サイアスの千日物語 三十二日目 その七
サイアスたちは第三戦隊の営舎へと入り、昨夜と同様
向かって左手の食堂へと入った。混みあう時間帯とはいえ
やはり女性の補充兵の方が少ないため、食堂内にはそれなりに
空席があった。4名は入り口から一番遠い位置に陣取ることにした。
サイアスたちが食堂内を進むと、周囲から好奇の視線が遠慮なく
飛んできた。補充兵のうち最も目立つサイアスと最も騒がしい男女、
そして大柄な男という組み合わせは、否が応にも耳目を集める
ところとなった。最奥の席に陣取ったサイアスたちの周囲にはびっしりと
他の補充兵たちが座り、書記官のごとく聞き耳態勢を形成していた。
「あー、はは。なんか凄いねー。注目の的だね……」
「怖ぇー、怖ぇーよ。女って群れるとこんなにおっかないのか……」
大柄の男と騒がしい男は周囲の気配に呑まれて萎縮していた。
ロイエはもともと女性なので特段周囲に気兼ねなどせず、
サイアスはサイアスなので平然としていた。
「……なんでこいつはこんなに平然としてるんだ……」
騒がしい男が呆れた顔でサイアスを見ていた。
サイアスは我関せずとばかりに食事していた。昼食は
野菜くずや細切れ肉を練りこんだパン生地を焼き上げたものと
果実酒割りの水、そしてやや酸味のある小さな果実が数個だった。
「あーこの実酸っぱいから要らないわ。
サイアス、カエリアの実と交換しましょ」
「ダメです」
「なによーケチ……」
「ダメなものはダメです」
サイアスとロイエは相変わらずのマイペースだった。
大柄の男は苦笑しつつ口火を切った。
「では、言い出した僕から自己紹介させて貰うよ。
ランド・ロンデミオンといいます。トリクティアの西にある
小さな町の領主の子、でした」
苦悩とも自嘲とも付かぬ表情を一瞬よぎらせ、
ランド・ロンデミオンはそう語った。先日の話と合わせると、
何があったかは明白だった。
「でした、って何ぞ。勘当でもされたのか?」
事情を知らない騒がしい男は、当然といえば当然の問いを発した。
「いや…… なんというか、ね。もう町が無いんだよ……」
ランドは寂しそうな表情をした。
件の騒がしい男も事情を察したようだった。
「あー、済まん。悪かった……」
「いや良いんだよ。悪いのは僕さ。
何もできず逃げ惑うだけだったんだから。そうだね、
区切りを付けるためにも聞いておいて貰おうかな」
そう言うとランドは自身の事情を説明し始めた。
「ロンデミオンはトリクティアの国境から出て
少し東に進んだ位置にある、街道沿いの小さな町でね。
以前からちょくちょく野盗なんかに狙われていて、
常備軍を置く体力のないうちとしては、旧来の伝手で
傭兵団に拠点を提供して、格安で防備の契約を結んでいたんだよ。
あ、ちなみにその傭兵団の団長さんがロイエのお父さんね」
「それで夜盗の類なんかは追い払えていたんだけど、
冬の終わりにかなりの数の盗賊団がやってきてね……
まぁ、盗賊団の格好をしていただけなんだろうけどね……
それで町の若手がかなり殺されたり攫われたりしてしまって。
物資及び兵士提供義務を果たせなくなっちゃってね。
それで自治権が剥奪されて、トリクティアに
取り込まれることになったんだよ」
「ほへー…… なぁ、それって……」
と例の男が言おうとしたのを、ランドが制した。
「言わぬが花、かな。盗賊団の襲撃で僕の両親や家人、そして
ロイエのお父さんたちは亡くなってしまってね。
ロイエと数名が護衛してくれたお陰で僕は落ち延びたんだよ。そして」
「生き残った僕にトリクティアから、家名を残す代わりに、
移民を入れトリクティア領として復興させた町の代官となるよう
打診があってね。さすがに悔しいからこっちに来ちゃった。はは……」
ランドは乾いた笑いを発した。笑い返す者などいなかった。
「僕は子供の頃から争いの類が苦手だったもので、
本を読んだり絵を描いたりして勝手気ままに暮らしていたんだ。
そのため剣すらまともに持ったことがなくてね。
昨日の槍投げでは生まれて初めて手にした槍の使い方が
まるで判らなくて、投げるどころじゃなくてね……
それでもロイエの付き合いで深夜まで投げてたら、
なんとか飛ばせるようにはなったけどね」
サイアスはようやく昨夜の光景に納得がいった。
膂力の要素の一つ、力の使い方について無知過ぎただけで、
本来は高い能力を持っていたということだ。
「まぁ悔しさの余りに平原を飛び出して来た訳だけど、
ここで活躍すれば所領がもらえるかもしれないし。
そしたら新しい領地にロンデミオンと名付けて、
今度こそしっかり領主をやれるよう頑張るつもりだよ。
まずは活躍しないといけないけどね。
そんな訳でひとつ、宜しくお願いします」
そう言ってランド・ロンデミオンは頭を下げた。
「こちらこそ、宜しくお願いします」
サイアスも頭を下げた。ロイエと騒がしい男もなんとなく頭を下げ、
四人で頭を下げあった光景がおかしくて、暫く笑いあっていた。




