって巡り合いました。共に生きていきたいと思っています」

「……そうか」


 そしてフランツは、胸のポケットから白い封書を取りだした。


「これを」


 シルヴィアは、目の前に差し出されたものを受け取った。それを開くと、白い便箋に、かつて良く見た丁寧な文字が書かれてあった。


『私をだましていたあなたのことを許すことはできません。

 それでも、私の幸せを願ってくれた気持ちは本物であったと、信じます。

                        リーゼロッテ・クラナッハ』


 手紙を持つ両手が、いつの間にか震えていた。胸が、いや全身が締め付けられるような感覚に襲われて、シルヴィアは慌てて唇を噛んだ。こぼれ落ちそうになる涙を精一杯こらえていると、喉の奥がひりひりと痛くなった。

 フランツが静かな声で言った。


「父には批判を受けるでしょうが、私はできるならば、両国がともに歩める未来を模索するべきだと思っています」

「フランツ様」


 アダムが困惑したような視線をフランツに送る。

 シルヴィアの様子を黙って見ていたセシルが、フランツに視線を戻して答えた。


「あの宰相の息子にしては、とんだ理想家だ」

「お気に召しませんか?」

「……いや。叶わぬとしても、夢を見るのは悪くはない」

「今は小さくとも、いつか大きな変化につながるでしょう。そのためにも、私は国に戻って働きます」


 柔和な表情の中に強い決意をあらわしてそう言うと、フランツは姿勢を正した。


「それでは、私はこれで」

「フランツ様」


 シルヴィアは思わず呼び止めていた。振り返ったフランツに、必死で言葉を探す。


「……どうかお元気で。あなたの帰りを待っている方にも、そうお伝えください」


 喉の奥から振り絞った声に、フランツはあたたかい笑みを見せた。


「はい。あなたもどうか、お体にお気をつけください。それでは」

「……ええ、さようなら」


 一礼して去った背中を見送って、シルヴィアは心の中でもう一度別れを告げた。

 さようなら。すべてを失った少女に、生きろと願いをかけてくれた人。

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