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終焉

 騎兵たちが続々とライズ辺境伯領を出発していく。

 用意された馬に自らも騎乗してシルヴィアは、セシルの側へと馬の首を回した。


 馬上のセシルはその気配に気がつき、シルヴィアの方を振り向いた。昨日までの彼とは違うセシルは、シルヴィアの目をじっと見つめるが、何も言わなかった。

 シルヴィアも同じだ。今は何も言わなくても良かった。ただ進むだけだ。


 少しの間見つめ合ってセシルは、シルヴィアに手を差し伸べた。


「シルヴィア、俺の側から離れないで」

「……はい」


 シルヴィアは側に寄り、自分の手をそっと重ねた。

 彼の役に立つようにとレオンハルトに言われた言葉の重みを、あらためて感じる。


(何かあれば、私があなたを守る)


 心の中で固く誓ってシルヴィアは、セシルと共に出発した。


 急ぎ進軍して半日、軍は王都カルヴァリースに入り、クラナッハの城を包囲した。

 兵を半数に減らしていたクラナッハ軍は、城外をすぐに放棄して防城戦に臨んでいた。突如攻め込まれたせいもあるのか、統率のとれたオルデンベルグ兵に対して、クラナッハ兵はあまりにも足並みがそろっていなかった。


 圧倒的不利な状況に陥って数時間がたっても、ジークは開城交渉に応じなかった。城兵の生命や安全な退去よりも、自分のプライドを優先させたようだ。

 結局、破城槌で城門を開いた。強行突破と同時に多くの兵が逃げ出し、抵抗するものは少なかった。守備兵の士気は、既に無いも同然だった。


 クラナッハの城の構造は、かなり以前から熟知されていた。先導の兵が道を開き、セシルはまっすぐに謁見の間に向かう。

 一度は国を手中にしたものとして、最後の誇りを捨てていないのであれば、ジークはそこにいるはずだった。


 そして、その時は訪れた。


 両開きのドアが勢い良く開け放たれた時、ジーク・クラナッハは自ら剣を取り、待ち構えていた。

 ジークの妻と逃げ遅れた侍女たちが玉座の後ろで震えていた。


 オスカーが、油断なく剣を構えながら部屋の中へと進む。その姿を見て、顔面蒼白になったジークは歯ぎしりをした。


「……オスカー、貴様! 裏切りおって!」

「まさかその台詞を貴様が言うとは」


 一笑に付してオスカーは、駆足になって高々と振り上げた剣を一気に振り下ろした。激しい金属音が鳴り響いて、受け止めようとしたジークの剣は簡単にはじき落されていた。

 床を回転していく剣を見ながら、ジークは青い顔からさらに血の気を失った。


「ジーク、腕が鈍りすぎではないか。かつての面影がまるでないぞ。過ぎたる権力の上に胡坐をかくと、そうなってしまうのか」

「貴様……」


 オスカーに剣をまっすぐに向けられたジークに、レオンハルトがすっと歩み出る。


「久しいな、ジーク」


 その姿を確かめて、ジークは目を見開く。


「まさか、生きて――」

「生きていたのは、私だけではない」


 レオンハルトの視線を追うように、ジークはセシルを視界に入れた。ジークは、訳が分からぬといった表情で顔をゆがめ、次の言葉が続かないようだ。


「と言っても、お前には誰か分からぬか。教えてやろう。真に玉座に相応しい人間だ」


 レオンハルトとセシルを見比べ、その言葉の意味を理解したのか、ジークは見て分かるほどに体を震えさせた。


「馬鹿な! お前は死んだはずだ! この私が、この手で――」

「ああ、そうだ」


 感情のこもってない冷えた声で答えながら、セシルは抜いた長剣を手にジークの前まで進み出る。背後にある玉座を一瞬ちらりと見てから、再びジークに視線を戻した。


「この玉座につくのに、お前はどれくらい殺した?」


 セシルの言葉に、ジークは何も答えない。獣のようなうなりをあげるだけだ。


「お前には相応しくない」


 言った瞬間、セシルは剣をひゅっと動かした。体を硬直させたジークの胸元で、深紅のマントを留めていた黄金の紐が切れた。

 音を立ててマントが床に落ちる。ジークの足元に血だまりができたようだった。


「ひざまずけ」


 剣先を向けられ、冷酷に告げられる言葉。ジークはぎりぎりと奥歯をかみしめながらも、片方ずつ膝を床につけていく。その動作の途中で、低くなったジークの体を、セシルは無表情に蹴り飛ばしていた。


「……!!」


 無様に転がって仰向けになったジークの胸を、セシルは片足で踏みつけ膝を折る。両手で持った剣を垂直に振り上げると、耳の真横に勢い良く突き立てていた。


「ひっ……」


 かちかちと歯を鳴らし出したジークを見下ろしたセシルの目には、静かだが決して消えない炎が宿っていた。


「俺の家族を、お前が殺していくのをこの目で見ていた。今ここで、八つ裂きにしてやりたい」

「た、助け――」

「だがお前を八つ裂きにしたいと思っているのは、俺だけじゃない。お前はハルヴィットの法によって裁く。そして衆人の前で、刑を受けろ」


 セシルが剣を取ってジークの上から立ちあがると、槍を構えた兵たちが一斉にジークを取り囲み、身柄を拘束した。


「離せ! 今に、ゲオルクが――」


 ジークのその最後の望みを、オスカーが無慈悲に打ち砕く。


「安心しろ。今頃はゲオルクも同じ目にあっているだろうよ」


 遠吠えにも似た悲鳴を響かせながら、ジークと、そして部屋にいた女たちが連れられて行く。


 そして部屋には、セシルとシルヴィアだけが取り残された。

 立ち尽くしてセシルは天を仰いだ。その頬に、たった一滴の涙が伝う。

 それを見たシルヴィアの頬も濡れていた。


 長き戦いが、今やっと、終わった。


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