サイアスの千日物語 百四十三日目 その二十
「以前アレと戦闘になった際、現場には
筆頭軍師殿が居た。お陰で戦力的な特徴は
かなり詳しく判っている」
大漁旗を振り回すのは一旦控え、
されど手鏡は未だ覗きつつデレクは語る。
間延びした鷹揚な様子は消え、将たる者に
相応しい威が顕れ出していた。
城砦騎士をはじめ指揮官級には平素より
敵の詳細情報が図解入りで配布されていた。
図解を担当するのは参謀部が絵心ありと認めた
騎士や兵士らであった。大口手足増し増しに
ついては筆頭軍師ルジヌ同様実際戦闘に際した
サイアス小隊のランドが描いたものが
騎士会を中心に出回っていた。
ランド以外にも第一戦隊の騎士ユニカや参謀部の
軍師アトリア等が図画の担当者として著名であり、
それぞれ得意分野の絵師として活躍していた。
「アレには飛び道具がほぼ効かない。
弱点らしき腹の顔、それも口にぶち込んだ
杭を、そのままバリバリ喰ったんだそうだ。
矢で潰せるのはよくて目くらいだろう。
ただしアレは目じゃなく音で敵を『視る』。
つまり目を潰しただけでは戦力は落ちない。
よって騎射は主武器になり得ない。
眷族のご他聞に漏れず火は苦手らしいが
あのデカさだ。燃やすのも一苦労だろうな。
またアレが大口手足の上位種である以上、
武器の投擲は禁物だ。確実に拾って
使ってくるぞ。
以上からアレを確実に仕留めるには
近接戦に持ち込んで解体してやる必要がある。
よって仕掛けの一手目は、突撃可能な同高度
かつ平坦な地形。つまり大回廊への誘引だ」
相も変わらず不意に飛んでくる
岩塊と飛礫を巧みな機動で回避しつつ、
騎兵隊らはその言を黙して傾聴していた。
「ヤツはこのまま放っておいても
大回廊へと降りてくるかも知れない。
だが策において楽観や願望は御法度だ。
確実にこちらの企図を満たすには
積極的な働き掛けが必須となる」
彼我が互いに独自に企図し、時に読み合い
挙動する状況において、自身に優位をもたらす
状況が自然と訪れると考えるのは禁忌と言える。
相手も同時に独自に思考し指向し挙動して
相手自身に優位な状況を得ようとしている
のだから、そんなご都合主義な展開はまず
真っ先に排除されるべき類となる。
それでもそうした自らに望ましい状況を得たい
のなら、まずは敵がそれを甘受し得るだけの
代価を払わねばらなない。それを自身の側から
積極的に成す事で戦局を構築するのが望ましい。
つまりは
「『手放し難きを手放せば得るべきを得る』
まぁ、平たく言えば囮を使うって事だ」
という事であった。
いずれも指揮官級ゆえ戦略戦術に長けた
騎兵隊一同は、この言にしかと頷いていた。
「具体的には。
大回廊内進路上を単騎先行。アレが
思わずむしゃぶりつきたくなるような、
素敵な餌っぷりを披露して貰いたい」
不敵に笑んでそう語るデレク。
「……」
一同はなおも深く頷き、頷きつつも一斉に
傍らな高台を。そこを併走する一騎を見た。
「……何だよ」
一同の視線を一身に集め、
大層ご機嫌斜めでムスっとする
自称イケメンズが一人インプレッサは
「よぅ、ご指名だぜ」
とお仲間たるレクサスが笑うも
「何で俺なんだよ!」
クワっと激しく吠えてみせた。
「またまた」
「判ってるくせに」
「照れてんの? キモッ!」
と次々激励? の言葉を送る騎兵隊一同。
「馬鹿言っちゃってんじゃねぇよ!」
とインプレッサはとにかくご立腹だ。
そこに
「策に不服でもあるのか?」
とデレク。
笑顔だが目はまったく笑って居ない。
これに対して
「策に不満は無い!
囮を務めるもやぶさかではない!
だが! 選定理由が気に喰わないッ!!」
どごぉん、と響く岩塊の炸裂を効果音に
激しくインプレッサは絶叫。魂の叫びであった。
自称イケメンズなインプレッサとしては
選定基準の根底に、雄らしき件の異形から
雄である自身に投げかけられたウインクが
在る事がとにかく気に入らない模様であった。
「……チッ、面倒臭ぇな」
「そこぉ! 聞こえてっぞ!!」
同僚らの本音に容赦なく吠えるインプレッサ。
本音と本音のぶつかり合い過ぎた。
デレクは苦い顔をしつつも女性騎兵衆に
それとなく目配せ。助力を願った。すると
「だってぇ、インプレッサさんって
古参じゃ一番の(自称)イケメンだしぃ……」
「……」
ピクリ、と露骨にインプレッサは反応した。
「そぅそぅ、普段から女子会とかで評判でぇ」
「……ッ」
ソワソワとインプレッサは挙動不審になった。
「強くて優しくて」
「その上後輩にも優しくて」
「キレたナマズみたいな凛々しい顔で」
「……!!」
プルプルとインプレッサは震えていた。
どうやら感動しているらしい。なお
最後の台詞の修飾句は適宜聞き流したようだ。
「そんな素敵なインプレッサさんなら」
「あたしたちのために」
「カッコイイとこ見せてくれるカモ、って」
女性騎兵衆はどこから声を出すのかと
男衆が首を傾げすぎて落馬しそうな
猫撫で声を発した。
そして
「ッハハハハハ! 勿論さハニィ達ッ!
この役目、是非ともこの
インプレッサに任せて頂こうッ!!」
そういう事になった。




