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アセンブル・ロジック ~高専祭殺人事件~  作者: 森鷹志
《第3章》 困惑の事情
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「よぉ、赤木」


 距離数メートルのところで楓馬が赤木に声を掛けた。だが、赤木は立ち止まって視線をわずかに動かしただけで、返事はしなかった。


「……」楓馬は嘆息する。「お前に用があって捜してたんだけど……。何してたんだ?」


 数秒の沈黙のあと、赤木がぼそぼそと喋り始めた。


「……学習室でアニメでも観ながら勉強しようと思った。けど、忘れ物に気付いたから、取りに帰ろうとしてた。で、何の用?」

「おう。ちょっと訊きたいことがあって」

「……手短に頼む」

「そうするつもりだよ。んで、赤木は文化祭の日何してた? それを訊きたいんだけど」

「……」一瞬、赤木の口元が歪んだ。「……それを訊いて何になる?」

「調査してるんだ。来場者の情報を集めて、来年の文化祭に活かすとかなんとかで」

「そう」赤木の目が少し動く。「……朝の……九時くらいに学校に来た。そのあと、美術部と写真同好会の展示を見に行った」

「一人で、か?」

「……そうだけど。何か」

「あ、いや。えっと、行ったのはそれだけ?」

「……いや。午後は落研の落語を聞いた」

「そうか」

「……あれ」前髪の奥で、赤木の瞳がぎょろっと動いた。「そこの君って、たしか……文化祭の日に女装してた?」

「……え。あ、う、うん」


 突然のことに、理玖は動揺を隠せない。その反応が面白かったのか、赤木は口角をくいと上げて、「やっぱり」と呟く。「……なかなか似合ってた。よかった」


「そ、それは……どうも……」

「……で。用はそれだけ?」

「え、ま、まぁ」

「……まだ何か言いたそうだな。言いたいことがあるんなら言ってくれ。まとめて言ったほうが時間の無駄がなくて済む」

「じゃあ……、七條のこと、どう思ってた?」

「し……ちじょう?」


 数瞬のあいだ、赤木の表情が固まった。


「ふふ……」そして、心の奥底から湧きだしたような笑い声。不気味だった。「七條、ね。気に食わない奴だった。いなくなった今となっては、もうどうでもいいけど」

「……どうして気に食わないんだ?」

「……? 気付かないのか? あいつは裏の顔しか見せてない。僕にはわかる」赤木は少し興奮しているようだった。「見かけだけの優しさを振りまいて皆の人気を得ようとする、そんな奴が僕より上にいるってのが気に食わない。いなくなってくれてせいせいしたけどな」


 言い切ると、赤木は鼻息を荒らげた。


「もういいだろ。僕は行く」

「お……おう」


 振り切るようにして、赤木は三人の前から去っていった。

 赤木が校舎の陰に入るのを確認して、楓馬は溜め息をつく。「もしかして、理玖が文化祭のときに言ってた『変な奴』ってのは赤木?」


「そう……みたい……だね」

「褒められてたな」楓馬は、映画やドラマで悪人がするような笑みを浮かべる。「やっぱりあの女装、良かったんだよ」

「僕の目に狂いはなかった」緋香里は悦に入ったような顔つきだ。


 二人の弄りに、理玖は反応を示さなかった。楓馬は小さく鼻息を洩らす。


「……でもまぁ、赤木が七條のこと、よく思ってなかったとは。これは初耳だぞぉ」

「普段もあんな感じなん? さっきの子」緋香里が訊く。

「うん、全然喋らないな。だから、さっきはけっこう喋ったほうだと思うよ。珍しい」

「ちょっと近寄りがたい……感じはするよね」

「そうだなぁ。陰キャってよく言われてるし。ただでさえ暗そうなキャラが多いこの学校でも格別な存在だよ。……と、んなことよりも、保健室だ」

「そうそう」と相槌を打って、緋香里は歩きだす。


 楓馬も足を踏み出したが、理玖が突っ立ったまま動かないので、肩を突いた。


「おい?……理玖?」

「――あ、ごめん。考え事してた」

「ぼうっとしてると危ないぞ」

「……気をつけるよ」




 それから一分も経たないうちに、彼らは保健室の入り口の前に立っていた。ドアは開いていて、女性の養護教諭が椅子に座って書類に目を通している。


「失礼しまーす」


 緋香里が先陣を切って入っていくと、教諭が顔を上げた。


「あら? どうしたの?」

「平島さんっていますー?」

「あら、お友達?」教諭は理玖と楓馬の顔を一瞬だけ見た。

「まぁ……はい」

「そう。平島さんなら、まだ寝てると思うんだけど……」


 言いながら、教諭は保健室の奥にある白いカーテンを開けた。


「……あら、起きてたのね。平島さん、お友達が来てるわよ」


 教諭が視線を送ってきたので、三人は教諭の元に歩み寄った。

 清潔感のある白いベッドの上に、制服姿の平島琴葉は横たわっていた。彼女は、薄目で天井を見つめているように見えた。

 三人が姿を見せると、平島の目が開かれた。


「鎗戸……君?」

「よぉ。体調は大丈夫なのか?」


 間があって、琴葉は「うん」と言いながら、上体を起こした。


「まあ、元気ならいいかな」

「で……? どういう風の吹き回し? なんで鎗戸君がここに来てるの?」

「え、俺が来ちゃダメなの」

「ううん、そんなわけじゃないけど。……あと、そこの二人は何?」平島は怪訝そうに目を細めた。

「あ、この二人は……、何て言えばいいのか、ちょっと付いてきてもらっただけ」

「ふぅん……? よくわかんないけど、まぁいいや」

「あ。こいつ……」楓馬は理玖を指差す。「理玖のことは覚えてるよな。文化祭の――」


 楓馬は、そこで言葉を切った。七條の死を平島に告げたときに一緒にいた、ということを言うのは気が引けたからだ。しかし、平島は顔色を変えなかった。


「うん、覚えてる。鎗戸君にあのことを言われたとき、一緒にいたよね。……それで? 結局は何の用なの?」

「あぁ、ちょっと話を訊こうと思って」

「……話?」

「思い出したくないだろうけどさ、文化祭のあの日、平島は何をしてたのか知りたいんだ」

「なんでそんなこと訊くの?」

「えっ。あ、そうそう、執行部の奴が調査してくれって頼んできたから」

「うそ」

「え?」

「嘘なんでしょ? それ」平島は楓馬を睨んだ。

「いや……、その……」


 楓馬はまごつき、助けを求めるように理玖に視線を送った。仕方ない、というように、理玖は一歩前へ出る。


「……正直に言うと、俺たちは事件について調べてるんだ。文化祭で起こった殺人事件のことを」

「どうして?」

「個人的に気になってるんだ。まだ犯人も捕まっていないようだし、俺たちが殺人犯を見つけてやろうと思って」

「ふぅん……」平島は目を細める。「正義感が強いんだ、きみ」

「いや……別に平島さんのことを疑ってるわけじゃないんだけど、一応、話だけでも聞いておこうと思って」

「ならいいけど。何から話せばいいの?」

「そうだな……、さっき楓馬が言ったように、当日、平島さんが何をしていたのかと、平島さんと七條君との関係かな」

「それ、のっけから私のこと疑ってない?」平島はくいと首を傾げた。「……まぁいいんだけど。私は、茶道部の展示に出てたよ」

「ああ、そういえば着物姿の人がいたなあ。あれ茶道部?」楓馬が訊く。

「そう。毎年ああやってるんだ」

「じゃ、二人の関係は?」理玖が訊ねる。

「ああ、うん。私と駿は……、仲は良かったよ。別に、喧嘩なんかしないし、毎日連絡とってたし?」

「……非リアへの当てつけか」

「? 何か言った?」

「いや。何でもないです」

「なんで急に敬語……」平島は目を細めた。

「あと、ここ最近で、彼に変わった様子はなかった?」

「うーんと、どうだろう。……いつも通り、だったよ。少なくとも、私が見た限りでは」

「誰かと連絡を取ってるような素振りは?」

「え、それ、浮気だよね? まさか、駿に限ってそれはあり得ないよ」平島は少しうつむき気味になる。「一途だったし……」

「なるほど……」理玖は腕を組んだ。「うん、話はこれくらいかな。じゃあ、俺たちは行くよ」

「うん……。二人を殺した犯人、突き止めてね」

「うん。分かったら知らせるよ」

「あ、なら……連絡先、教えておこうかな」

「えっ?」理玖は思わず声を出した。「連絡先?」

「ラインでいいよね。友達登録、しておこうよ」平島は、制服のポケットからスマートフォンを取り出す。「もしかしたら、私にも何か伝えられることがあるかもしれないし」

「あ……うん」


 理玖は小刻みにうなずくと、スマフォを取り出して連絡先を交換した。


「これでおっけーだね」平島はわずかに微笑む。

「うん……じゃ、お大事に」理玖は躰の向きを変えて早足で歩き出す。

「お大事にぃ」楓馬と緋香里は各々手を上げて、理玖の後に続いた。





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