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アセンブル・ロジック ~高専祭殺人事件~  作者: 森鷹志
《第3章》 困惑の事情
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10

 保健室を出た理玖と楓馬、緋香里の三人は、校内にある広場のコンクリートの地べたに座り込んでいた。部活のためにジャージに着替えた学生の姿が多く見られる。時折、大きな挨拶の声が聞こえていた。


「……いちおう、話は聞けたけど」楓馬が話を切り出す。「理玖としては、何か得られるものはあった?」

「まあまあかな」そっけなく理玖は返事をする。

「……平島の連絡先はもらえたしなぁ」楓馬はにやにやしている。「いちばんの成果だねぇ」

「少し黙ろうか。でも、怪しい人間はかなりいたかな……と思う」

「怪しいのって、あの赤木って子じゃないん?」と緋香里。「なんだか、七條君に対して敵意丸出しな感じだったし。あれは完全に殺ってる目だったよ」

「七條殺害の件についてはそうだね。個人的に何か恨みがあるか……、いや、ただ単に嫌いな人間だったのかもしれない。犯人なら、普通は自分が怪しまれるような発言をするとは思えないから、あれは思っていたことを吐いただけかもしれないな」

「にしても、かなり過激な発言だったと思うぜ」楓馬は目を細めた。「俺には、殺しても殺し足りない、って感じに見えたけど?」

「それは否定しないよ。でも、証拠がないから何とも言えない」

「証拠っていえば……」緋香里が視線を上に向けながら言う。「七條君って首を絞められて殺されたんだったっけ?」


 理玖が「うん」とうなずくと、彼女は口角を少し上げて、


「じゃあ、誰だっけ……そうそう、美浦君とかかなり怪しいよね。体格的に」


 美浦は柔道部で、躰も大きく、力もある。七條を羽交い絞めにして殺害できる可能性は最も高い。


「でも、美浦は七條とそんなに仲は悪くなかったと思う」と楓馬。「それに、俺には、あいつが人殺しをするようには見えないなあ」

「変な主観は持たないほうがいいよ」理玖は瞳だけを楓馬に向ける。「全員を疑うつもりでいないと」

「まあ、そうかもしれないけど……」

「人が考えることは完璧にはわからない。だから、客観的な事実に基づいた推測のほうが今は重要だと思う。でも、動機も重要だから、そのあたりの配分には注意しないと」

「じゃあ、少なくとも、美浦には七條を殺す動機はないと思う」

「うん。動機の面で言えば、いちばん怪しいのは平島さんだ」

「あいつが?」楓馬は細い目をいくらか大きくさせた。

「うん。安直な考えだけど、痴情のもつれが原因で殺してしまったとも推測できるよね」

「でも、あいつは七條とはとくに何にもなかったって言ってたじゃんか」

「何とでも言えるさ。表面上は良好に見えても、中はひずみだらけかもしれない。最終的には、金属疲労みたいにぱきっと折れるんだ」

「じゃあ、浮気か?」楓馬が指を鳴らす。「どちらかが浮気をしていたとか……」

「可能性としてはあり得るかな」

「でも、七條が浮気をするなんて信じられないし……」

「ほら、また主観が入ってる」理玖が言うと、楓馬は少し申し訳なさそうな顔をした。

「あー、なら平島が浮気して、それがバレて、言い合いになった末、殺してしまった……ってことかな?」

「鎗戸君、ちょっと待って」黙って話を聞いていた緋香里が口を出す。「平島さんは、七條君を殺せないと思うよ」

「なんで?」

「だって、さっき話してたやん? 七條君は首を絞められて殺されたって。平島さんは女子だし、そんな力があるようには見えないよ」

「今日は冴えてるね、緋香里。もしかして、生理まえなのかな――」


 鈍い衝撃が頭に響いたかと思うと、次の瞬間には、理玖は地面の冷たさを感じていた。


「……そういうことだから、平島さんは犯人にはなりえないと思うんだー」緋香里は手をさする。

「な、なるほど……」楓馬は、地面で伸びている理玖に目をやりつつうなずいた。「つまり、平島さんは犯人ではないと。そういうことでいいのかな?」

「彼女がとんでもない怪力じゃなかったら無理かなー、と僕は思う」

「とくに体育系の部活に所属しているわけじゃないし、それもそうか。相手が七條なら、殺そうとすれば抵抗されるだろうしな……」

「……じゃあ次は、教員殺しの件について……かな」理玖は生まれたての子羊のように震えながら躰を起こした。

「お、生きてたのか」楓馬がにやける。「てっきり死んだかと」

「もう殺人事件は勘弁だよ」理玖は溜め息をつく。「それで、利根田教員が殺されたということ、それについて考えてみよう」

「まずは動機か?」楓馬は腕を組んだ。「だとすれば、俺も犯人になりうる」

「じゃあそれでいこう。楓馬が犯人だ。現場には楓馬の指紋も残っているから、でっち上げれば犯人確定だ」

「冤罪はよくないぞ?」楓馬は目を細めた。

「んー、それでいいんじゃない? 自白おつかれさん! これにて一件落着だね」

「え。ちょ、落雷さんまで……。ちょっと待って、俺マジで捕まるの? 嘘だよな? 友人を売るっていうのか、理玖? 俺たち親友だったよなぁ? やめてくれよ?」


 唐突に焦りだす楓馬を横目に、理玖は鼻で笑った。


「……ま、言いたいことは解るよ。教員が死亡すれば単位が出るという都市伝説に則って考えれば、今の3Cの学生は全員、容疑者になる。そういうことだろ?」

「そうそう。わかってんならそう言えよ。無駄に心配したじゃん……」

「変なトコで気弱だなあ」

「だって俺、完全に容疑は晴れてないわけだろ? それがもとで桜ちゃんに会えなくなったらどうしてくれるんだよ……。突然警察が来て、俺たち二人が引き裂かれるようなことになったらと思うと……! うう……」


 今の状況(寮生活)も似たようなもんじゃないか、と理玖は思う。だが、今はそういうことを話している時間ではない。


「さっきの、教員が死んだら単位が出るから、単位が欲しいがために殺害したっていうのは本当に動機になりえるのかな?」

「ん?」頭を抱えていた楓馬は真顔に戻る。「なるんじゃないか? 例えば、留年しそうな奴とかなら……。そうならば、澤田とか良川さんとか怪しい。とくに澤田は、暴力沙汰で停学になったこともあるからな。殺しでも何でもするかもしれないぜ」

「なるほどね。緋香里はどう思う?」

「んー、僕はそう思わないかな」緋香里は唇に人差し指を当てた。「単位欲しさに先生を殺すなんてリスクが大きすぎるし、なんなら、土下座して頼み込めばお情けで単位もらえるし。単位のためっていうのはちょっとなー」

「でも、それは落雷さんに限ってのことでしょ?」楓馬は唇を尖らせた。「利根田はそんなことで単位を出すような奴じゃないよ。堅物中のカタブツって感じだ」

「それでも、単位欲しさに殺人なんてのは合理的じゃない。その労力に見合った報酬が得られる? 普通に勉強して、なんなら過去問を使って試験に臨めばいい」

「だからさ、それが通じないから厄介なんだよ。過去問が通じないから皆に嫌われてるわけ。レポート課題だってかなり厳しいしな」

「単に楓馬たちの努力が足りないだけだと思うよ」

「それは否定しないけど……」楓馬は、すん、鼻を鳴らした。「でも、なんだかんだで嫌われてるんだ。もしかしたら、レポートを遅れて出しに行ったときにとやかく言われて、それで逆上して殺したって可能性もあるかもしれないんだぜ」

「ちょっと動機が幼稚すぎる気もするけど……」呆れ気味で理玖が言った。「いちおう、その可能性も見過ごせないね」

「さっきからそうやって頭ごなしに否定してくるけどさ、理玖は何か思いついてるわけか? 利根田殺しの動機」

「人間関係かな、とは思うな。今回の事件は突発的なものとは考えにくいから、金銭関係のトラブルの線がいちばん、可能性として考えられる」

「俺らのクラスの奴らと金の貸し借りをしてたってことか?」

「でも、それはなさそうだからなあ……」

「なんだよ。理玖だって何にも考えなしじゃんか」楓馬はむくれたような顔を見せた。

「結論を言えば、動機の面から考えても何もわからないってことだよ」

「じゃあどうするのさ?」

「やっぱり、何か、物理的な……、客観的な証拠を集めるしかない」

「それは警察の仕事じゃん。俺たちは別にやらなくてもいいんじゃないの? そもそも俺は、情報集めだけ頼まれてるんだから」

「でも、その証拠だって情報だよ。今はまだ、凶器も見つかっていないし、殺害方法だってあやふやだ。それくらいなら、俺たちでも確かめることはできる」

「そうかぁ?」

「二つの殺人の方法を検証することはできるだろ? もしかしたら、そこから犯人に繋がる有力な情報が手に入るかもしれない」

「……もうちょっと付き合えってことだな、探偵ごっこに」

「そういうこと」


 理玖がうなずいて見せると、楓馬は不思議そうな顔をした。まるで、ネコが前脚で逆立ちをして歩いているのを見るような顔だ。


「なんか楽しそうだな。理玖は、こんな面倒なことに首を突っ込むタイプじゃないと思ってたのに」

「解を求めてみたくなったんだよ」


 理玖が答えると、楓馬は「そうか」とだけ言った。


「じゃあ、今日はこれくらいにしよう。月曜からいろいろと申し訳なかった」

「ま、寮に帰ったって暇だしな、ちょうどよかったよ」

「あれ? 試験勉強は?」

「んなもん直前でいいんだよ。まだ二週間あるんだ」

「余裕だね」

「前日徹夜でもけっこう点がとれることを知ってしまった俺は、もうあの頃には戻れないのさぁ」楓馬は含みのある笑みを浮かべて立ち上がると、「じゃ、またな」と言って、校内の学寮へ帰っていった。


 残された理玖と緋香里を、少し冷たくなった風が襲った。日没が近く、辺りは薄暗くなっている。広場から校門の方を見ると、足早に歩く学生の姿があった。


「俺たちも帰る?」

「ん、そだね」


 二人は立ち上がって、帰宅の途に就いた。




       *




 午後九時を過ぎた頃。理玖は自室でノートを開いて、その上にシャープペンを走らせていた。数学の勉強中である。

 突として、机の上のスマートフォンが振動を始め、その音が響いた。

 彼はびくっとしてペンを持った手を止めると、左手でスマートフォンを持った。画面には、「伯父さん」と表示されている。彼は軽く溜まった息を吐き出してから、右下の「通話」のアイコンをタップして電話に出た。


「……はい」

『おう、理玖か』


 少ししわがれた伯父の声が聞こえた。


「伯父さん、こんばんは。お疲れ様です」

『ああ、まったくだ。おっと、愚痴るのはいけないな。ところで――』

「情報収集の件でしょう?」

『話が早くて助かる。それで、何か有力な情報はあったか?』

「はい」


 理玖は、今日得た情報をできる限り整理して、警部の伯父に伝えた。その間、伯父は時折相槌を打ちながら、甥の話を聞いていた。

 一通り話を終えると、理玖が質問をした。


「訊きたかったんですけど、新しい証拠とかは見つかったんですか?」

『いや、とくには見つかっていないそうだが……。どうした?』

「教員殺害に使われた凶器は、高専の建設科が測量実習で使ってる三脚だ、って伯父さんは言ってたじゃないですか。でも、よくよく考えてみると、それっておかしいんですよね。現場はトイレの個室でしょう? あそこは、横幅が1メートルくらい、奥行きは2メートルもありません。その中で、高さが1メートル以上はある三脚を扱って人を殺すことなんてできますか?」

『……たしかに、お前の指摘通りだ。あとで判明したことだが、凶器は三脚ではない。血の付き方も少し違和感があったようだからな』

「つまり、凶器は偽装されていた……と?」

『そういうことだ』

「ということは、犯人が凶器の偽装を行った際に、三脚に指紋がついているとは考えられませんか?」

『なかなか鋭いな。いちおう、それについては鑑識の調べがついている。三脚の指紋は拭き取られておらず、最も新しい指紋(もの)も発見された。照合の結果、それは殺された男子学生、七條のものだった』

「なるほど……」理玖は、止めていた右手を再び動かし始めた。「あ、一ついいですか」

『何でもいいぞ』

「二つの殺人に関連性はありそうですか?」

『そうだな……』伯父がかすかに唸った。『現在も聞き込み捜査は行っているところだが……、それを決定づけるような有力な情報はない。だが、事件発生の日時や場所を踏まえると、同一犯である可能性は高い』

「わかりました。じゃあ、今の僕の推測を聞いてもらえますか」

『ああ』

「犯人、仮にxとします。そのxは、まず教員を殺害した。それから、凶器を隠しに器材室に向かった。でも、運悪く七條にそれを見られてしまい、口封じのために七條を殺害、凶器に付着していた血を三脚につけ、七條の指紋もつけた。……どうでしょうか」

『まあ、考え方としては悪くない。こちらとしても、大筋はそうだと睨んではいる。だが、七條の指紋をつけた意味が曖昧だな。七條を殺してしまっては、罪をなすりつける意味がない。教員も七條もどちらも殺したと言っているようなものだ』

「気が動転していれば、そういう行動も起こすのではないですか?」

『うむ……そう考えれば筋も通るか。あとは、犯人の使った凶器を早く特定しなければな……』伯父は言葉を切る。『おっと、そうだ。一つ伝え忘れていたことがあった』

「何ですか?」

『彼らの携帯電話の通信記録を調べたところ、彼らが頻繁に連絡を取り合っていたことが分かったんだ』

「えっ? 七條と、その教員が、ですか?」

『そうだ。事件の直前にも連絡を取った痕跡があったんだが、何か知らないか?』

「いえ……。でも、考えられるとすれば、殺された教員は副担任だったそうなので、何かを相談するために連絡を取り合っていたとは思います」

『そうか……。うん、分かった。こちらとしては地道に捜査を続けるつもりだ。また何かあれば訊くかもしれない。そのときは頼んだぞ』

「はい。伯父さんのほうも……あまり無理せずに」

『心遣いありがとう。では』


 通話が終了した音が鳴る。理玖はスマートフォンの画面を消し、さっきまで置かれていた場所に戻した。そして、数学の勉強に戻る。積分の問題がまだ解き終わっていない。

 事件と言う関数の、微小な証拠の蓄積が、やがて犯人というまとまった解をはじき出す。

 積分と同じだ――理玖はそう感じた。





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