13
その日の夜。
熱せられた雨を風呂場で浴びながら、理玖は思案に耽っていた。
女装した自分は可愛いのか? なら、これからも……。
彼はぶんぶんと首を振った。濡れた髪の毛から、遠心力で水滴が飛ぶ。
(馬鹿だな俺は……)
わざと自嘲的な笑みをこぼして、理玖は思考の焦点を改変した。
――文化祭で起こった二つの殺人。
被害者の片方は学生、もう片方は教員。
事件は同一犯? 犯人は一人? 二人?
どうしてあの場所で殺された?
なんのために彼らを殺した? なぜ殺した?
凶器は何? どうやって殺した……?
疑問は山積みだが、解を導くためのヒントはあるはず。しかし、それが繋がらない。
すべての要素はバラバラに還元され、無秩序に転がっている。
全部が欠けていて、部分が完結している。
理玖はいったん、シャワーを止めた。湯気が躰全体から湧き上がっている。
頭がぼうっとし始めた。不意に、あの日を思い出す。
文化祭の模擬店のため、学校へ来た。
楓馬と話をしていると、事件の被害者である七條が現れた。
そのあと、校内をうろついた。
何を見たっけ……?
ホバークラフト、アルミ製のロボット、真空砲……。
教室に帰ってきたら、……女装をさせられ、醜態を晒した。
夕方、化粧を落としにトイレに向かったとき、死体を――。
あの日の映像が脳裏に投影される。
そういえば、七條は……昼頃にどこかへ行くと言っていた。そのとき、何か持っていなかったか? 紙袋のようなものを? それはどこへ行った?
理玖はもう一度コックを捻り、シャワーを浴び始めた。
温水の雨。
無数の雫。
連続した礫。
(雨といえば、事件の日も雨だったな……)
いつもなら数分で済むはずのシャワーを、理玖は十数分も浴びていた。
全身が真っ赤になっている。火傷はしていないはずだが、焼けるような熱さを彼は感じていた。
わずかに意識が朦朧としている気がした。立ちくらみがする。
理玖は脱衣所で深呼吸をした。冷たい風が鼻腔を撫ぜ、心地よかった。
理玖はトランクスを手に取ると、両足を通してそれを穿く。だが、意識がまだはっきりとしていないせいか、前後逆に穿いてしまった。
(……のぼせたかな)理玖は溜め息に似た吐息をする。(前開きが後ろにあるなんて、アレの通り道じゃないか)と、久々に下ネタを考えながら、彼はトランクスを穿き直す。
その刹那、閃光に似た何かが、彼の頭の中を駆け巡った。それは、行き詰っていた問題に、急に活路が見いだせたときのような高揚感。答えが自ずと出てくるような快感に酷似していた。
無意識に、呼吸が止まる。
目の前のリアルから脳内へと、意識がシフトした。
理玖は、下着一丁のまま脱衣所を出て、階段を駆け上がり、二階の自室へ戻った。
学習机の上に、ノートと一緒にスマートフォンが置いてある。彼はそれを持ってメッセージアプリを開くと、連絡先を最近追加した人物とのトーク欄を表示させて、慣れた手つきで文字を打ち込み、即座に送信した。
犯人が分かった
と。