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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
989/1317

サイアスの千日物語 百四十三日目 その三十八

あまねく森羅万象を観測し数値を用い再定義して

戦の帰趨きすうを占う「軍師の眼」。これを有する

者は彼我の戦力差を如実に把握し得ると言う。


人がこれを手に入れるには非凡なる知力と

人智の外なる観測点を見出す事が必要となる。


人は人であるがゆえにこれを自ずと成す事が

できず、ゆえに異形やその神と接し魔力を得る

事でその萌芽を得る。


それならば。


人より秀でた知力を誇り端から人智の外なる

観測点に在るもののうち、その存在がより

絶対者たる魔に寄り添うた者がいたならば。


その者は軍師の眼を自然に有す。

そう言えるのではないか。


答えは是であり否でもある。


異形は萌芽の条件を満たしてはいる。

だがその一方で「数値」なる概念を

有しているとは限らぬからだ。


要は漠然と、直観的に相手の強さが判る。

判るがそれを自他に説明し尽くす術が無い。

ゆえに得た解を容易に衝動が上回り得る。


この事は人と異形それぞれの戦術構築に

大きな差異をもたらし、また互いに対し

大いに隙を生んだ。





防柵の尽きた指揮所前の広場で7名の敵と

対峙したできそこない3体は、大いなる魔

奸智公爵の精神支配のお陰か否か、即座に

されど漠然と敵の強さを観測し感得した。


北手前から南奥へと斜線陣を形成する7名。

そのうち最も北かつ手前、すなわち斜線陣の

左翼最前列に単騎でたたずむ甲冑姿。

これに対して3体は



強い。3体総がかりで

ほぼ互角。つまりは勝てぬ。



そう判断した。



ついで3体は中央を、そして南奥すなわち

最右翼を見やった。これら2箇所では、

1名ずつ相手にすれば3体総がかりで挑めば

確実に勝てる。そのように判断してのけた。


また互いに一騎打ちとなった場合、7名中

勝てぬのは3名。残る4名はほふり得るとも

即座に感得してもいた。


結果できそこない3体による7名への

襲撃は、以下の如くに開始された。





後方の低地に着弾した「火竜」の起こす

轟音と振動、熱量に弾かれるようにして、

できそこない3体は咆哮し一気に前方へと

疾駆する、素振りをした。


そう、素振りだけであり、実際は即座に

反転し東へ。防柵の狭間へと遁走とんそうした。


少なくともそれは遁走にしか見えず、

戦闘に向け気合を充溢させていた7名は

肩透かしを喰らいやや面食らい、次なる

挙措を逡巡しゅんじゅんした。


無論、不意を衝いて硬直を誘った3体は、

実のところ遁走したわけではなかった。


彼らは彼らの算段あって防柵の裏手へと

回りこんだ、ただそれだけであった。


そしてできそこない3体は揃って低く身を屈め、

広間直前の防柵目掛け東から轟然と突っ込んで

吹き飛ぶ2基の防柵と共に敵陣へと突進した。


即ちこの凶猛にして狡猾なできそこないらは

防柵を即席の盾とし前衛として切り込み或いは

鉄砲玉に仕立てたのだ。最たる狙いは敵陣中

左翼最前列。単騎で佇むデネブであった。





3体で勝てぬなら4体にすればいい。

5体であればなお宜しかろう。単純な挙動

であればそれは可能。或いは然様な意図も

在ったやも知れぬ。


たがより直裁で現実的な事由としては妨害だ。

吹き飛ぶ防柵が殺到するデネブのその背後。

そこには指揮所が横たわっているのだ。


つまり指揮所を守る立場のデネブには

吹き飛んでくる防柵を避けることができない。


重盾を構え総身を以って指揮所に至るのを

是が否でも阻止せねばならなかった。


東より敵3体と共に吹き飛んでくる防柵は

幅半オッピ強。鉄と木の組み合わせであった。


デネブは自身正面よりご丁寧にも二つ並んで

迫るこれらの防柵に対し、北側の一塊を重盾

を身体で支えるようにして止めにかかった。


防柵の質量はデネブより遥かに大きく

その勢いを殺すのは重盾メナンキュラスを

もってしても難事であった。


それでもデネブは大地に数歩分の溝を刻み

押し込まれるも何とか食い止める事に成功した。


そして自身の右方、斜線陣の中央を西へと

流れ行かんとするもう一塊の防柵に対しては

身体を右後方へと開きつつも右手に備えた

南十字星の名を冠するギェナーによる

渾身の一撃で破砕し圧迫して止めて見せた。


相当な難業にして荒業を見事こなしてのけた

デネブだが、これに両手と装備を使いきり

満足に身動きもできない状態となった。


これぞまさに異形らの企図通り。こうして

デネブは一時的に戦闘から離脱する羽目に

なり、できそこない3体はデネブを尻目に

斜線陣の最も南手より西奥を目指す。





目指す、はずであったのだが。どうにも

生来の破壊と殺戮、捕食への衝動、獰猛残忍

にして狡猾なる悪意に満ちた本性が首をもたげ。


身動きの取れぬ無防備なデネブへと向いた。


結果3体のうち最も北側。最もデネブに近い

位置を駆けていた一体が跳躍し、一足先に餌食

を得んとて防柵を飛び越え踊りかかった。


無論、これは愚中の愚。

戦いの最中に戦いを忘れる

暗愚の極みたる一手であった。


宙を舞い防柵より身体を乗り出したその刹那、

ごうと風を巻き横殴りの三つの暴威が飛来した。


二つはラーズの放った征矢だった。

征矢は醜悪に歪んだ老人に似たその顔を

浅く抉り、両目を纏めて串刺した。さらに

一矢は体側から胸部へと進入し、あると

すれば心の臓な辺りを破壊した。


残る一つはロイエの投げつけたククリだった。

ククリはできそこないの猪首を半ば以上

切り裂いて喉笛から柄を生やした。


異形生来の貪婪なる本性がもたげ不用意に

宙を舞ったこの一体は、こうして中空に在り

ながら死に瀕し、視界も呼吸も失ってただ

惰性のみで防柵を乗り越え落ちていった。


その先ではギェナーからとうに手を放し

左腰に吊るすシャムシールに手を掛けた

デネブが待ち受けていた。


銀弧一閃。できそこないは脇から首へ。

両断された屍と成り果てて中央でギェナーに

圧迫され止まった防柵の西手に落ちた。


こうしてまずは3体のうち1体が片付いた。


そして残る2体は冷静さを失わず

当初の企図通りに南すなわち最右翼から。


北最前列のデネブを交わし中央のロイエら

美人隊の参戦を防柵の残滓と迂闊うかつな1体の

屍で阻害しつつ斜線陣へと攻め入った。


2体の殺到するその先には、矢を放ち終え

一時無防備となった飛兵ラーズ。そして今は

ラーズの盾役を担う伝令シェドの姿があった。

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