サイアスの千日物語 百四十三日目 その二十六
「よく戻った」
と騎兵隊長たる城砦騎士デレク。
険しい目つきでインプレッサを見据えつつ
右手を小さく前へと出して中空を押さえる
ような仕草をした。
それに合わせ騎兵隊は一斉に
馬足を落とし、直ぐに歩く速さとなった。
大回廊の数オッピ先では予測を外された
岩塊が着弾し空虚に破砕。聡い異形は直ぐに
変化に勘付いて、暫し様子見に切り替えた。
位置関係は騎兵隊が大回廊を外郭西防壁に
並行し、南端まで概ね150オッピ地点。
異形は騎兵隊より50オッピ程南西となる
大回廊西手に拡がる岩場の東端付近。
異形は騎兵隊の南進に合わせて自身も適宜
南進しており、常に一定の距離を保つよう
努めているようだった。
「おぅ、お疲れインプ」
「乙だぜ」
「ナイス生還!」
自称イケメンズをはじめ騎兵隊の面々もまた
声を掛け、労いを示しつつも険しい目付きで
インプレッサを見据えていた。そして
「明確に痛んだのは左腕だけだな。
頭はまぁ無事の範疇らしい」
とデレクが負傷状況への観測を確定すると
デレク共々漸く目元を緩め嘆息して
「ほぅ、随分軽く済んだな」
「あぁ、何とかな」
「顔は無事じゃねぇみてぇだが」
「うるせーぞ!」
と早速笑って軽口を応酬した。
もっとも女騎兵衆はというと
「でも餌としてはイマイチ?」
「う、うむ」
と辛辣で
「まーそんな気はしてたけど」
「やっぱ自称のイケメンはダメね」
「……」
そして的確であり
「そもそもウィンクってさー
片目瞑って狙い定めてただけじゃないの?」
「!?」
「あーそれよそれ!
何かおかしいと思ってたのよ!」
「あぁ…… 居るのよね。
ちょっと愛想良くしてやったら
アイツ俺に惚れてやがるとか言い出す
身の程知らずの勘違いカス野朗とか」
「ッ!」
「あぁ判る、判るわー」
「お、おぃ……」
「とんだファンタジー野朗ね。
その手のお店で夢でも見てれば?」
と容赦がなく、そこにデレクが
「セシリアちゃんか」
と苦笑したため
「やめろ、もぅやめろぉおーっ!!」
インプレッサのガラスのハートは
粉々に砕かれてしまった。
「囮にならなかったのは悪かったが
何でここまで言われにゃならんのだ……」
高台へと上ってきた自称イケメンズな
同僚騎兵に三角巾で吊るして貰いつつ
どんよりメソメソなインプレッサ。
左腕の痛覚は未だ麻痺したままで
移動に支障はないものの、このままの
状態で作戦に参加し続けるのは無理だろう。
もっとも中央城砦には城門が南北の二つのみ。
東西は唯只管に防壁が聳えるだけなため、
この異形を始末して次の局面へと移行せぬ
ことにはこれ以上手の施しようがなかった。
「まー相手が悪かったって事だな。
十分参考にはなったぞ。
敵の挙動もはっきりしたしな」
「うむ。まさかの魔弾にゃ恐れ入ったぜ」
「相手」については深く言及せず
デレクや騎兵が頷いていた。
魔弾が当たり落馬したインプレッサを
追い打つよりも、騎兵隊本隊の動向に注意を
払い岩場から飛び出す事をしなかった件の異形。
その挙動は徹頭徹尾戦術的であり、
奸魔軍の名に相応しいものであった。
足の止まった騎兵隊には様子見をする余裕すら
垣間見せる辺り、企図は騎兵隊の主力軍との
合流阻止にあると見做して良いだろう。
騎士団側としては騎兵隊は主力軍の衛星的な
立場であるため必ずしも合流する必要はない
ものの、主力軍より南西に展開できねば
哨戒担当として機能しなくなる。
いつまでもこの上位種なる異形の戯れに
付き合っている訳にはいかなかった。
「で? どうするデレク」
と供回りたるレクサスが問う。
現状騎兵隊で最も馬術技能が高いのは
デレクの7。次がインプレッサの6であった。
6は他にも数名居るが、さらに送り出しても
結果は同じかより酷くなるだろう。
レクサスはと言えば5に到達したばかり。
春先の北往路への救援任務の際にはまだ
3後半と四戦隊の基準では低く、サイアス
共々輜重の馬車に乗っていたくらいだった。
恐らくデレクであればあの異形に対峙して
卒なく囮が務まるだろう。だがデレクは
指揮官な上、騎兵隊内で最も攻撃力が高かった。
むしろデレク以外があの上位眷族に致命傷を
負わせるのは不可能に近い。そのため囮戦術を
用いるならば別に用意せねばならなかった。
「まぁもう一度だな」
と短く応じるデレク。
またしても手鏡を取り出して
身だしなみを整えていた。
「ふむ…… てかお前
髭でも剃り忘れたんか?」
「ハハ、馬鹿言うな。
俺は自称の付かないイケメンだぞ」
「笑かしよる。サイアスの前で言ってこい!」
「アレはサイにゃんという別の種族だ。
なので比較の対象にはならんなー」
鏡を覗き込みつつ軽口を叩くデレクは
「んじゃそろそろ二回目いくか。
次は騎兵隊レディース一同で頼む」
と笑って宣告した。




