サイアスの千日物語 百四十三日目 その十六
荒野の空が青白さを増し、施設の狭間の
暗がりを明かりで塗り込め出していた。
整備計画によって南北に三分割された
内郭北西区画のうち、中央部の西手。
第四戦隊の営舎詰め所を出て南西に数分。
100人単位で陣形演習しても余裕がある
広場を渡ってなお西に進んだその先には。
営舎の半分にほど近い大振りな平屋の建物と
隔壁の縁まで続く飛び切り広い馬場があった。
馬は元来警戒心が強く臆病であると言われる。
そんな馬を怒号と絶叫が鳴り響き血飛沫すら
飛ぶ戦場をものともせぬ、極まった剛毅に
育て上げるのがまず難しい。
難しいが、これを成せた馬は軍馬と呼ばれる。
その価値は馬種や用途に関係なく莫大で、背に
兵を乗せぬ輓馬であっても兵の年給
10年分は下らぬとされた。
さらに申さば。武装した人を乗せ、自らも
武装し踏み付けなり体当たりなりで戦いに
参ずる、要は共に戦う覚悟をさせるのは至難。
至難だがそう成さしめる名伯楽は存在する。
そうして鍛え上げられた軍馬の中の軍馬、
いっそ戦馬とでもいうべき名馬は値千金。
小城に匹敵する価値となる。
そしてさらにをくどくも連ねるなら。
人の大半が脅え竦み成す術なく屠られるのみな
荒野に巣食う異形どもに対して、欠片も臆せず
対峙し立ち向かう真の名馬は小国よりも高い。
そしてその、兎に角お高い軍馬名馬を戦闘員
より多く保有し、惜しげなく戦場で用いるのが
平原四億の人命を預かる城砦騎士団全体でも
特務のみを担う精鋭の中の精鋭。
第四戦隊騎兵隊であった。
「そろそろサイアスらも出たんじゃねぇか?」
屈強な黒鹿毛の纏う馬鎧を手入れしつつ
四戦隊古参兵士。いわゆる自称イケメンズな
インプレッサが問うた。
第四戦隊古参兵士の大半は戦力指数が8近い。
馬術の練達な彼らの場合、騎乗時の戦力指数は
城砦騎士に匹敵していた。
もっとも馬上戦闘は言わば馬を兵器として扱う。
そのため手持ちの武器は随分挙動を制限される
事になり、得意武器によっては下馬した方が
やり易い事も多い。
インプレッサは歩兵としては専ら戦斧と槍。
騎兵としては手槍と弓を用いた。戦闘技能が
高いのは前者二つを扱う歩兵の場合だが、
戦力指数が高いのは後者二つを扱う騎乗時だ。
四戦隊の騎兵には斯様な強さのねじれを
持つ者が少なくなかった。
「6時45分か。南門辺りだろうなー」
一旦城外に出れば速そうだが、と諸々を
計算してそう答えるのは騎兵隊を預かる
第四戦隊所属城砦騎士デレク。
騎士団中騎士会若手筆頭でもある彼は
凡そ地上に在るあらゆる武器を差異なく扱える
という「全武器」技能を名人の域たる技能値7
で保有する唯一人の「器用人」だ。
得意武器は最も扱いが難しいと言われる槍斧で
しかもこれは技能値8と達人級なオマケ付き。
馬術も当然名人の7。騎乗時は戦力指数が
20を超え城砦騎士長級となる。その上で
齢未だ27と伸び代が在った。
「なーんか企んでそうだよな、あいつ」
「うむ。まぁ一等狙われる輜重隊を
一番狙われてるヤツに任す時点で、なぁ?」
インプレッサにレクサスが応じた。もちろん
自称の付くイケメンズの一人であり、デレクの
供回りに相応しく、多数の武器を技能値6と
師範級で扱う騎士級の猛者であった。
「上も織り込み済みってか?
そいやデレクよ
俺らの物資はどうすんだ?」
インプレッサは再びデレクに問うた。
古参は兵士ながら皆デレクにタメ口で
騎士たるデレクも特に気にしてはいない。
無数の死地を超えて共に在る、そうした
余人に計り難き信頼感がそこには在るようだ。
「別働隊が予定進路上に
ポイポイ置いてまわってるらしい。
敵より先に手に入れろって事らしいなー」
「なんだその…… ゲーム的な」
げんなりして自身の黒鹿毛にもたれるレクサス。
騎兵らの愛馬は大半が黒鹿毛だ。中型種だが
足は人の足に近い太さで蹄回りには毛が
フサフサとしている。
「んじゃ遠間の敵は無視おKって事?」
「ふぅん? なんかフラグ臭……」
騎兵隊の若手というべき抜擢兵士らが
肩を竦めた。どちらも女性だ。
補充兵のうちより騎馬の達者を教官だった
デレクが抜擢し、以降馬術と騎射のみを
専門的に訓練して仕上げてあった。
馬術、弓術共に技能値4。世間的には一流だが
騎兵隊の水準値がどちらも5なため、まだまだ
ひよっこ扱いであった。
もっとも口の方はいっぱしであり、
これもデレクは気にしていない。
礼節で異形は討てぬとの割り切りだ。
抜擢に当たったデレク的には従順な部下が
欲しかったらしい。だが有能な者程自信家で
異形に臆さぬ者ほど跳ねっ返りが多いのは
何とも致し方のないところ。特に女性とも
なればそうであった。
「我らが歌姫様曰く」
とインプレッサは暴れ馬な女騎兵に
「ズバり、
『フラグは引っこ抜いて敵に刺せ』
だそうだぜ」
とドヤった。
他の騎兵衆同様おしとやかな女性が好きな
インプレッサだがこんなアレでも女は女、
良い格好はしとくべしとの深謀遠慮、らしい。
「……言っとくけど。
アンタが言っても感動ないから」
「むしろ名言が穢れる! やめろ!」
「鏡見ろ詐称イケメンズ!」
だが所詮は浅知恵と言う事か。
他の女騎兵も加勢しての痛烈なカウンターが自称
イケメンズのプライドをバラバラに引き裂いた。
「おいデレクェ……
何でこんなの引き抜いたんだよ!!」
「こんなの言うなできそこない!」
「悔しかったらモテてみれば?」
「デレクェ! デレクェエッッ!!」
ギャアギャアと怪鳥の如く騒ぐ配下らを尻目に。
デレクは駆け寄ってきた人手から抱えていた
槍に似た何かを受け取って、片手で小器用に
クルリと旋回させバっと開いた。
「あっ、お前! マジでその旗かよ」
出来たてほやほや、今資材部より届けられた
ばかりのそれは、荒ぶる波と昇りくる旭日、
そして片面に「大漁」もう一方に「豊漁」。
なんともおめでたい絵と図の描かれた旗だった。
「実は結構お気に」
ニマリとご満悦のデレク。
「ま、まぁ今回は陸地だからな。
流石に『はたこ』さんは居ないだろ……」
引きつり顔のレクサス。
「フラグ追加喜んでェ!」
やけっぱちのインプレッサに
「やめーや!!」
と取りあえず声を揃えて罵る
勇ましき女騎兵衆。
「んじゃ行くか」
と実に適当にデレクは駆け出し
厩務員らはその背に敬礼を。
「へーい」
なんだかんだで揃って応じ
これに追随する騎兵30。
こうして第四戦隊騎兵隊は出動した。




