金曜の夜は祝祭(三十と一夜の短篇第8回)
金曜日にめづらしく、仕事が早く終わる。こんな日は、職場の仲間とラーメンでも食べに行こう。車移動だから、飲酒はできない。水曜日、幸手に横濱家系ラーメンが初上陸した。上陸といっても、埼玉に海はない。あたらしい店、行かずにはおれない。
ダーチーは家の用事で来られない。バーバに声をかけると、色好い返事。帰りぎわにサトウくんにも声をかけ、サトウくんもあとから合流する。行かなくてはならない。サトウくんには冗談半分に言っておいた。「濃厚道場とハシゴだよ」と。
濃厚道場は、新店の眼と鼻のさきにある。駅前の国道沿い、ひじょうに立地がわるい。濃厚道場の駐車場は奥まった位置、ひじょうにわかりづらいところにある。この車社会において駐車場の有無は、致命的である。だから濃厚道場の大看板には、「駐車場コチラ」と書いてある。
バーバが入社するまえの話だ。ダーチーとサトウくんの三人で瑛に行ってみると、スープ切れのために営業終了していたことがあった。ダーチーと飯に行くことに、なにかしらのジンクスがある。瑛の臨時休業で二度の肩透かし、入ったやよい軒では突然の停電。まったく、ろくなことがない。三度めのジンクス、瑛の代わりに濃厚道場に行ったのだ。
濃厚道場はおれの行きつけ、ポイントを貯めていた。業界初のポイント制度を導入しており、一回の来店で1ポイント。500ポイント(5000ポイントだったかな)貯めると、ディズニーリゾートペアチケットがもらえるんだったか。ディズニーのペアチケットには興味はない。10ポイント貯めると永年味玉無料になるという特権をねらって、こつこつと貯めこんでいた。
濃厚道場は鶏ダシの濃厚スープ。プラス50円で太麺にできる。濃厚さでは昔のドロドロしていたころの瑛にはおよばないが、いまの瑛をうわまわる。量ではさすがに、瑛には勝てないが。瑛なら中盛りプラス50円で満腹になるが、濃厚道場で大盛りプラス100円にしたところで足らない。安上がりに満腹感を得るためなら瑛……いや、心味で480円の大盛りチャーハンを食えばいい。
ダーチーとサトウくんの三人で濃厚道場へ行ったが、どうもふたりの心には響かなかったらしい。ダーチーが注文したラーメンとタコライス。サトウくんはラーメン大盛り。おれは煮干まぜそば。ダーチーは瑛のファンで、瑛のつけ麺を食べられなかったことを気に病んでいるようす。サトウくんに至っては、「二度来たいとは思わない」と言いはなつ始末。濃厚道場の魅力がつたわらず、おれはがっくりと肩を落とす。煮干まぜそばは超絶うまいのに、おれの心はみたされなかった。
濃厚道場は以前、ちがう名まえでやっていた。ラーメンWalker埼玉掲載店で、「行ってみるか」と一度だけ行ってみた。なんともオサレな店であった。表参道や南青山にでもありそうな雰囲気の内装。女子が入っても違和感のなさそうな、ラーメン屋としては違和感ばりばりの店であった。マスターのいでたちはハットに眼鏡、まるでカリスマ美容師。メニューはベジポタラーメンとかいう、いかにも女子が好きそうなやつ。タコライスはそのときの名残。チーズリゾットなんて、オサレなのもある。
ベジポタラーメン、たしかにうまかった。だが、二度来たいとは思わなかった。そのころからポイント制を導入していたが、ポイントを貯めようと思わなかった。病みつきになるような、おれの心をふるわせるようなラーメンではなかった。
ある日に通りかかるかかると、濃厚道場に変わっていた。「どれだけ濃厚なんだ」と思い行ってみると、マスターが同じ。ジョニー・デップのコスプレを棄てて、がちがちのラーメン屋の格好になっていた。埼玉の片田舎で、あのスタイルが受けいれられなかったのだろうと想像する。あのオサレ感からの濃厚道場。亀田三兄弟に掌を返したテリー伊藤ばりの豹変のしよう。不快感は皆無、むしろほほえましい。
「幸手一の濃厚さをめざす」と大書された看板。謙虚なのか大胆なのか、まったくわからない。だが、ほほえましい。出てきた濃厚な鶏ダシ醤油ラーメンを食べて、ポイント会員になる決意を固めた。おれはどろどろに濃い味、ぎとぎとの脂を愛してやまない海原雄山・ドゥ・濃い味スキー。濃厚道場の濃厚さは合格点であった。煮干まぜそばは特に絶品である。
ただ、この濃厚道場。客にたいして誠実さを欠いている。「誕生日ちかいから、来店したら10ポイントあげるよ」というメールに、ほいほいと乗っかる。自動で10ポイントにならない。1ポイントしか加算されていない。そこでマスターにメールを見せて訊いてみると、「ああ、あとでやっておきます」と愛想よく言った。ところが、である。いつまで経っても10ポイントが加算されない。「もういいや」となった。8ポイント貯めたところでレア叉焼丼と交換して、かよいつめるのをやめていた。
あたらしくできた家系ラーメンの店に来たのであって、濃厚道場はスルーするつもりでいた。ハシゴしてどちらが濃厚か試すというのも、冗談で言っていった。二十分あまりかけてバーバとふたり、さきに到着する。開店したばかりということもあって、駐車場に入りきらないくらいに混んでいる。しかたなく隣接する飲食店の大駐車場に停めて、受付の用紙に名まえを書いて列にならぶ。「サトウ・3」と、自分の名は隠匿しておく。テーブルとカウンター、どちらでも可に○をつける。
サトウくんに電話をしてみると、会社でトラブって時間がかかるという。来るか来ないかわからない。なにせサトウくんは、裏切るのが大好きだから。祝日にラーメン屋行こうと言っておいて、電話がかかってこなかったことが二度三度。まあ裏切るの大好きだからと、寛容の精神でサトウくんとはつきあっている。
まあサトウくん来ねえだろうなあと、バーバと談笑しながら順番を待つ。券売機をみると、いまは二種類のメニューしかえらべない。豚骨醤油と豚骨塩のみ。500円の特別価格でやっていた。営業時間を見てみれば、夜中の12時までやっている。これなら夜10時に仕事が終わっても、来ることはできる。
春日部うまれ春日部育ちのバーバが、幸手に来るのは初めてであるという。もちろん、通過はしたことはある。幸手にあるものはだいたい春日部にそろっているから、わざわざ幸手まで足を運ぶ必要もなかったのだろう。中一のときにその中間の杉戸に越してきたおれは、両方の町に行っている。バーバとの文化のちがいを感じたところで、ふたたびサトウくんに電話する。9時まえ。
サトウくんが裏切らない。ようやく終わって、これから来られる。9時半くらいには来られる。意を決し、バーバに言う。「サトウくん待ってるあいだ、濃厚道場行きませんか?」と。
濃厚道場の名を出したとき、バーバの食いつきがよかったのだ。「行ってみたいっすねえ」と。濃厚道場は10時半閉店。サトウくん到着までの時間を、有効につかえるではないか。瓢箪から駒。家系ラーメンの店員に「サトウだけど、一回外すけどまた来ます」と告げ、濃厚道場へ向かった。徒歩一分。
いつになく、濃厚道場が混んでいた。たぶん家系ラーメンの行列に辟易した客が、濃厚道場に流れたのだろう。眼と鼻のさきに家系ラーメンできてやばいのではないかと思っていたが、こういう効果もあるらしい。おれたちのような、ラーメン屋をハシゴしようという酔狂な客もあったのかもしれない。食うか食われるか。どちらが濃厚なのか。それをこれから決めてやろう。
「うまいっすねえ」
出されたラーメンを食うなり、バーバが言った。「また来てもいい」と。濃厚道場のよさがわかってもらえて、おれはうれしくなる。おれが注文したのは、煮干まぜそば。家系ラーメンで汁物を食おうというのだから、汁のないものをたのんだのだ。食べているあいだにサトウくんから電話が入る。
「いま濃厚道場いるんだよ」
「なに、家系やめたの?」
「ちがうよ、ハシゴハシゴ。サトウくん待ってるあいだに、食ってんだよ」
「ヤマさんと承太郎も来るっていうからさ、いま向かってるよ。あと10分くらいかな」
急な話であった。たしかに帰りぎわ、家の遠い承太郎に「家系ラーメン集合ね」と声をかけておいたが、いつもの冗談のつもりであった。来るとは思っていなかった。ヤマさんとはラーメンを食いに行ったことがなかったので、これは意外な参加者であった。人数は多いほうがたのしい。
濃厚道場を出て家系ラーメンにもどり、「サトウですけど」と店員に五人になった旨を伝える。五人で食うのだったら、カウンターではよろしくない。テーブルオンリーにしてもらう。サトウくんたちが到着したときには行列はなくなって、すんなりと店に入れた。「五名さまぶん、テーブルつなげておきましたから」と、女の子の店員が朗らかに言うのには好感が持てた。
醤油醤油醤油醤油、承太郎だけ塩。麺の固さ・味の濃さ・油の量をえらべるので、麺普通の味濃いめの油多めを注文する。ほかの四人がそこをどうしたのかには、注目していなかった。
期待どおりの味であった。そう、食べたかったのはこの味。中太ちぢれ麺。「うまい」、全員一致の感想。バーバに問う。「濃厚道場とどっちが濃厚ですか?」と。うーん、甲乙つけがたい。おれも同意見だ。つぎに濃厚道場とハシゴするときには、「もっと濃いの」とマスターに言ってやろう。
金曜の夜は祝祭、話は尽きない。すぐ近くのガストへ、あまいものを食べに行く。痩せの大食いの承太郎は物足りないようなのでサラダをたのみ、ヤマさんは「みんなでつまめるもの」とピザとポテトを注文した。あとは人数ぶんのドリンクバー。会社の内輪話で、大いに盛りあがる。みんなが大嫌いなくさった死体、「これ」の悪口(ダーチーがこの場にいなかったのは、ざんねんだ)。指折りのギタリストにしてセクハラ親父、「チョビ」の悪口。ナゾナゾの実を食べたナゾ人間、異次元から来た「ブチ」の悪口。そんなドリンクバーのように埒もない会話を、深夜の1時まで。しかし、名残おしい。祭りのあとのさみしさをかかえながら、家路に就く。
せっかく早く終わったのだから、早く帰って小説を書けばよいものをとは思うのだ。けれどこうして小説めいたものにでもしてしまえば、あの時間は無駄にはならない。人間には無駄な時間というものが、絶対的に必要なのである。
あ、ヤマさん。ガストごちそうさまでした。足を向けて眠れません。




