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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
997/1317

サイアスの千日物語 百四十三日目 その四十五

高台の東の方なる大湿原より飛び立って

紡錘陣形を成して空を覆い野戦陣を脅かした

60より成る羽牙2個飛行大隊も、はや10体。


既に1個飛行中隊へと成り下がっていた。


野戦陣に詰めるヴァルキュリユル200余名、

その総戦力や装備を思えば、少なくとも勝利と

呼び得る類の結果は雲散霧消したといっていい。


単に捕食のみを目的とする野良は言わずもがな。

戦闘に戦略を求める魔軍もまた同様にこれ以上

の戦闘は益無しと見做みなし退いて然るべき。


だが、これらの羽牙は今、奸魔軍であった。


眷属から魔への信奉崇拝は一方通行のもの

であり、魔が眷属らをおもんばかる事などは元より無い。


ただし数に限り在る手駒である以上、眷属の

捕食による魂の献上も屍の累積による自身の

顕現も得られぬのであれば、魔と言えど

最低限無為な損耗は避けようとする。


だが、奸智公爵はそうしない。

そも、奸智公爵は魂の献上も自身の顕現も

特段、望んでいるようには思われなかった。


奸智公爵の望みとは畢竟ひっきょう観劇である。

それが悲劇であれ喜劇でれ、見世物として

面白ければそれで良い。そういう魔である

ように類推されていた。


そして荒野を俯瞰し一個の観客として

今この場でおこなわれる戦闘を眺めたならば

それは飛び切り素敵な、空前のショーであると

そう見做して差し支えないところではあった。


ゆえに奸魔軍は退かず。


今なお野戦陣上空に留まって、眼前の

孤影へと狙いを定め続けていた。





襲来時から見る影もない規模に堕したとは言え、

羽牙10体は力なき人の子から見れば致死に

数乗し得る戦力である。


羽牙1体あたりの戦力指数は荒野の異形

としては最弱となる2。ただし元来非常に

組織力が高く、常に3体が一体となって戦う。


よって3体分に指揮効果を加味した7が

基準の戦闘単位となる。すなわち残る羽牙の

戦力値としては7の二乗たる49を三つ連ね

さらに単体分の2の二乗を加えた151。


単騎でこれに相対し拮抗し得る戦力指数は

12.3。熟練した城砦騎士以上という

事になる。そして現状ヴァルキュリユルに

城砦騎士は所属していなかった。


本城中央塔付属参謀部に属する参謀長補佐官

アトリアの戦力指数は8.8と騎士級。およそ

非戦闘員たる城砦軍師にあるまじき、もの

凄まじい値ではある。


だがそれでも矢張り羽牙10体には届かない。

そのうえ足場が凄まじく悪く、地勢による

補正は一見最悪であった。


つまり羽牙10体が脇目も振らず形振り構わず

ただアトリアの撃破だけに専心したならば、

未だそれだけは成し得る状況と言えた。


そして奸智公爵はそうした見世物を望み、

羽牙らは己が神の声無き声に従いこれに

挑み掛かるのであった。





アトリアは散在し屹立する人の腕程の太さの

鉄柱の上に立っている。立っている時点で

既に無理のある姿勢といえ、殺到されれば

回避なぞ不可能。ゆえに羽牙らは殺到した。


まずはあぶれ者の1体を先陣に立て三位一体

の3小隊が続く。アトリアは敵の挙動に即応し

自ら先手を取って横っ飛びに跳躍。


1オッピ程先の別の鉄柱に飛び移った。

これだけで既に驚嘆すべき軽業であったが

アトリアは反転し再度殺到する先頭の羽牙を

横目に見据えなお跳躍。


1オッピ半は先の別の鉄柱へと高々と跳躍し、

鉄柱の上端から2割ほど下方を蹴り付けて

垂直に跳ね再び鉄柱の上に立った。


その機動力は最早尋常ならざるものであったが

それでも羽牙らはほくそ笑んでいた。この影は

全ての鉄柱へと一息に飛び渡れるわけではない。

すぐに追い詰められるだろう、と。


よって羽牙らは巧みに距離を詰めて支援射撃を

無効化しつつ、針路を妨害してアトリアを近辺

2オッピ内に鉄柱の無い一帯へと追い込んだ。


これでもう逃げ場はない。ゆえに動けず羽牙に

喰らわれる。仮に足場を放棄し墜落すれば当然

無傷では済まず、矢張り間髪入れず羽牙に

喰らわれる。


追い討ちし喰らったならばその羽牙は、まず

確実に敵地上部隊の餌食と成るだろう。だが既に

アトリアを殺し喰らう事だけが目的と化している

これら羽牙にとり、後の事は瑣事さじだった。


アトリアはそうした予測を得てかどうか、今は

ただじっと羽牙の殺到を待ち受ける風だった。

羽牙らは一層ほくそ笑んだ。この影の次なる

一手は既に判っているからだ。





10体で一塊の大蛇の如く這いうねるように

飛び交って巧みにアトリアの退路を消して

まとわり付く羽牙らは、その毒牙を振るい

かつ強靭なる顎で一息に獲物を噛み砕くべく、

鎌首をもたげ一気にアトリアへと挑み掛かった。



果たして僅かに身体を沈め、

アトリアは真言を残し消え去った。



直ぐに揃って羽牙らは急上昇しつつ散開した。

そして先陣の一体を中心に十分な距離を開け

三方に別れて旋回する。


高さ概ね4オッピ。周囲には最早空しかない。

三方に別れ三位一体でバサバサと羽音と立て

どこか熱狂的に咆哮する羽牙9体。


その中心を羽ばたく1体もまた実に

高らかに咆哮をあげていた。ただし

こちらは苦悶と激高に満ちていた。



中央を1体で飛ぶ羽牙の頭部であり

同時に胴部でもあるその上には。



突き立てた小太刀を支えとして屈み込み

これに取り付くアトリアの姿があった。

1オッピ=4メートル

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