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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
984/1317

サイアスの千日物語 百四十三日目 その三十三

西から東へ。

時折高台を風が駆けた。

これはこの土地本来の風だ。

サイアスはそのように理解した。


城砦近郊では高くそびえる四角錘の本城が

周囲の大気を四分して城砦の発する熱量を

由来として四方への気流を生む。


本状は東西南北に頂点を有する四角錘だ。

そのため城砦近郊南東域では北西から南東へと

流れる風、すなわち北西の風が吹く事になる。


城砦風と呼び倣わされるこの風は夜間ほど

その存在が顕著であり、陽が昇り地熱が

豊かになるにつれ希薄となってゆく。


何故か熱量に乏しい荒野の太陽だが

時節的にはまだ中秋。人の造った城砦風を

時折上書きする程度には意気を示していた。


地勢に通じ地政に長ける。

これは凡そ将帥に必須の見識と言えた。

その見識は当地に金城湯池を思い描かせ

拠点を築かせもした。


そして更には敵襲を。未だ彩かに見えねども、

風下となった東手より忍び寄る魔軍の影を

脳裏に垣間見せていた。


第二時間区分も半ばの午前9時過ぎ。

いよいよその時が近づいていた。





白金の髪を時折揺らす

西風に促されるようにして

サイアスは東の方を見やった。


視界の大部分は広大なる大湿原が占めていた。

東西に1万オッピ。南北に5000オッピ。

今見る東の地平ですら、その西端の一部に

過ぎないのだろう。


かつてセラエノのご褒美で夜明けの空を

舞った折には、彼方の地平に平原西端の拠点

トーラナの防壁が見えていた。


トーラナの奥には騎士団領、そして故郷たる

所領ラインドルフが在る。サイアスの想起する

姿からは随分様変わりしたのだと聞いていた。



当地ここより遥か東の果て。

 海に面した辺りでは、この時分を

『神無月』と読んでいます」



サイアスの傍らで同様に東を見つめる

大隊副将、サイアス小隊代長ディードが告げた。



「神々の居ない月、か。

 荒野ここの荒神がたも本来は

『黒の月』にしか居ないのだけれど」



年中無休の面倒臭いヤツが居る。

サイアスは小さく肩を竦めた。



「お待たせしました!

 追加物資到着です!」



そこに元気なアクラの声が響いた。

敵襲前に到着できたのは何よりと言えた。



「ご苦労様。物資の展開は後にして、

 全ての車両を戦闘用に再配置してくれ」


「了解!!」



アクラらは工兵を伴い即実行に移した。


具体的にはまず10台の大型貨車のうち

食料満載の「ヴァルハラ」の車両3台を

長弓部隊の射場として組まれた台座に

横付け。これを拡張する形とした。


こうして出来た拡張された台座をさらに

残る7台が大きく「コ」の字に囲って

防柵を付加。即席の防衛陣地を構築した。


この陣地には長弓部隊と工兵らが篭もり、

周囲を精兵らが固める事となる。





「閣下、南東より『できそこない』の

 機動中隊が接近中です。数30。

 一時遭遇まで凡そ5分」


不意に現れた隠密により

敵の接近が告げられた。


「南東よりの挙動は欺瞞フェイクだ。

 本命は真東よりの強襲だろう」


隠密に頷きつつサイアスは即断じた。


南東には鉄城門と防壁があり、その前方では

ランドの操るセントールや抜刀隊五番隊が

臨戦態勢を整えていた。


サイアスの言には報じた隠密を含めて

その場の総員が頷いた。そして正軍師が

デネブを補佐しさらなる一報をもたらした。



「デネブさんの『カゥムディー』が

 当地の東方200オッピ地点となる

 大湿原西端外延部にて多数の『羽牙』

 を捕捉しました。総数60」


「二個飛行大隊ですね。羽牙のみで二手に

 分かれ挟撃を狙う可能性もありますが

 中央城砦に背を向ける愚は避けて

 波状攻撃を指向するものかと」



参謀長補佐官たるアトリアは

これを受け、顎に手指を添え思案げだ。



「現状羽牙の強襲を阻害する手段は限定的です。

 近接までに落とせるのは4割程かと」


「では私が出よう」



アトリアの予測にサイアスが応じた。


確かにサイアスがシヴァと共に飛翔し囮なり

前衛を務めるならば、弓兵や工兵は格段に

安全となるのだろう。だが


「いえ、今後の展開をかんがみれば

 閣下の魔力は極力温存すべきです」


とアトリア。


これにはサイアス以外の幹部衆誰もが頷いた。



「閣下の配下を思う気持ちには

 心よりの感謝を申し上げます。


 されど我らもまた戦士。

 守るための戦いを望む者共です。


 閣下には閣下にしか成し得ぬ役目が

 御座います。緒戦は我らにお任せを」



とアトリアはさらに告げて

周囲の兵らも揃ってこれに頷きを示し



「要するに、だ」



とラーズが引き継いだ。



「俺らの仕事を取らんでくれや」



周囲はこぞって笑い出した。



「むー」


何やらムスっと不満げなサイアス。

だが誰にも相手にして貰えなかった。


とまれサイアスには指揮のみをさせ、

実の迎撃は他でやるとの方向で着々と

準備が整えられた。

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