付録・番外編「孤独の城砦グルメ飯」 一章「ヴァルハラ飯」その1
中央城砦本城中央塔とこれを囲む
付属参謀部の出口は北に面している。
荒野のこの地に「退魔の大軍」が
至ってより100有余年、ずっとそうだ。
敵地の只中、陸の孤島たる
中央城砦はこの中央塔より始まった。
「退魔の楔」作戦に基づき平原を発った
総勢100万の「退魔の大軍」は、大湿原を
迂回し南北の両往路に別れて西を目指した。
北に70万、南に30万。
このうち南の30万は囮であった。
当時南方はかなり東域にまで
「できそこない」らが出張っており、
往路内部は連中の居城に等しかった。
無事にこれを突破し得たのは
3割弱に過ぎなかったと言う。
もっとも北往路とて惨憺たるもの。
北を主とした最大の理由は北方河川を活かす
水運力だが、河川の眷属らの猛威により
船団の半数近くは沈められてしまった。
もっともこちらは多分に策であった。
沈みゆく船が撒き散らす油に火を付けて
河川ごと異形を焼き払い、燃え盛る船団を
先陣に西へと邁進。その荘厳な様は後世
「不死鳥の進軍」として知られる事となった。
とまれ大軍勢の大半が北より高台へと至り
北から侵攻し占拠したため、当初は単に
司令塔であり物見塔であった中央塔は
北に出口を有している。
そして今回目指す超弩級の食堂は
内郭北東区画にある。そこでまずは
100年前の英雄らに想いを馳せつつ
本城大路を北へと目指した。
昨今は若手の活躍により「闇の時代」に
在ったと伝わる「動く道」と呼んで差し支え
ないものまでが開発・整備されつつある。
不要な動作は一寸たりともしたくない
筆者的には、ここ最近で最高の発明だ。
筆者とて参謀部の誇る叡智の一端。
かつては就寝中に全自動で仕事を片付ける
小人を開発しようとしたりもしたものだが
残念ながら就寝中に開発は進まず頓挫した。
まぁ仮に成功したとて小人らが組合を立ち上げ
不当労働環境の是正を求め抗議し結果高く付く
であろうことは想像に難くない。
そうした危機を未然に防いだのだから
筆者はむしろ褒められるべきであろう。
動く道の速度は思ったより早く、英雄の面影
を逐一偲ぶ間もなく本城北口へと到着した。
邪魔な歩哨をひょいと掻い潜り、そのまま
城壁沿いを走る道へと移る。ものの数秒で
内郭の北西区画へと入った。
城砦歴50年代後半。
城砦騎士団は戦隊制を採用し、まずは
第一戦隊が設立される運びとなった。
栄えある初代戦隊長には当時最高の英雄、
参謀部構成員なら誰しもが眉を顰めて
その名を呼ばう「筋肉の城」ガラール卿が
選ばれた。まぁ、妥当な人選だ。
だがこのガラール卿、どうにも妥当なお頭を
してはいなかった。第一戦隊長の辞令を受けた
彼の初仕事。それは編成でも練兵でも隊規訓示
でも士気高揚でもなかった。
そもそも辞令への第一声は
「宜しい、ならば食堂だ!」
だったのだそうだ。
号令一下直ちに職人が総動員された。
また第一戦隊へと編成予定の漢たちは揃って
甲冑を脱ぎ或いは全裸に近付いて一挙集結。
圧倒的な暑苦しさの中こぞって職人らと
肩を並べ区画整備し基部をこさえて呆れる程
の速度でもって特大の施設の外枠を構築した。
今の単位に換算すれば全幅概ね150オッピ。
奥行き概ね60オッピ。内郭北西区画の
2割弱を占拠する大施設だ。
当節の平原における大国の王城が概ね
100オッピ四方に収まるといえば
その規模の出鱈目さが伝わるだろうか。
兵舎よりも武器庫よりも真っ先に区画を
占拠したその外枠には本城資材部に匹敵する
特大の貯蔵庫と本城武具工房に匹敵する
大火力かつ多数の炉。
さらに外郭兵溜まりに満載の糧食をこれでもか
と詰め込んで、平原全土より緊急招集された
命知らずの、且つ、味に命を懸ける最高の
料理人らを片っ端から招集し十日と掛からず
仕上がったのが件の超弩級巨大食堂だ。
北方の神話に伝わる戦士の英霊が集う殿堂に
なぞらえて付いたその名は「ヴァルハラ」。
以降50年間一日たりとも休むことなく数多の
英傑らの底なしの胃袋を昼夜を問わず満たし
続けている、威光燦然たる真の不夜城であった。
城砦内郭北西区画は、右に孤を持つ半月が
左に大きく傾いたような格好をしている。
ヴァルハラはこの区画の中枢からやや北東
よりに建っていた。
恐ろしく広大で高さも2オッピはあるが
ヴァルハラは平屋造りであった。
照りつける太陽の熱量が乏しいため、既に
晩秋の肌寒さがある荒野の高台。それが
さながら南国のリゾートでもあるかの如き
錯覚を抱かせるほどの熱気に満ちていた。
随所の通気孔より炊煙が上がり、さながら
大規模な工場にも思える。外観は大理石を
思わせる豊かな色味を湛えており、正面は
内郭南西を向いている。
背後には内郭隔壁が聳え、隔壁上を
警邏する兵らの元まで思わず腹の鳴りそうな
ふくよかな熱気が届いていた。
出入り口は複数ある。いずれも屈強な、縦にも
横にも育ちきってなお食べ盛りな屈強な兵らが
或いは豪快に躍動し、或いは重甲冑を鈴鳴らし
戦場に赴く面持ちでその戸口へ――いや城門と
呼ぶべきか――へと進んでいた。
そしてどうやら出口と入り口は別な造りらしい。
ヴァルハラより出てくる兵士らは一様に
至福感に満ち、はち切れんばかりの心地な
腹をさするが如き有様だ。
試しに一人捕まえて聞いてみた。
「『腹八分目』をご存知ですか?」と。
「新メニューですか?」と返ってきた。
仕方ないのでここはスマイルで見送った。
並の人に数倍する体積を誇るマッチョの群れが
転がった方が速そうなほど膨満感に溢れると
あっては、筆者としては最早全面的に
危機感を覚えざるを得ない。
筆者は色んな美味いものをちびっとずつ
摘んでは悦に入るタイプなのだ。お陰で某
参謀長などには「また食い散らかして!」だ
などと怒鳴られる始末だ。
まぁこの際あの脱法トンビはどうでもいい。
入場、いや入城以前で既に食いきれないのが
自明に過ぎるこの状況、やはり何とかせねば
ならないだろう。
噂ではヴァルハラで出された料理を食べ残す
ことは、死より重い大罪なのだとか。お代わり
を頼んだ上で残すなぞするとその者は額に墨で
「肉」の字を書初めされて向こう一日、生の
カボチャ一個のみで凌がねばならぬのだそうだ。
……別に普通に凌げそうだ。
だがしかし。そこは特盛りマッチョ衆。
日に4食欠かさず肉、らしきものを食い倒す
彼らにとり、これは死よりも辛いとかで
効果覿面。きっと先刻の兵士にしても
「腹十分目」ならご存知なのかも知れなかった。
ともあれ、である。本企画を企画倒れとせぬ
ためにも、ここは同行者を得ねばならぬだろう。
そこで筆者は早速準備を進めた。




