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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
976/1317

サイアスの千日物語 百四十三日目 その二十七

第四戦隊騎兵隊は指揮官を除けば30名。

うち10名程は先の宴の後、損耗を補填ほてん

すべく急派された補充兵からの抜擢であった。


彼ら補充兵のうち突出した膂力や体格

敏捷を有する言わば「上澄み」は、第一

第二両戦隊により入砦直後に訓練課程を

経ずして確保されてしまっていた。


が、突出した身的能力は持たぬものの

戦闘技能に秀でたタイプの志願兵は

少なからず残りのうちに含まれていた。


また。


従来の訓練課程では一期あたりの補充兵を

纏めて第三戦隊で教導しており、身的能力

にせよ戦闘技能にせよ、騎士団中当該分野で

最も秀でた者――必然的に城砦騎士、それも

戦隊長級――が随時指導に当たっていた。


だが新造した支城や二の丸に係る対応や

先行抜擢による戦隊独自の訓練課程のため

それが難しくなってきた。


そこで従来通りの訓練課程のうち少なくとも

戦闘技能の教導に関しては、城砦一の器用人

たる四戦隊所属城砦騎士デレクに一任される

格好となっていた。



こうした事情もあり、デレクは宴以降の

各期の補充兵のうち上澄みでない、されど

騎士団他戦隊の基準では特に重視されない

馬術技能に秀でた者を選別し抜擢。


これが先述の10名という事で、いずれも

入砦時点で技能値が2から3な志願兵であった。





抜擢時点で馬術技能値が高いという事。

これはこの者らが平原でも騎兵だった事を

示している。つまりこれら10名の大半は

元は西方諸国連合各国の騎士であった。


騎士は一般兵に比して心的能力が高い。

心的能力5種のうち精神を特に重視する

第四戦隊とも相性がよく、とにかく

物怖じしなかった。


そんな新入り騎兵のうち女性は6名。

いずれも元各国軍の騎士でありかついずれ

劣らぬ男勝りの気性であって一言で申さば

「じゃじゃ馬」。別の表現では既にして

「荒野の女」であった。


そのため元教官にして騎兵隊長たる

城砦騎士デレクからの下令に対しても



「はぁ? ウチら? まぁ良いけど」



と実に飄々(ひょうひょう)と。



「囮をやるのは構わないけど

 ちゃんと勝算はあるんでしょうね?

 無駄死になんて絶対に嫌よ!!」



とある種別次元のメンタリティを示した。



「お、おぅ。たくましいな……」



と思わず感心する自称イケメンズ。



「詳細は話せんが勝算はある。

 それに。『損害皆無で勝利する』

 と言ったはずだ。是非とも信じて貰いたい」



とデレクは教え子でもある女騎兵衆に

不敵に笑んでみせた。


「もう損害出てるんだが……」


と左腕を吊ったインプレッサ。



「腕の二、三本はノーカンだ」


「お、おぅ」



とりあえず、そういう事であった。





「そ。ま、それなら良いわ。

 じゃあ皆、やるわよ!」


言うなり女騎兵の一人がサリットを、

サリット内で髪を纏めるボンネットを外した。

次いで首を一振りすると長い黒髪が棚引いた。


スラリとした容姿に長い黒髪。流し目の似合う

この騎兵、名をシルビア。元西方諸国の騎士だ。

馬術技能は一流の4。弓は超一流の5であった。


「お、おぃ、脱いだら危ねぇぞ」


と自称イケメンズが止めるのも構わず、

他の女騎兵も次々兜を取って素顔を晒し

髪を風に遊ばせる。



「囮なんだからこれでいいのよ!

 それに女の意地ってもんがあんのよ」


「」



ピシャリと言い放ったこちらの騎兵はセリカ。

北寄りの出身か、燃えるような赤髪をしている。


こうして6名の女騎兵は揃って兜を脱ぎ

色とりどりの髪をケープに垂らし風に晒した。


陣形は1-2-1-2。状況に応じ臨機の

変陣を見越した、できそこないらの用いる

もみの陣」を転用したものだ。



「さっきのと同じ手で良いのかしら?」


「いや、それについては……」


「成程……」



その後数言のやりとりの後、

騎兵隊は再び南進を開始した。


様子をいぶかっていた件の異形は

直ぐにその進路上へと岩塊の投擲を開始。

再び大回廊に砂塵と衝撃が舞い起こった。


そして


「じゃあ行くわ。とくと御覧なさい!」


と勇ましい一声を残し、女騎兵6名は

本隊を離脱。一気に速度を上げ駆けた。





大回廊の北東に見える騎兵の群れが再び

動き出したのを即時に確認した、上位眷族

大口手足増し増しの雄と思しき件の異形。


その異形は岩場の東端から10オッピ、

騎兵隊から40オッピ程を保つようにして

自身も合わせて南進と投擲を開始した。


そして数度目の岩投げの後、騎兵の群れから

一部が飛び出すのを見てやや逡巡。対応を

講じるべくその動きを止めた。


最初は先刻の単騎と同様、囮かと推量した

異形であったが、すぐにその数をあらた

思慮にふけったのだった。



デレクの読みどおりこの異形は奸魔軍

に属し動いていた。企図は足止めだ。


城砦外郭防壁南門外に続々と集結する

騎士団長チェルニー率いる主力軍の様子を、

野良眷族の脳裏を支配し視界に介入する形で

つぶさに観てとった奸智公爵。


彼女はこれら主力軍の「数」を

看過できぬものだと判じていた。


よって他隊がさらに合流するのを妨げるべく

子飼いの異形、または点在する野良異形の

意識を乗っ取り手駒として用い、ここ岩場に

おいてはこの上位種たる異形を用いた訳だ。


企図は確かに果たされて、地勢を活かした

この異形は内実の戦力的にも勝る騎兵隊31名

の進軍を、相応に阻害する事に成功していた。


人や異形に比して余りに強大過ぎるがゆえ

人の軍勢の内実を見ず数のみを見る魔としては

31を1で一定期間足止めできたという事実で

十分な成果と見做みなせていた。


そこで後事は異形に託しその間に別の手勢で

数のより深刻な主力軍、さらには南東に現れた

彼の者らに対処する。これが今の奸智公爵の

主眼であった。


誤解を恐れず平たく言えば、この異形は

既に奸智公にとりらちの外。つまりは

用済みなのであった。



そういう次第であったがため、この異形は

一旦動きを止めて、奸智公ではなく自らの

企図として、この局面をどう扱うか

思案し始めていたのだった。

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