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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
999/1317

サイアスの千日物語 百四十三日目 その四十六

それはどこか、遊戯に似ていた。


人や物、或いは燃え盛る炎を囲み

輪になってグルグルと周り歌い踊る。

そうした遊戯は平原の至る所に在る。


深遠なる銀河の円環をなぞるようにして

時に快活に時に厳粛に祈り歌い舞い遊ぶ。


そうして果てなく捉えがたい大いなる何某か。

遠い昔に忘れてしまったその記憶を取り戻す

かのように、ひとしきり堂々と巡り廻る。


歌われる歌詞に意味などなく、ただ周遊する

喜びだけを尊ぶ。そうした遊戯は随所に在った。





果たして今羽牙の成すこの挙動も

そうした遊戯に似て中央の一体を囲み

各々咆哮を上げつつ高度を上げていった。


いまや高台の地表より5オッピに至る。

これは羽牙の飛行における限界に近かった。


特に中央の一体。頭上に小太刀を突き立て

られて足場とされたその一体はこれより高く

飛ぶ事はできず、徐々に力を失いつつもあった。


遠からずこの羽牙は息絶えて、頭上の重荷と

ともどもに真っ逆さまに地に墜ちるだろう。


周遊する羽牙3個小隊はそれを待ち侘びた。

ゆえに中央の一体を遠巻きに囲んで旋回し、

肉食獣の声で歌っていた。


羽牙らにとりこれは最早戦ではなかった。

破壊でも殺戮でも捕食ですらなかった。

いまやこれは、神事であった。


彼らの崇め奉る大いなる荒神が一柱。

奸智公爵に捧げる祭儀であったのだ。


もっとも。


中央の羽牙と共に祭の聖餐せいさんとして

死を賜る気など、アトリアには無い。


かごめかごめと囲み舞い飛ぶ羽牙らに目元を

薄く綻ばせ、アトリアは小太刀に力を込めた。





ざしゅりと肉を貫く音がして、小太刀は踊り

足場を切り裂いて刃が中空へと飛び出した。

小太刀は左の手の内で旋回して鞘へと戻り、

同時に右手が振り下ろされる。


ぶすりと音と立てて突き立ったのは苦無だ。

周囲を旋回する羽牙がそう気付いた折には、

アトリアの左手が掬い上げるように翻っていた。


唐突に周囲の一体から悲鳴が上がり、急激に

落下し始めた中央の一体へと接近していく。

同様の事が真逆の方位でも起こり、周囲を囲む

9体のうち2体が姿勢を崩し宙でもがいた。


一体何が起きたのか。


羽牙は思考の虚を衝かれ

数瞬呆け、そして理解した。


もがき喚く2体の大口、その付け根には

深々と、さながら釣り針の如く鉄の鉤爪が

根掛かりしており、鉤からは縄が伸びていた。


縄の先端は墜落する羽牙の頭上へと。

いつの間にやら1本増えた、頭上に

突き立つ苦無の柄頭の輪に繋がっていた。


屍と化して落下を始めた中央の羽牙と強引に

連結された羽牙は、屍とアトリアの重みで

不意に輪の中央へと引き寄せられ、慌てて

抗うべくもがき乱れた。


お陰で何とか姿勢は保てたが既に遊戯の輪は

乱れ、両者にとり三位一体の僚朋たる2体に

衝突するなどして混乱を招いた。


こうして羽牙らは知らず知らずのうちに

徐々に高度を失い、今は4オッピ程となった。



羽牙は単騎としては戦力指数2に過ぎず、

三体揃って指揮効果を獲得し7と成る。

ゆえに3体の内部での事であれば

可能な救援を惜しむ事はない。


そこで屍に繋ぎとめられた2体の僚朋たる

計4体は、繋ぎとめている縄を食いちぎろうと

高度を下げ、中央に寄ろうとした、その時。




Om(オーン) garudaya(ガルダヤ) svaha(スヴァーハー).」



とどこか嘲弄めいた真言と共に

忍の末裔、アトリアは跳躍した。





縄目指し牙向いて近寄る羽牙ら4体は

自身に飛び移られてなるものかと警戒感を

露に挙動を変じ、コウモリの機敏さで身を

翻したが、この予測は誤りであった。


アトリアは屍に引かれ張り詰めた鉤縄

それそのものへと跳躍したのだ。


足場と呼ぶには余りに急峻で狭隘きょうあい

足場と成すには余りに脆弱ぜいじゃくで曖昧。


にもかかわらず、実体無き陽炎そのもの

であるかの如くアトリアは縄に着表し、

あまつさえ数歩駆けその上で消えた。


そして連結されもがき飛ぶ羽牙の頭上に現れ

バッと手元を二度翻した。一度目で傍観を

決め込んでいた一個小隊3体が十字の鉄片で

翼を射抜かれ、二度目で周囲一体に粉末らしき

ものが撒き散らされた。


粉末の正体は主に木屑や糸屑。さらには

細かく挽いた小麦粉や唐辛子まで混じっていた。


宙を周遊する輪は既に崩れ、中央に寄り添う

格好となっていた羽牙らはこれを回避する事

ができず、諸に目鼻や口に浴びて視界を失い

不快に吼えた。


もっとも単にこれだけであれば、

ただ不快なだけでなんら手傷に当たらない。

精々数瞬の時間稼ぎにしかならぬものだ。



だが視界を失ったその数瞬はこの敵に取り

十分過ぎる準備期間であった。目の霞む中

慌ててアトリアを探す羽牙らは、先刻と

打って代わって高速で鳴る真言を聞いた。



ナマハ(帰命し奉る)サマンタ(遍き)ヴァジュラナン(諸金尊よ)。」


 

魔の眷属にして荒野の異形たる羽牙らは

その真言の鳴りに本能的な恐怖を覚えた。



チャンダ(暴悪にして)マハーローシャナ(大なる忿怒尊よ)スポータヤ(粉砕し給え)。」



乱れ絡まり縺れるようにして、屍と羽牙の

織り成す祭の座はさらに高度を下げ、今は

3オッピを切りつつあった。


未だ致命の傷はなく、されど恐慌に心乱す

羽牙らは遂にアトリアの姿を見てとった。


アトリアは何時の間にか鉤縄で繋がれて

緩やかに墜ち往く屍の上に戻っていた。


アトリアは左の小太刀を鞘ごと外して

柄を上にし縦に胸前に。鞘からは僅かに

刃が覗いてギラリと輝き威を放って真言の

響きをいや増し声は加速して



「ノウマクサマンダバザラダン、カン!」



高らかな声と共に刃は沈み、柄と鞘の鯉口が

打ち合わされて澄明なる音を立て火花を起こし。


そして炎が巻き起こった。


全方位の一切時一切処、在りと在らゆる

邪を滅する殺滅浄化の降魔の火焔かえんが大気を

焼き、乱れた円を成す羽牙を燃え上がらせた。


ランドカノンにより射出された油球を

飛び交う苦無が上空で射抜いた際、羽牙らは

油球の中身である飛散した油を浴びていた。


戦闘を続ける中浴びた油は羽牙に染み込み、

なおアトリアの散布した火口の中身がこれを

助成。こうして発火炎上に繋がったのだ。


全ては計算された権謀術数の内。

これすなわち、火遁の術であった。

1オッピ≒4メートル

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