サイアスの千日物語 百四十三日目 その十九
「さて、どうするデレク!」
岩塊と飛礫の乱れ舞う中、なおもめげずに
南下を続ける騎兵らが問うた。精鋭中の精鋭
だけあって、雨霰な岩飛礫そのものに
直撃される者こそ未だ居なかった。
されど散弾と化して舞い飛ぶ飛礫まで完全に
かわすのは骨が折れる。気付かぬうちに人馬の
装甲には小傷が増していた。これらは疲労と
共に澱み、徐々に命を蝕むのだろう。
「うむ。まずは状況整理だ」
と相変わらずのデレク。
当人的にはとっくにベストプランがあった。
このまま適当に付き合った後、一気に速度を
上げてとんずら、である。ただし時として
ベストはワーストに劣るものだ。
「んな暢気な!」
「つってもしゃあねぇな」
「手短に頼むぞ!」
口々に吠える騎兵隊一同。
各々右手に円盾を装備して
人馬に迫る飛礫を巧みに防いでいた。
総じて騎兵なるものは左で守り右で攻める。
これは左手に手綱と盾を。右手に武器をといった
騎乗様式が敵味方共に広く浸透しているからだ。
ゆえに防ぐ場合は敵を左側に。
逆に攻める場合は敵を右側に
捉えるのを専らとして機動する。
弓の場合は左手で構えるため左右逆。
これが弓手と馬手の由来となる。
こうした左右分業は歩兵でも顕著であった。
それゆえに。一流の使い手はこぞって
「両利き」を目指した。右であれ左であれ、
状況に応じ適宜入れ替え同精度で繰り出せる
ならそのメリットは計り知れぬからだ。
よって歩兵含め一流を目指す者は平素より
左右を入れ替えつつ、さらには武器すら
持ち替えて戦う鍛錬をする。単純に言って
並の倍の訓練量だ。全体としても熟練度は増す。
順逆自在、変幻自在。特に名うての傭兵はそうだ。
魔弾のラーズが左右どちらで弓を射てもまるで精度に
変わりなく、戦狼ロイエが瞬時に武器を持ち替え
その上で連撃を繰り出すのも、こうした常人に倍する
鍛錬の賜物だ。そして第四戦隊騎兵隊衆もまた、
左右両利きと呼んで差し支えない域にあった。
「んじゃまー状況がちとアレだが
とりあえず手短に軍議でもするか」
とデレク。
相変わらず右手でバサバサ旗を振りつつ、
何と左手で手鏡を取り出して身だしなみを
整え始めた。
「……お前それイヤミか?」
と何やらご立腹の自称イケメンズ。
「いやいや、必要な事だぞ」
デレクは笑い、俯瞰的な戦況を話した。
ひらひらと避けつつ繰り広げられる散文的な
物言いを整理するなら以下の通り。
まずは現在時刻。
7時10分と言ったところ。
アイーダ作戦開始より1時間が経過し。
グントラム作戦開始まで5時間弱となっていた。
現在位置。
大回廊中部、城砦外郭西防壁に比してほぼ半ば。
防壁南端まで約350オッピ。敵襲にかかわらず
当隊は進路、速度とも概ね予定通りの進捗状況だ。
次に他隊の位置。
本隊500はそろそろ高台を離れ進路を
南東に変じている。サイアス大隊については
消息不明。本隊に追随しているなら高台の南西
辺りだが、アレが素直にそうするとは思えない。
なのでいっそ気にしない。
魔軍の動向。
増援の気配なし。単騎のみ。ゆえにアレは
奸魔軍に属すると推測される。魔軍や野良の
動向については依然不明。
敵の戦力状況。
仮称「大口手足増し増し(雄)」。
推定戦力指数29。戦力値841。
高所からの側面攻撃ゆえ地形補正は
ざっくり1.6倍。以上より算定して
総合値1314。この辺は割りと適当だ。
現在地は大回廊より西に30オッピ程の岩場。
傾斜とあの巨躯を勘案するに20オッピ程から
落石から投擲に切り替わると推測される。
また現状は当隊と戦闘状態にあるが、それは
飽く迄行きがかり上の事。その戦略目標が
当隊の撃破にあるとは限らない。
騎兵隊の戦力状況。
個々の戦力指数の詳細は不明だが、
ざっくり見立てて8から11。
総合戦力値としては2686。
これにデレクを加え推定3100弱。
結果比定。
まともにやり合えば負けはない。ただし
6名以上死傷する。二日に渡る長丁場の
出だしで損耗2割は是非とも避けたい。
備考。
騎兵隊にとっての最善手は速度を上げての
戦域離脱。ただしその後本隊の背後なりを
襲われると大事なので、逃げるにせよ
時間はたっぷりと稼いでおく必要がある。
「成程…… 色々厄介な状況だな」
レクサスは唸るように言った。
無理にアレとやりあえば、新規に獲得し漸く
精鋭らしく育ってきた、ひよっこ共から
順にくたばっていくのだろう。
さりとて現状維持すればやはり技量に劣る
ひよっこが磨り減る。勝ち負けにかかわらず
損耗が出るのなら、いっそ割り切って仕掛けた
方が良い気もするが、さて……
「まぁ、やるか」
と淡々とデレク。
つまりは犠牲を容認するという事か。
指揮官のみが背負い示し得るその一言に
表情を引き締め、応、と短く応じる騎兵衆。
荒野に在りて戦う者は一人残らず元より死兵。
否やはあろうはずもなかった。
が
「我らが魅惑の歌姫に倣い
損害皆無で勝利する。
死ぬよりキツいぞ。覚悟しとけよ」
デレクは不敵に笑んでみせた。
1オッピ≒4メートル
なお、本話に併載の画像は
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