サイアスの千日物語 三十二日目 その八
「さて、次はロイエが良いのかな、話の流れ的に」
ランドはロイエに話を振った。
「ん、私? 別に話すことなんてないわよ?」
ロイエはそう言って果実酒割りを飲んだ。
サイアスもそろそろ食べ終わろうかというところだった。
「ぇー何でだよ。ランドとなんか良い関係ぽいし、
それっぽい話の一つくらいあるんじゃねぇの?」
件の騒がしい男が茶化すと、周囲から、キモいこいつ、
親父かよ、等の声がきっちり聞こえるように呟かれた。
男はそれを聞いてべっこりへこんだ。
「あるわけないでしょ。雇い主なんて契約切れたら
ただの他人よ? 余計なしがらみなんて次の契約の邪魔だし。
あんた傭兵ってものを判ってないわねー」
ロイエは小馬鹿にした様子で男を見やった。
「ぐぎぎ」
男は何とも言えないセリフを発し、ロイエは気分良さそうに笑った。
「あ、そうだ。言っとくことが一つあった」
その後ロイエはふと思い出したようにそう言った。
「私の名前、ロイエじゃないわよ!」
「……えっ?」
「……はぁ?」
ランドと件の男が、こいつ何言ってるんだ、といった表情で
ロイエを見返した。サイアスは特に気にせず果実酒割りを堪能していた。
「私の名前はロイエンタールよ!
実の親でさえ忘れてたっぽいけど……」
「うわ、知らなかった……
皆ロイエとしか呼ばなかったら、てっきりそうだと」
「あー俺も俺も。ってかそもそも知らん人だった」
「ごちそうさま」
三者三様の反応に、ロイエはお手上げといった風に肩を竦めた。
「あんたってほんと我が道を行くって感じよね……
ねぇデザートにカエリアの実ちょうだい」
ロイエは自分を棚上げしてそう言うと、サイアスにお手をした。
「はいはい」
サイアスは今度は素直に応じた。
そういえばクシャーナ元気かな、とサイアスはロイエの手に実を
乗せつつ思い耽った。
「オカンかよお前……」
件の男は溜息を付いた。
「っと、そろそろ時間を気にした方が?」
ランドはそう言うと、ちらりと視線を下に向けた。
サイアスも玻璃の珠時計を確認した。まもなく1時に
なろうかというところだった。
「一度部屋に戻って準備した方がいいでしょうね」
サイアスはそう言った。
「そういえば昨日、今日は走り込みだと言ってたね」
ランドがそれに応じた。
「極力身軽な、動き易い格好にしておいた方が良いですよ。
あとは膝と腰を少しほぐしておいた方がいいかもしれない」
サイアスは周囲にもはっきり聞こえるようにそう言った。
周囲の補充兵たちは真剣な面持ちで、あるいは頷きつつ、聞いていた。
「なんか物々しいなおぃ。ただ走るだけじゃないのかぃ?」
男の問いにサイアスは答えた。
「戦闘用の体力という話なので、
防具を着込んで走ることになるでしょう」
「あー、あれか…… どこの部隊でもやるとは思うけど、
私あれは嫌いだったわ。初めてやったときは膝にきたし」
「確かに。初日は膝が笑いっぱなしで大変だった」
サイアスとロイエは顔を見合わせて笑った。
「なんだよお前ら、ずりぃぞ何か」
「ふふん、まぁせいぜいがんばんなさいよ」
件の男は悔しそうにそう言い、ロイエはドヤ顔でそう答えた。




