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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
980/1317

サイアスの千日物語 百四十三日目 その三十

「火竜」とは中央城砦が誇る対魔軍殲滅用

大型攻城兵器とその弾体への呼称であり、

元々は荒野に在りて世を統べる大いなる荒神

「魔」を焼き殺すために作られた。


攻城兵器の分類で言えばトレビュシェット。

ただし特大で弾体は燃え盛る金属球を

標準装備とする。


金属球の内部には可燃物と魔術の術式が満載

され着弾の衝撃をトリガとして二次的に爆散。

半径10オッピ弱を瞬時に火の海に沈める。


有効射程は初期で100。最大300オッピ

とされている。中央城砦が一辺800オッピ

と巨大な事を思えば、相対的に飛距離は短く

感じられる。


ただし城砦自体が高台にある事や騎士団の

戦闘が侵攻軍へのカウンターである事を

鑑みれば必要十分であった。


特に真なる闇夜の続く黒の月の「宴」では

魔軍もまた真なる闇を完全には見通せぬため

いきおい布陣が密集気味となる。


そこに降り注ぐ火竜の効果は相乗的に絶大

であり、まさに決戦兵器と呼ぶに相応しかった。





ただし城砦歴107年の現時点に至るまで、

魔に直撃せしめた例は一度もない。


精度の問題も有るが弾速がそこまで高くなく、

巨躯かつ恐るべき膂力と敏捷を誇る魔であれば

接近してからでも跳躍一つで大抵延焼範囲から

離脱できるためであった。


よって魔に関しては一旦措くとしても、

相手が能力の高い大物であるほど当てる

には「騙し」が要る。


ゆえにデレクもあの手この手を尽くしたわけ

だが、それでも弾体を直撃せしめ問答無用、

一撃必殺で屠るところまではいかなかった。


視覚より聴覚で敵を判ずるこの異形の場合は

着弾寸前に音で勘付き僅かながらも飛び出して

辛うじて弾体の直撃だけは避けていた。


もっともその総身にびっちりと生えた長短様々、

それでいて一様にテラテラと脂ぎった剛毛は

それは激しく炎上しその身命を蝕んでいた。


水場なり柔土なりがあれば即刻潜り込んで

炎を減じ得たかも知れないがどちらもこの場

にはなく、むしろ補給物資に含まれた油や

食糧の類がより一層火勢を増す風情。


とは言えど。

貪婪どんらんに過ぎる本性に従い殺戮さつりくの愉悦に身を委ね

憚らぬ異形である。かくなる上は是非もなし。

万事休すは遠からずと神妙に観念する筈もない。


むしろ飽くなき生への欲求から

敬虔な死の伝道師となった。


要するに死なば諸共、一命でも多く道連れと

せんと、燃え盛るままに形振なりふりり構わず

騎兵隊へと襲い掛かってきたのだ。





「うひー、マジで来やがった!」


「往生際が悪い!」


口々に喚く騎兵衆。

なんだかんだで余裕があった。


それもそのはず、端からこれで仕留めた

などと楽観しては居なかったからだ。


デレクの指示に従ってとうに異形より馬首を

翻していた騎兵衆は、飛び出す火達磨を嘲笑う

かのように駆け去り、駆け去り際に「逃げ撃ち」

で油矢を御見舞いした。


狂乱の窮みにある異形は益々持って燃え盛り、

燃え盛りつつもチョコマカと少しだけ逃げる

騎兵衆を追おうと躍起になっていたものだが、


そのうち暴れまわる自らの程近くに

単騎悠然と佇む気配を感じた。


既に視界は融解し姿形は定かならず。

されど騎影と騎影から伸びる漆黒の鬼気が

逃れ難き死の訪れを如実に告げていた。



「そろそろお開きだ。

 後もつかえている」



騎影は悠然と異形へ歩み寄った。

矢の雨は止んだ。燃え盛る炎の音と

荒野の地を叩く緩やかな馬蹄の鳴り。

そして死神の鎌の如き斧槍ハルバードの一閃が生む

異形の断末魔が死闘の最終楽章を奏でていた。





「派手に燃やしちまったなぁ」


インプレッサが呟いた。


火の海は浅瀬に代わりやがて干上がって

もとの荒野の大回廊へと姿を変えていた。



「……ちなみに俺らの昼飯とかは」


「燃えたなー」



あっけらかんとデレク。

再び手鏡をチラ付かせていた。

撃破報告でもしているのだろう。


「抜きって事か……?」


とレクサス。



「『死ぬよりキツいぞ。覚悟しとけよ』

 って言ってあるぞー」


「こういう事かよッ!」



自称イケメンズは総出でツッコんだ。



「まーまー。戦果は上々、城門も近い。

 ちょいとタカりに行くとしよう。

 ……女騎兵衆諸君」



とデレク。



「『フェアレディーズ』

 と呼んで貰いましょうか」



と得意気なシルビア。

新たな自称ユニットが増えたようだ。



「何だそれ。まー良いか……

 中々良い動きだったぞ。

 そのまま6名1班で編成する。

 班長はシルビアに任せよう」


「しょうがないから拝命してあげるわ」


「へーへー」



得意気なシルビアに肩を竦めつつ



「さて、フェアレディーズの諸君。

 悪いがもう一仕事頼みたい。どこぞで

 人馬総員の昼飯を掻っさらってきてくれ。


 手段は問わん。セクシーコマンドー

 でも何でも好きなようにしてくれ」



とデレク。



「んじゃ隊長アンタの勲功にツケてくるわ」


「マジかよ……」


「いってきまーす」



シルビア以下自称フェアレディーズは

さっさとその場を去っていった。



「インプ。南門に祈祷士が来てるはずだ。

 治療受けるついでに新種の報告書を

 渡しといてくれ。済んだら営舎で養生なー」



デレクは小板に書状を挟み付け

スラスラと仕上げてインプレッサへ。



「了解したぜ。んじゃ皆、

 すまねぇが一足先に戻るわ」


「おぅお疲れ」


「セシリアちゃんに宜しくな」


「もぅ蒸し返すんじゃねぇッ!! ってて」



インプレッサは元気に喚き返し東進、

城砦外郭南防壁中央の城門を目指した。



「ここから南に400行けば主力の軍勢が

 休憩に使った跡地があるはずだ。残りは

 そこまでいって小休止するとしよう」



こうしてデレク率いる騎兵隊は初見の

上位眷族と目される異形との遭遇戦に勝利した。

負傷1名。死者無し。けだし完勝と言えた。


その後数名を別働させ24名となった騎兵隊は

外郭西防壁の南端より概ね400オッピ地点に

ある、小一時間程前に主力軍勢が小休止を取った

高台南手の緩やかな斜面へと移動、暫し休息した。

1オッピ≒4メートル

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