サイアスの千日物語 百四十三日目 その三十一
平原西方諸国連合軍と隷下城砦騎士団による
今年二度目の合同作戦における初手となる
荒野での城砦騎士団側「アイーダ作戦」。
この作戦で正規に別働するデレク率いる騎兵隊
「オーバーフラッグズ」と、奸魔軍に属すると
思しき上位眷族との大回廊における遭遇戦。
互いに相手の足止めを企図しつつ随分時間を
掛けて行われたこの戦闘が決着したのは、
遭遇から小一時間が経過した午前8時前後。
第二時間区分もいよいよ中盤に差し掛かる、
そんな時分であった。
その後デレク隊は城砦外郭南防壁西端より
南に概ね400オッピ地点。城砦のある高台
と、付近の低地とが織り成す緩やかな斜面の
最上部にて小休止していた。
ここは丁度一時間程前に騎士団長チェルニー
率いる本作戦の主力軍500が小休止を取った
場所だ。元より宴における魔軍の進軍経路でも
あるため不整地主体の荒野らしからぬ足場の
よさで見晴らしも十二分だった。
騎兵隊24名は愛馬を休ませつつ遠眼鏡で
周辺の状況を窺い戦域図と照らし、デレクは
例によって手鏡を取り出し本城と位置情報の
やり取りなどしていた。
右に孤を持つ三日月の下半分の如き形状をした
高台南部はこの地点から南西に向けなだらかに
下っており、主力軍勢は当地を離れた後まず
南西に。次に南南西にと徐々に転進。
予定通りであれば今頃はデレクらより概ね
800オッピ程南を東へと進軍している事に。
騎兵らは戦域図にコンパス宜しく二本指を
降ろし、距離や方位をを目算しつつ見当を
つけた方向へ遠眼鏡を向けた。
真南へ向かうほど傾斜も起伏も高めに残って
いるため完全に見通すのは厳しいものの、
南方に川面の如き銀と黒がゆらゆらと見えた。
第一戦隊兵士らの纏う甲冑の影だろう。
察するに進捗は頗る良好らしい。騎兵らは
そのように判じていた。
騎兵らが光の川面だと、その実東進する
重甲冑の群れだろうと見て取った主力軍勢
500の最も西手。最後尾にあたる一画を
往く人馬の群れ。
そのほぼ中央に位置する屋根のない馬車でも
フードを目深にしたローブ姿が遠眼鏡を掲げて
北方を仰ぎ、騎兵隊らしき一群を見止めていた。
ローブ姿はさらに北奥の高所を望み、遠く
中央城砦本城からの光通信をも読み取っていた。
「閣下、デレク卿の騎兵隊が
3箇所手前の仮陣地に入りました」
軍師は抑揚なくそう語った。
聞くとはなしにこれを聞く
馬車の傍らを往く騎馬の群れ。
そのうち二騎が口を開いた。
「『火竜』を当てたか」
「まったく器用なヤツだ」
共に苦笑する二騎のうち
「騎兵の足止めは合流阻止のみを
目的としたものでは無いのだろうな」
銀と緋色の小札を連ねたラメラーを纏う
第二戦隊長、剣聖ローディスがそう語った。
「一つは主力軍との合流の抑止。
一つは専ら南西への哨戒阻止。
一つは西方域への意識の誘引。
加えて一つは単なる気まぐれ。
まぁこんなところだろう」
漆黒の甲冑、その右小手の指を顎に添え
どこか愉快げに騎士団長チェルニーが応じた。
「ふむ。奸魔軍は例によって
伏兵による奇襲を指向している、
そういう事か?」
とローディス。
「距離が距離だからな。
仮に奸智公が、隠密衆の始末した
眷属らを用いてこちらの同行を即時に
把握し即座に動いていたとして。
南西丘陵の奸魔軍本隊が軍団規模で
最前線にまで上がってくるには
半日以上掛かるだろう。
おい、試算してみろ」
とチェルニー。
さらに車上の軍師へと声を掛けた。
すると先刻とは別の軍師が
「当主力軍500と対陣し得る規模でと
言う事でしたら、最速となる羽牙のみの
飛行大隊で概ね4時間強。以降陸生眷属を
中隊規模で一種加える毎に1時間弱遅延。
宴と同規模の混成師団を想定するなら
現時刻より7時間半以降後にオアシスの
南西300オッピ内に到着するかと」
と答申。
「現実的な線としては城砦近郊の『野良』を
用いて、多方面よりの小勢による散発的な
挑発で敵主力到着までの時間を稼いで
くるでしょう。
先刻の上位眷属もまた、同様の企図に
沿うものであったかと」
と別の軍師が捕捉した。
「こちらの規模がデカ過ぎるのでな。
主力到着までまともに仕掛けようがない。
そして小勢の腰の引けた挑発であれば
騎兵隊や予備隊、隠密衆といったこちらの
衛星部隊が適宜確固撃破する。
まぁ陽が落ちる前にやり合う事はないだろう」
チェルニーはそう告げ
「主力軍は、な」
と付け足した。
「サイアスらか……」
とローディス。
主力軍とまったく連動せぬ別働軍であり
主力軍の生命線たる輜重隊であり、さらに
奸智公の個人的な贔屓でもあるサイアスが
率いるヴァルキュリユル。
狙われずに済む理由が何一つ無かった。
「で? あいつは今どこで何をしている」
とどこか楽しげなチェルニー。
「兵団長閣下率いる200余名は
現在城砦南防壁東端より南南東およそ
400オッピ地点から、ここ一時間程
動いていない模様です」
「南南東400オッピだ? ……ふむ」
と軍師の答申に腕組みした。
「ここからは最短距離でも
1000オッピ程度あるようだな」
やや険しい眼差しを見せるローディス。
200と言えど100は工兵。
これと輜重の防衛に割いた上で残る
「使える」兵数は30に満たないだろう。
「……」
ローディスの指摘に
思案を続けるチェルニーは
「兵を送るか?」
「いや、このままで良かろう。
それが敵には最大の負荷になる」
と主力軍については現状方針維持とした。
「兵団長閣下の大隊に向かう可能性が
高い敵勢力は、大湿原の羽牙と北往路
一帯のできそこないかと思われます。
いずれも『野良』を再編成した形かと」
と軍師。
「『四枚羽』が混ざるかどうかが鍵だが
まぁ、諸々端から織り込み済みだろう。
ここはアイツに任せておくとしよう」
果たして何かが腑に落ちたものか、
これに笑って応じるチェルニー。
その脳裏に描かれた戦域図には
新たな書き込みが増えていた。




