サイアスの千日物語 百四十三日目 その十七
城砦騎士とは常人の倍以上の身的能力を有し
5種以上の戦闘技能を超一流以上に高めた
者を指す絶対的な尊号である。
平原兵士の10倍は高い戦闘能力を有する
城砦兵士の10倍は戦力指数が高く、これを
止めるには100名の城砦兵士を以ても足りぬ。
すなわち平原基準で言えば文字通りの意味で
一騎当千。それが人の世の守護者たる絶対強者、
城砦騎士であった。
ざっくばらんに言えば強すぎる化け物だ。
率いる兵は足枷にしかならず、単騎で自侭に
暴れた方が遥かに戦闘効率が良い。
また如何に荒野の死地にて人外の異形と対峙し
得る経験が高度に凝縮された濃密なものでも、
戦死までに残された稼働時間で心技体の全てを
均質に超人化するのは困難を極める。
有体に言えば、如何な絶対強者と言えど
万能の天才とは成りえない。人には違いない
以上、非凡の並ぶ能力のどこかに相応の
へこみはあるものだ。
そしてあらゆる武器を名人の域で扱うデレクや
剣聖剣技の全てを継承するミツルギのような
超絶技巧を有する若手城砦騎士では、大抵
指揮統率能力が穴だった。
人に指図しやらせるよりも自分でさっさと
やった方が数十倍は上手くいくのだから
当然といえば当然。
指揮技能もまた戦闘技能の範疇ではあるが
飽く迄多岐に渡るうちの一つに過ぎず、
城砦騎士となる必須要件ではない。
よって城砦騎士にはその大抵前身である
城砦兵士長級の指揮統率能力しか保証されない。
具体的には指揮技能値で3から4ほどだ。
デレクの場合は上役が元大国の軍団長だったり
チョイ悪どころではない謀略家だったりと
指揮統率の化け物だったものだからなおの事。
厄介事は全て丸投げし自身の武芸に専心して
まったく問題なく戦って来れたのであり、
隊全体に係る指揮を引き受けるようになった
のは戦隊長や他の戦隊所属騎士が戦死した
今年に入ってからの事だった。
事情が事情であり元より器用な人間なので
事務仕事ともどもすぐに一流を指す技能値
4の後半にまでは至った。
とは言え指向や性分が変わった訳でもないので
指揮に関しては割りとなげやり。サイアスの
ような精緻な戦術や魔性のカリスマを発揮する
でもなく、基本は放し飼い。要は
なるようになれ、であった。
「相変わらず適当だなぁお前」
外郭防壁北門を出る直前で
デレクに追いついたレクサスが笑った。
部下が続くに任せ振り返りもしない。
そんなデレクに苦笑していたのだった。
「んー? まぁ騎兵はなぁ」
とデレク。
今は指令書の再確認をしていた。
デレクと愛馬にして名馬フレックは
門の周囲で敬礼する歩哨の新兵を気遣ってか
随分馬足を落とし、怒涛の如く後続する
騎兵らも今はそれに倣っていた。
騎兵は主の意を受け馬が理解し馬が動いて
一挙動。よって出足も締めもとにかく
ワンテンポ遅れがちになる。
また馬なる生き物の性分的にも、手本を見せ
真似させたほうが手際よく行く事が多いものだ。
ゆえに行動で示す。そういったところ。
ただしそうした細々した一切合財の説明を
面倒なので省きまくるのが、デレクの
デレクたる所以ではあった。
「んで? まずはどうすんだ?」
別の自称イケメンズが声を掛ける。
デレク流の、言わば配下にハイレベルを
要求する指揮には当の昔に慣れっこであった。
「岩場の手前で大回廊を南下。
一つ目の物資は西防壁の南端から
西に30オッピ地点付近らしい」
「回廊のど真ん中に置きやがったのか?
マジで頭おかしいだろ……」
地図を覗き込みお手上げな風の自称イケメンズ。
中央城砦は高台全体のうちでは北西に寄って
建てられており、特に西手は勾配までの
余白が随分と少なかった。
外郭西防壁の10オッピほど先は既に傾斜に
入っており、数オッピ程で東西幅30オッピ程
の南北に長い平坦な低地である大回廊となる。
「まーまー。むしろそこまでに」
「一戦ありそうな件?」
「そーそー」
地図を仕舞いつつ適当に応じるデレク。
「朝っぱらからしゃーねーなぁ。
まあ岩場は俺が見とくわ」
「よろー」
適当過ぎて配下が勝手に動くのであった。
特務隊に抜擢されるような精鋭中の精鋭は
とにかくプライドが高いため、頭ごなしに
命じるよりはこの方が良い。そういう
デレクなりの見立てではあった。
無論そうした思惑はおくびにも出さぬ。
相変わらず鷹揚で間延びした風情だった。
実にグダグダっとしたノリながらも
そこは精鋭中の精鋭部隊。何気なく進む
そのうちに隊伍は二列縦隊に。
ほどなく北防壁の外れに差し掛かると
滑らかな挙動で揃ってピルーエットし、
北に孕みつつ方陣を成した。
そして周囲を警戒後2騎ずつ並び、40度程の
勾配をパッサージュで軽妙華麗に降りてゆく。
降りた端から再び方陣を成して周囲を警戒。
これらを30騎揃って一切の号令なくこなす。
その練度は平原一の騎馬軍団と謳われる
カエリア王立騎士団に勝るとも劣らぬものだ。
岩場への哨戒を引き受けたインプレッサ
ただ一騎のみは未だ高台に留まっており、
南進を始めた30と併走しつつ遠眼鏡で
岩場奥地を覗いていたものだが、
「あぁ…… 早速だよ」
と直ぐに嘆息する羽目となった。
「何だ?」
すぅと手を上げ後続を止めて
そう問い質す先頭のデレク。
未だ鷹揚な風情ながらも
徐々に気配が戦向きになってきた。
城砦西手の岩場もまた、高台同様の傾斜である。
大回廊に対する勾配は高台側よりも緩やかだが
その距離は荒野の西奥まで長く続いている。
そして起伏に富んだ岩肌ゆえに低地の
大回廊からは奥程死角が多かった。
「1体だがデカいな……
ちょいと距離感がおかしくなるぜ。
『大口手足』らしぃんだけどな?
足は6本。それも足だけおっそろしく
生っちろい。ぶっちゃけキモいぜ。
カサカサとジグザグに這い寄ってやがるが
たまーに覗く腹にゃ、どうも……」
インプレッサは馬足を止めて
遠眼鏡ごと身を乗り出し
「あっ、やっぱりかよ!」
と遠眼鏡を取り落としそうになった。
「腹がまんま人面してやがるぜ!!
しかもウインクされちまったぞおぃ!!」
うげぇ、とインプレッサは大いに呻いた。
「おー」
「モテモテじゃん」
「よかったなインプ!」
と騎兵隊長以下愉快な仲間たち。
「なんでじゃ! あとインプいうなし!」
自称イケメンズでも相手は選びたいらしく
インプレッサは大いに異議申し立てた。
「既に捕捉はされてるって事だな」
とレクサス。
既に目視で確認できた。
並の大口手足の倍はあるだろうか。
確かに距離感が狂う程大きい。
「距離100、全長1オッピってとこか」
デレクは淡々とそう言った。
騎兵隊総員中唯一軍師の目を有するのは
指揮官であるデレク。城砦軍師に騎兵隊に
追従できる馬術の達者は居なかった。
いや1名、蓋し天下一の使い手が居るが
生憎今は平原だ。そのためデレク率いる
騎兵隊では将と軍師は兼任であった。
「あぁそんなところだろうな。
んでどうすんだ隊長よ?」
とインプレッサ。
他の騎兵らも下知を待った。
「決まってるだろう」
デレクは鷹揚ながらも不敵に笑んで
「おもてなしだ」
盛大に大漁旗を振り出した。
1オッピ≒4メートル
ピルーエット:後ろ肢を軸とした360度旋回
パッサージュ:飛び跳ねるようにして進む歩法




