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「三十と一夜の短篇」

金曜の夜は祝祭(三十と一夜の短篇第8回)

作者: 錫 蒔隆
掲載日:2016/10/23

 金曜日にめづらしく、仕事が早く終わる。こんな日は、職場の仲間とラーメンでも食べに行こう。車移動だから、飲酒はできない。水曜日、幸手さってに横濱家系ラーメンが初上陸した。上陸といっても、埼玉に海はない。あたらしい店、行かずにはおれない。

 ダーチーは家の用事で来られない。バーバに声をかけると、色好い返事。帰りぎわにサトウくんにも声をかけ、サトウくんもあとから合流する。行かなくてはならない。サトウくんには冗談半分に言っておいた。「濃厚道場とハシゴだよ」と。

 濃厚道場は、新店の眼と鼻のさきにある。駅前の国道沿い、ひじょうに立地がわるい。濃厚道場の駐車場は奥まった位置、ひじょうにわかりづらいところにある。この車社会において駐車場の有無は、致命的である。だから濃厚道場の大看板には、「駐車場コチラ」と書いてある。


 バーバが入社するまえの話だ。ダーチーとサトウくんの三人でてるに行ってみると、スープ切れのために営業終了していたことがあった。ダーチーと飯に行くことに、なにかしらのジンクスがある。瑛の臨時休業で二度の肩透かし、入ったやよい軒では突然の停電。まったく、ろくなことがない。三度めのジンクス、瑛の代わりに濃厚道場に行ったのだ。

 濃厚道場はおれの行きつけ、ポイントを貯めていた。業界初のポイント制度を導入しており、一回の来店で1ポイント。500ポイント(5000ポイントだったかな)貯めると、ディズニーリゾートペアチケットがもらえるんだったか。ディズニーのペアチケットには興味はない。10ポイント貯めると永年味玉無料になるという特権をねらって、こつこつと貯めこんでいた。

 濃厚道場は鶏ダシの濃厚スープ。プラス50円で太麺にできる。濃厚さでは昔のドロドロしていたころの瑛にはおよばないが、いまの瑛をうわまわる。量ではさすがに、瑛には勝てないが。瑛なら中盛りプラス50円で満腹になるが、濃厚道場で大盛りプラス100円にしたところで足らない。安上がりに満腹感を得るためなら瑛……いや、心味しんみで480円の大盛りチャーハンを食えばいい。

 ダーチーとサトウくんの三人で濃厚道場へ行ったが、どうもふたりの心には響かなかったらしい。ダーチーが注文したラーメンとタコライス。サトウくんはラーメン大盛り。おれは煮干まぜそば。ダーチーは瑛のファンで、瑛のつけ麺を食べられなかったことを気に病んでいるようす。サトウくんに至っては、「二度来たいとは思わない」と言いはなつ始末。濃厚道場の魅力がつたわらず、おれはがっくりと肩を落とす。煮干まぜそばは超絶うまいのに、おれの心はみたされなかった。

 濃厚道場は以前、ちがう名まえでやっていた。ラーメンWalker埼玉掲載店で、「行ってみるか」と一度だけ行ってみた。なんともオサレな店であった。表参道や南青山にでもありそうな雰囲気の内装。女子が入っても違和感のなさそうな、ラーメン屋としては違和感ばりばりの店であった。マスターのいでたちはハットに眼鏡、まるでカリスマ美容師。メニューはベジポタラーメンとかいう、いかにも女子が好きそうなやつ。タコライスはそのときの名残。チーズリゾットなんて、オサレなのもある。

 ベジポタラーメン、たしかにうまかった。だが、二度来たいとは思わなかった。そのころからポイント制を導入していたが、ポイントを貯めようと思わなかった。病みつきになるような、おれの心をふるわせるようなラーメンではなかった。

 ある日に通りかかるかかると、濃厚道場に変わっていた。「どれだけ濃厚なんだ」と思い行ってみると、マスターが同じ。ジョニー・デップのコスプレを棄てて、がちがちのラーメン屋の格好になっていた。埼玉の片田舎で、あのスタイルが受けいれられなかったのだろうと想像する。あのオサレ感からの濃厚道場。亀田三兄弟に掌を返したテリー伊藤ばりの豹変のしよう。不快感は皆無、むしろほほえましい。

 「幸手一の濃厚さをめざす」と大書された看板。謙虚なのか大胆なのか、まったくわからない。だが、ほほえましい。出てきた濃厚な鶏ダシ醤油ラーメンを食べて、ポイント会員になる決意を固めた。おれはどろどろに濃い味、ぎとぎとの脂を愛してやまない海原雄山・ドゥ・濃い味スキー。濃厚道場の濃厚さは合格点であった。煮干まぜそばは特に絶品である。

 ただ、この濃厚道場。客にたいして誠実さを欠いている。「誕生日ちかいから、来店したら10ポイントあげるよ」というメールに、ほいほいと乗っかる。自動で10ポイントにならない。1ポイントしか加算されていない。そこでマスターにメールを見せて訊いてみると、「ああ、あとでやっておきます」と愛想よく言った。ところが、である。いつまで経っても10ポイントが加算されない。「もういいや」となった。8ポイント貯めたところでレア叉焼丼と交換して、かよいつめるのをやめていた。


 あたらしくできた家系ラーメンの店に来たのであって、濃厚道場はスルーするつもりでいた。ハシゴしてどちらが濃厚か試すというのも、冗談で言っていった。二十分あまりかけてバーバとふたり、さきに到着する。開店したばかりということもあって、駐車場に入りきらないくらいに混んでいる。しかたなく隣接する飲食店の大駐車場に停めて、受付の用紙に名まえを書いて列にならぶ。「サトウ・3」と、自分の名は隠匿しておく。テーブルとカウンター、どちらでも可に○をつける。

 サトウくんに電話をしてみると、会社でトラブって時間がかかるという。来るか来ないかわからない。なにせサトウくんは、裏切るのが大好きだから。祝日にラーメン屋行こうと言っておいて、電話がかかってこなかったことが二度三度。まあ裏切るの大好きだからと、寛容の精神でサトウくんとはつきあっている。

 まあサトウくん来ねえだろうなあと、バーバと談笑しながら順番を待つ。券売機をみると、いまは二種類のメニューしかえらべない。豚骨醤油と豚骨塩のみ。500円の特別価格でやっていた。営業時間を見てみれば、夜中の12時までやっている。これなら夜10時に仕事が終わっても、来ることはできる。

春日部うまれ春日部育ちのバーバが、幸手に来るのは初めてであるという。もちろん、通過はしたことはある。幸手にあるものはだいたい春日部にそろっているから、わざわざ幸手まで足を運ぶ必要もなかったのだろう。中一のときにその中間の杉戸に越してきたおれは、両方の町に行っている。バーバとの文化のちがいを感じたところで、ふたたびサトウくんに電話する。9時まえ。

 サトウくんが裏切らない。ようやく終わって、これから来られる。9時半くらいには来られる。意を決し、バーバに言う。「サトウくん待ってるあいだ、濃厚道場行きませんか?」と。

 濃厚道場の名を出したとき、バーバの食いつきがよかったのだ。「行ってみたいっすねえ」と。濃厚道場は10時半閉店。サトウくん到着までの時間を、有効につかえるではないか。瓢箪から駒。家系ラーメンの店員に「サトウだけど、一回外すけどまた来ます」と告げ、濃厚道場へ向かった。徒歩一分。

 いつになく、濃厚道場が混んでいた。たぶん家系ラーメンの行列に辟易した客が、濃厚道場に流れたのだろう。眼と鼻のさきに家系ラーメンできてやばいのではないかと思っていたが、こういう効果もあるらしい。おれたちのような、ラーメン屋をハシゴしようという酔狂な客もあったのかもしれない。食うか食われるか。どちらが濃厚なのか。それをこれから決めてやろう。

「うまいっすねえ」

 出されたラーメンを食うなり、バーバが言った。「また来てもいい」と。濃厚道場のよさがわかってもらえて、おれはうれしくなる。おれが注文したのは、煮干まぜそば。家系ラーメンで汁物を食おうというのだから、汁のないものをたのんだのだ。食べているあいだにサトウくんから電話が入る。

「いま濃厚道場いるんだよ」

「なに、家系やめたの?」

「ちがうよ、ハシゴハシゴ。サトウくん待ってるあいだに、食ってんだよ」

「ヤマさんと承太郎じょうたろうも来るっていうからさ、いま向かってるよ。あと10分くらいかな」

 急な話であった。たしかに帰りぎわ、家の遠い承太郎に「家系ラーメン集合ね」と声をかけておいたが、いつもの冗談のつもりであった。来るとは思っていなかった。ヤマさんとはラーメンを食いに行ったことがなかったので、これは意外な参加者であった。人数は多いほうがたのしい。

 濃厚道場を出て家系ラーメンにもどり、「サトウですけど」と店員に五人になった旨を伝える。五人で食うのだったら、カウンターではよろしくない。テーブルオンリーにしてもらう。サトウくんたちが到着したときには行列はなくなって、すんなりと店に入れた。「五名さまぶん、テーブルつなげておきましたから」と、女の子の店員が朗らかに言うのには好感が持てた。

 醤油醤油醤油醤油、承太郎だけ塩。麺の固さ・味の濃さ・油の量をえらべるので、麺普通の味濃いめの油多めを注文する。ほかの四人がそこをどうしたのかには、注目していなかった。

 期待どおりの味であった。そう、食べたかったのはこの味。中太ちぢれ麺。「うまい」、全員一致の感想。バーバに問う。「濃厚道場とどっちが濃厚ですか?」と。うーん、甲乙つけがたい。おれも同意見だ。つぎに濃厚道場とハシゴするときには、「もっと濃いの」とマスターに言ってやろう。


 金曜の夜は祝祭、話は尽きない。すぐ近くのガストへ、あまいものを食べに行く。痩せの大食いの承太郎は物足りないようなのでサラダをたのみ、ヤマさんは「みんなでつまめるもの」とピザとポテトを注文した。あとは人数ぶんのドリンクバー。会社の内輪話で、大いに盛りあがる。みんなが大嫌いなくさった死体、「これ」の悪口(ダーチーがこの場にいなかったのは、ざんねんだ)。指折りのギタリストにしてセクハラ親父、「チョビ」の悪口。ナゾナゾの実を食べたナゾ人間、異次元から来た「ブチ」の悪口。そんなドリンクバーのように埒もない会話を、深夜の1時まで。しかし、名残おしい。祭りのあとのさみしさをかかえながら、家路に就く。

 せっかく早く終わったのだから、早く帰って小説を書けばよいものをとは思うのだ。けれどこうして小説めいたものにでもしてしまえば、あの時間は無駄にはならない。人間には無駄な時間というものが、絶対的に必要なのである。


 あ、ヤマさん。ガストごちそうさまでした。足を向けて眠れません。

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― 新着の感想 ―
[一言] ものすごく楽しそう。そこにコテコテラーメンがよく合っています。私の場合、ラーメンではなく素直に焼き肉になるか、ネタに走ってゲテモノのところに行きます。 ただ出てくる会話は、工学オタクのもので…
[一言] ラーメンが食べたくなりました。 仲間内で深夜までくだらない話で盛り上がるのって、大好きです。居酒屋の座敷とはまた違った魅力があると思います。
[良い点]  ラーメン。  出汁で煮込む背脂よりも自分の背脂を無くしたいわたしにはなんと申し上げたらよいか解りません。  醤油ラーメンが好きです。こてこては苦手です。あっさりがいいです。  しかし、ラ…
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