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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
992/1317

サイアスの千日物語 百四十三日目 その四十

「右に飛べ!」

「よくやった下がれッ!」


自身の、そして自身をぎ払わん

とする異形の背後から怒鳴り声がした。


どちらも自身への指示だ、それは判る。

だがそれらの指示は示す方向が違っていた。


突進からの刹那の交錯と攻防により

喉から剣を生やした大柄なできそこない。


その突進の勢いと重みでつぶれ崩れそうに

なっていたシェドは怒鳴り声に如実な反応を

示した。だが同時に内容の相違に逡巡もした。



右? 後ろ? どっちだよ!?



脳裏で自問したその刹那。



ゴシュッッ!!



豪腕と鉤爪が虚空を裂いた。

そして重く勢いのある音が起こり、半ば

ひしゃげ肉塊と化した頭部が宙を舞った。


肉塊に未だ残る面影は、確かに人のものだった。

どこか奇嬌でどこか滑稽。見る者におかしみ

をも感じさせる醜悪な歪みを有していた。



さらに、ねじれた角が付いていた。





右に飛ぶべきか、後ろに飛ぶべきか。

結局シェドにはよく判らなかった。


落ち着いて客観的に判じたならば。


怒鳴り声のした方角と内容を照らし合わせて

みたならば、どちらの指示も同じ方向を、

すなわち南への退避を命じているのだと判る。


だがそう判ずるに足る精神的な余裕は

シェドにはなかった。なのでシェドは

両方やってみる事にした。


まずシェドは、突進の勢いそのままに自身へ

し掛かる1体目に対し抗うのを止めた。

むしろ逆にこれを自分へと、後方たる西へと

引き込むように加速させた。


これにより左方からの薙ぎ払いに対して

1体目のできそこないを盾とし、その上で

剣を放棄し自身の右方、すなわち南へと

全速力で吹っ飛んだ。


要は指示に一手、手間隙添えて成したわけだ。


膂力こそ10と人並みなものの、器用と

敏捷は共に19と人の種族限界値間近。


抜群の「速さ」を誇る韋駄天いだてんのシェドは

一手間加えた上でなお無事に逃げ仰せた。


そして2体目のできそこないを用いて

巧みに1体目のできそこないのとどめを

刺させる事にさえ成功したのだった。





隙をいての必殺の薙ぎ払いで派手に首を

刈り飛ばした2体目のできそこないは、

直ぐにその首が目当てのものではない事に

気付いて怒りの余りうなりをあげた。


無論それは味方を手に掛けた事への怒り

ではない。まんまと欺かれた事へのものだ。


崩れ落ちる1体目の巨躯の奥を南へと転がり

脱するシェドに激怒し憎悪を込め、赤子の

甲高さと奈落の底深さで咆哮するできそこない。


その音声おんじょうを発する頭部には右方から

征矢そやが射込まれた。至近距離から発せられた

征矢はこめかみを貫き右目を破砕した。


激痛と憤怒に苛まれ本能的に右へ、

西へと向き直る最後のできそこない。


残された左目はもどかしくも西に向き、

斜め左方、即ち南西へと飛びすさるラーズを

捕捉してこれを追おうと企図したが、その時



「いくぞォッ!!」


「応ッ!!」



と苛烈なる勇声が響き渡った。


声は再び右方、すなわち北側より。


身体は既にラーズを追って左前方へと

乗り出しておりこれを正すのに1挙動。


慌ててまずは右へと振り向くも、

先に視界を得るべき右目は潰れている。


身体と共に遅れて2挙動目で北を向いた

左目が捉えたのは、自身目掛け殺到する

4名の武人。


金色の戦狼ロイエを先駆けとして

突風の如く切り込んでくる美人隊であった。


ご丁寧に揃って左八双の構えを成して

視界の失せた右目の側に三日月斧バルディッシュ

隠し押し寄せ一気に加速。


できそこないの巨躯の左右を駆け抜けて、

駆け抜けざまに次々斬撃を叩き込んで

首を、腕や胴を吹き飛ばした。


重く大きい長柄武器での斬撃が生む隙を

高速移動による一撃離脱で帳消しにした

戦斧の奥義の一つ。


漆黒の旋風、迅雷公女たる城砦騎士ウラニア

直伝の「一の斬法・『雪風』」であった。





こうして残る最後の1体は四分五裂した。


戦闘開始より4拍強が経過していた。


20秒に満たぬ死闘の末、指揮所前にまで

攻め寄せた大柄なできそこない3体は全て

サイアス小隊の精鋭らに撃破された。


そしてこれにて高台へと攻め寄せた

機動中隊は殲滅せんめつされたのであった。


だが安堵に胸を撫で下ろす暇はなかった。

既に遠からぬ西方には、雲霞の如く暗雲の

如く、低く空を覆う羽牙の群れが迫っていた。

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