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アセンブル・ロジック ~高専祭殺人事件~  作者: 森鷹志
《第1章》 混沌の日常
4/36

          *


   人間が狂気じみていることは必然で、

   狂気じみていないことも別種の狂気の傾向から見れば

   やはり狂気じみている。


     ――ブレーズ・パスカル(哲学者・科学者・数学者、1623-1662、フランス)


          *


 十一月七日、土曜日。

 この日は、朝から雨だった。

 (かつ)(うら)()()は、雫の伝う窓ガラス越しに、どんよりと曇った外の景色を見つめていた。

 この日、工業地帯付近の地方都市に位置する(たち)(ばな)(こう)(ぎょう)(こう)(とう)(せん)(もん)(がっ)(こう)では、文化祭である「(そう)()祭」が催されていた。土日の二日間にわたり開催されるこの高専祭は、学生のみならず一般にも公開されており、誰でも見に来ることができる。だが、この二日間は、毎年決まって雨が降る。そのためか、この高専祭における模擬店はすべて屋内で行われることになっていた。

 狭い校舎の中でするよりは外でやったほうが集客を見込めるのに、もったいないなと理玖は思う。だが、天候をコントロールする技術は確立されていないし、仕方のないことだとも同時に考えた。もしかしたら、雨男や雨女は、未来からやってきた天候制御アンドロイドなのかもしれない。


「理玖」


 名前を呼ばれたので振り返ると、(おち)(らい)()()()が何かを手に持って近づいてきているところだった。彼女は、中学時代からの理玖の友人で、黒髪ショートヘアにスレンダーな体型という、かなりボーイッシュな風貌が特徴だ。


「外なんか見てさ、何考えてたん?」妙に口元を上げながら、緋香里は理玖に訊いた。

「いや、別に……」と、理玖は即答する。


 言葉とは、便利なものだ。人類の歴史の中で、言葉は最高の発明だろう。どんな機械よりも、便利な道具である。しかし、使いようによっては身を助け、身を滅ぼす。道具とは元来、そういうものだ。これは、逃れられない真理だ。

 彼は一瞬のうちに、そんな思考を巡らせた。とくに意味は無い。意味が無いことにして、それ以上の説明責任を逃れようという魂胆もある。何が言いたいかといえば、ほとんどの思考に意味は見出せないものなのだ。


「そう。なら、暇そうだしさ、これ、学生課のとこまで提出してきてよ。僕、忙しくなるから」


 緋香里から理玖の手に渡されたのは、模擬店で出すクレープのサンプルだった。模擬店で飲食物を提供するクラスは、サンプルを学生課に提出し、保健所で調べてもらうことになっている。問題があれば、即座に販売中止という措置が取られる。

 学生課は、今いる機械棟から離れた別棟にあるため、そこまで行くためには外に出る必要がある。わざわざ濡れにいくというのはどうかとも思ったが、他のクラスメイトたちが忙しなく動いているのを見て、無駄に動いて余計なエネルギーを消費するよりはマシだろう、と理玖は判断した。しかし、なぜ雨が降ると分かっていながら面倒な手続きを遠く離れたところまで行くように仕向けているのかが理解できない。


「うん……、了解」

「じゃ、頼んだ。途中で味見なんかすんなよ!」

「しないって」


 理玖は、椅子の背もたれに掛けてあった自分の傘を持って、教室から出た。

 彼の所属する機械工学科三年に、模擬店のために割り当てられた教室は、三階にあった。それは、孤島に店があるようなもので、ここまで来る人はかなり少ないと簡単に推測でき、利益は見込めない。嫌な場所に当たったな――そんなくだらないことを考えながら、彼は階段を降りていった。

 一階のドアをくぐって校舎から出た理玖を、梅雨の時期のようなしとしと雨と、冷たさを(はら)んだ風が出迎えた。傘を開いて、雨粒が傘に当たって弾ける音を鑑賞しながら、彼は目的地に向かって歩いていく。

 空気抵抗が無ければ、この雨粒は重力にしたがって加速し、傘も、自分の(からだ)をも貫いてしまうのではないか。いや、雨粒の質量と地面からの高さを考えると、そんなエネルギーは無いか……。

 そんなことを考えながら足を動かしていると、すぐ、学生課のある図書館棟の入り口に着いた。

 軒下に入って自動ドアに背を向けると、高専の敷地内には、傘を差した一年生男子が車の誘導を行っている姿が目に入った。

 雨の中、お疲れだな――という憐みの視線を注ぎながら、理玖は傘を閉じる。


(アマガエルくらいか、雨で喜ぶのは)


 そんなことを考えて、彼は開いた自動ドアをくぐった。




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