サイアスの千日物語 百四十三日目 その二十四
呼称に大と付くだけはあって、高台西手を
南北に走る大回廊は概ね30オッピと幅広い。
もっともデレク率いる騎兵隊が実際に南進に
用いているのは、そのうち高台直近となる
東西幅10オッピ程の一帯だ。
騎兵隊は横方向への投影面積を減らすべく
先頭のデレクに続き5-6-7-6-5との
変則的な布陣を成して一塊で南進していた。
一方異形の投擲する岩塊が横殴りの落石と化し
着弾し破砕して剣呑ならぬ被害を発し得る
その範囲とは、大きく見積もって南北1オッピ
東西5オッピ程。さながら壁か盾と言った形で
騎兵隊の進路を脅かしていた。
横幅2オッピ程の隊伍で駆ける騎兵隊
であればこそ、横殴りの岩塊は攻撃兼障壁
として存分に機能し得る。
が幅四半オッピ程度な単騎となって
数倍速で迫るインプレッサを相手となると
この攻め手は些か非効率に過ぎよう。
現にインプレッサは高台を滑り降りてなお
砂塵を巻き上げ大きく西へと横に流れていた。
さながら岩場に飛び込むかのように、異形との
最短距離を疾駆していたのだ。
今対峙するこの異形の目的が果たして何か
インプレッサには未だ判然としていない。
ついでに言えばそもそも興味が無かった。
デレクからの下令は「釣り」だ。
非常に明快で特段迷う余地もない。
非常に危険だと言う以外は問題が無かった。
こうして騎兵隊に攻めかかってはいるのだし、
そもそも奸魔軍であれ何であれ異形にとって
人とは常に手軽で手頃な食糧に過ぎない。
わざわざ寄ってきた活きの良い、しかも
ウィンクを寄越す程お気に入りの餌に
食いつかぬ理由なぞあるものか。
単騎先行するインプレッサはそう目算し
異形の挙動に細心の注意を払いつつ
岩場ぎりぎりを目指し、徐々に速度を
落として駆けた。
企図としてはゆるりと岩場に最接近し、直前で
一気に馬首を東へと戻して最大戦速。釣られて
うっかり飛び出した異形を尻目に大回廊を
横断し、高台へ乗り上げた後北進し、再び
騎兵隊の側面へと戻る。
俯瞰すれば巨大な涙滴を描くが如き
飛びきりド派手な高速旋回運動。
それをキメてやるつもりであった。
岩場の異形はインプレッサの接近に合わせ、
さらに大回廊へと数オッピ寄った。そして
インプレッサへと向き直り、腹部の不気味な
人面をニマりと笑ませ、遠眼鏡で覗いた際に
見せたおぞましき悪魔のウィンクをしてみせた。
次の瞬間異形は一気に左右6本のうち真ん中の
腕を振るって岩塊を放った。人の胴を上回る
岩塊を豪快に掬い投げる様はまさに壮観。
先刻のウィンクともども正気を蝕むほど
であったがインプレッサとて百戦練磨の猛者
である。精々サレットの中で顔を顰めるのみ
であり、顰め顔は別の理由でさらに酷くなった。
岩場より異形の放った岩塊は、猛然と岩場へ
迫り来るるインプレッサを狙っては居なかった。
これまで通り大回廊高台寄りを南進する
騎兵隊本隊を狙ってのものであった。
そして異形は即座に地に伏すようにして次の
岩塊を掴み再び同様の挙動で騎兵隊本隊に投擲。
要は眼前に迫るインプレッサを無視していた。
高速で接近する小さな的に大振りな一撃は
不適切、それは判る。だが明確に認知している
獲物を無視してかくも振舞うのは如何なものか。
戸惑いを感じ顔を顰めたインプレッサは、
岩塊を盛大に掬い投げる中の腕のさらに上。
両の上腕にこっそりと、人の頭大の小岩が
握られているのに気付いた。
あっと思うより身体が動く方が速い。
そも人馬一体と言えど動くのは馬の仕事であり、
軍馬ラリーは主以上に異形とその動向に興味が
無かった。
よって寸毫の逡巡も躊躇もなく、騎手たる
インプレッサを振り落とさんばかりに体を翻し
轟然と加速。激しく尻尾ともども横滑りしつつ
一気に戦域離脱に掛かった。
慌ててガバリと鬣にしがみつくインプレッサ。
サリットのスリットより右目が最後に見た
異形の成した挙動とは、右、そして左と残影を
残さんばかりに振り下ろされる、異様にゴツく
異質に生白い肢であった。
右、左の2連撃。
最大戦速へと加速中な事を思えば
僅差とは言え先に放たれた右の岩の方が
より速く迫り、より命中率が高かろう。
瞬時にそう判じたインプレッサは、二投目は
愛馬ラリーの加速に任せ、一投目の回避に
専心すべしと手早く割り切った。
そして上体を左後方へと捻り、飛来する
一投目を弾いてくれんと左手にホプロンを
持ち替え掲げた。
岩の質量を鑑みたなら、弾いたところで
タダで済むとは到底思えぬ。だが今この状況では
馬を護る事こそが最重要。そう割り切って
待ち構えるインプレッサ。
その目に映ったのは、異形のやや左手即ち
北側より南へと僅かにぶれつつ迫る小岩。
その岩は馬の尻から後ろ肢を狙ってのもの
らしく、轟然と加速する軍馬ラリーには
すんでの所で届かず仕舞いとなった。
ほっと胸を撫で下ろす、そんな甘さは
インプレッサにはなかった。むしろ
安堵どころか大いに焦っていた。
異形との位置関係、その軌道と速度、距離感。
これらは全て、今地に落ちた小岩が左腕より
放たれた二投目である事を示している。
それならば。
先に振るった右腕で投げた
先に着弾しているはずの
あの小岩は一体どこへいった?
確固たる結論を得るよりも早く。
ゴッと鈍い衝撃音と共に
インプレッサは鞍から吹き飛んだ。




