サイアスの千日物語 百四十三日目 その三十五
戦闘状況における異形らの挙動。
その特徴は属性によって大きく変わる。
属性とは主体が何であるかという事。
即ち「野良」か「魔軍」か「奸魔軍」かだ。
野良の場合は挙動の全てを異形自身の
本来の目的である「捕食」が支配している。
捕食は個々の異形が独立別個におこなう挙動だ。
それゆえに異形らが戦術として誘引や陽動を
用いるのは、最終的に各個の取り分が
約束され得る場合に限られる。
要するに捨て駒は有り得ぬ前提なのだ。
異形らは各個にとってより容易で効率的な
狩りのために共闘しているだけに過ぎない。
献身や自己犠牲に見える行動は飽く迄表層。
そこに本質的な無私は微塵もない。精々
競い出し抜き合った結果がそのように
見えているだけなのだ。
そも優先順位こそ低いものの味方たる同族とて
捕食対象には違いないのだから、余程の勝ち目
がない限りは鬼手魔手の類は無いという事だ。
一方宴に代表される魔軍においては主体が
異形らの崇め奉る概念存在「魔」そのもの。
戦闘後の異形各個の取り分なぞは端から一顧
だにされてはいないのだ。それゆえ囮であれ
捨て駒であれ、勝利のために必要な手は
何だって躊躇なく用いるものである。
さらにこれが奸魔軍となればそも勝利すら
必要としない向きがある。全ては余興であり
人が勝とうと異形が勝とうと、ショーとして
出来が良ければそれで良いのだ。
眺めて楽しいか、或いは気が向くか。
さらに何より重要なのは、贔屓の役者が
その演目に出演しているか。
荒野の女衆の怒りを恐れず有体に言えば。
奸魔軍の挙動とは「女心と秋の空」。
蓋しこの句に集約されると言える。
さて今南東よりヴァルキュリユルの機甲小隊に
迫るできそこないの機動中隊だが、これらは
本来野良に属する眷属を奸智公爵が一時的に
支配下に置いたもの。
言わば奸魔軍でも外様な傭兵部隊の類である。
よってこの機動中隊の攻撃とは戦略規模では
サイアスの看破した通りヴァルキュリユル
全体に対する欺瞞であり、戦術規模では
対峙する敵小隊の捕食であった。
現在の距離はおよそ100オッピ。
編成としては30体中24体が標準的な
できそこないであり残る6体はやや大柄。
もっとも魔笛作戦でロイエ中隊と対峙した
個体ほどに「育って」はいない。背中の翼は
残滓のまま。飛翔はできそうに見えなかった。
機動中隊は前から3ー5ー7。これを縦に
二つ連ねた「樅の陣」を採っていた。
見る間に距離は50オッピに詰まった。
できそこないはその屈強な膂力と敏捷により
陸生眷属の中では最高の機動力を誇っていた。
純粋な移動速度では障害物のない空中を
直線的に進み得る羽牙に一歩劣る。だが
挙動自体の速度ではその一枚は上手となる。
大小入り混じる30のできそこないらは
陣形を高度に維持しつつ、赤子の声に似た
甲高い雄たけびを上げ、岩や起伏を軽妙に縫い、
死を臭わせる慄然たる地鳴りを伴って
機甲小隊目掛け殺到してきた。
先手を取ったのはヴァルキュリユル。
ただし機甲小隊ではなく高台の長弓部隊だった。
平素は第三戦隊長クラニール・ブークの直属な
長弓部隊は、高台の射場より高低差を活かして
まずは支援射撃をおこなったのだった。
用いる弓は上下非対称な東方諸国の大弓。
番える長剣に匹敵する長さをもつ征矢。
50揃って一矢乱れず虚空をびょうと劈いて
征矢は飛蝗の如く大気を渡り機動中隊を
斜め右前方より襲った。
巨竜が尾を打ち下ろすが如き盛大な
殲滅必至の征矢の群れ。しかし機動中隊は
巧みにこれをいなしてのけた。
もとよりそういう企図であったものか。
南東より北西へと殺到していた
できそこないの機動中隊による樅の陣は
前曲の3-5-7を一気に左方、真西へと。
後曲の3-5-7を一気に右方、真北へと。
さながら落雷に打たれ唐竹に避けた樹木の如く
急旋回し一気に加速。必殺の征矢による被害を
最小限に食い止めてみせた。
結果としてできそこない機動中隊のうち串刺し
となって絶命したのは前曲のうち5体のみ。
長弓部隊はこれに二の矢を放つ事はなく、
さらなる戦況の変化を見届ける事となった。
そして分裂した機動中隊は、雄大に羽ばたく
渡り鳥が打ち下ろした翼を再びもたげる如く
先端をしならせ、間髪入れず機甲小隊に肉迫。
つまり機甲小隊の布陣中央なランドの駆る
セントール改。これは端から避ける手で
あって、両翼となる精兵5名ずつへと
外側から斜めに切り込む意図であった。
機甲小隊の構成員21名のうち、
第一戦隊主力大隊の精兵10名と
第二戦隊抜刀隊五番隊の隊士10名は
各戦隊きっての猛者である。
一方中央に陣取るセントール改を駆る
ランドは本来的には工兵であるため
最大戦力であるはずのランドのみ、
他に比して素地たる戦闘経験が少なかった。
ただしランドは自身の役割をよく理解していた。
ランドとセントール改の役目とは鉄城門正面の
防衛であり、機甲小隊の全体の盾でもある。
よってできそこないらの鮮烈な挙動に反応は
出来ずともそれでよく、むしろ逆手にとるかの
如くセントール改の上半身のみを振るった。
すなわち両腕それぞれに持つ巨大重盾
メーニアⅡのうち右手に持つ方は自身の
右翼に立つ精兵ら5名の前へ。
左手に持つ方は自身の正面へ構えて
防御体勢を整えた。
自身の右手、即ち西へ流れた前曲は
5体減っている上高台の崖とその上の
防壁が高台上部への侵入を存分に防ぐ。
よって攻め手を繰り出すのは自身の左側、
手付かずで残った15体の側が良いとの
判断だ。
そこでランドはセントール改が左手に持つ
ほぼ鉄板といえる剣を大きく左に突き出し、
引っかくように自身前方へと振って4体を
半ばひしゃぎつつ自身の正面へと掻き出した。
さらにセントール改は右手に持つやはり
同様の鉄塊な剣で盾の上から掻き込むように
突き下ろし、既にひしゃげつつあった4体に
強引なる止めをくれた。
そう。セントール改は両の腕に盾を持ち、
両の腕に剣を持っていた。すなわち
改となったセントールには、実に4本の
機械腕が備わっていたのだった。
足を生やし人に近づけて直感的な操作性を
向上させたセントールⅡ型センチネルと異なり、
セントール改は純粋に戦闘力のみを追求した。
そして純粋に戦闘力を追求するのなら、
人同様の四肢に固執する必要なぞないのだ。
人より強大な荒野の異形らが人型をしていない
事が、その何よりの証左であった。
特殊な駆動系統を掌握し機動機構を制御して
その上火器を管制し両の腕を操作しさらに
追加の両の腕を使いこなす。
非常識に複雑極まる操縦もランドになら可能。
複数で扱う攻城兵器を単独で用い得るランド
ならではの方向性でセントールは進化し
そして深化し続けていたのだった。




