サイアスの千日物語 百四十三日目 その十五
工兵100名総掛かりでの作業はものの
10分程で済み、済み次第彼らは巨大貨車の
前に戦闘員らと同様に整列し静粛を保った。
南西に孤を描く内郭の郭壁。郭壁前に
ずらりと11台。11台の東手に大隊総員が
並びその東、本城城壁前に別途車両が4台。
本城前の車両はクァードロン2台に続いて
従来よりサイアス小隊の保有する二両編成な
台車である「ランドクッルス」。
ランドクッルスには盾娘と肉娘さらには
厩務員なアイノの計6名が搭乗していた。
そして最後の一台は中央塔付属参謀部の
所有する小振りかつ尋常の姿をした馬車だ。
いずれの車両にも既に「靴」は装着済み。
平原よりの輸送大隊をも上回る15台の車両。
独立機動大隊の名に恥じぬこうした装備群も
また、此度のサイアス大隊の有する顕著な
特色の一つであった。
名馬たる愛馬シグルドリーヴァに騎乗して、
というよりむしろ人馬共々一緒になって
己が大隊の状況を眺め見守っていた
サイアスの下に、南から騎馬がやって来た。
人馬ともに軽装、背に黒鉄色の旗物。
馬上で見せる敬礼は兵団員のものではない。
十中八九、平素は中央塔に詰めて側仕えする
騎士団長直下の騎兵だ。サイアスはそう判じた。
「サイアス様。
主上が軍を進発させました」
城外への工兵の出を待たずして、とは
言外に留め、手短に騎兵はそう伝えた。
ともすれば相手が驚愕し激昂しても已む無き
面のある報を実に平気でスラスラと述べる辺り
騎士団長チェルニーに仕えて相当長いのだろう。
「了解しました。デレク様へは?」
そしてこちらは滅多な事ですら動じない。
むしろ積荷や工兵を城外に並ばせて危険に
晒さず済んで良かったと満足気ですらあった。
「私がこのまま参ります」
と騎兵。
デレク率いる騎兵隊はサイアス大隊の佇む北方、
内郭北西区画中央域、四戦隊営舎の西手にある
厩舎前で待機していた。
デレク隊もまたアイーダ作戦へと参画する
のだが、騎兵のみで構成されるこの隊は
端から本隊とは進軍経路が異なっていた。
デレク隊は城砦外郭防壁の北門より出動し
西進して大回廊へ。その後哨戒しつつ南進し
本隊の進軍経路の外側をさらなる大回りで進む。
そういう計画となっていた。
「判りました。貴方の戻りを見送った後
こちらも動くことにしましょう」
「御意、それでは」
手短に応答し矢のように駆けていく騎兵。
遠ざかる騎兵を僅かに見やったのち。
静粛な環境でよく通る声にて成されたやりとりを
しかと聞いていたであろう、大隊総員に向かって
サイアスは声を掛けた。
「総員諸君。
聞いての通りそろそろ出動だ。
本隊500は当初の予定通り城外を南西へ。
魔軍の城砦への侵攻ルートを用い、相当に
大回りする形で『オアシス』へと向かっている。
彼らと本作戦のための膨大な輜重を預かる
当大隊としては、直ちにこれを追随する
のが筋。実際そのように計画されている。
進軍にとっての輜重や補給線とは
未知なる迷路に挑む際入り口と結ぶ
命綱のようなもの。想像以上の拠り所だ。
逆説するなら、そして敵の視点でみたならば。
軍勢の侵攻を妨げるにはまず輜重を襲い
補給線を絶つ。それが上策と言う事になる。
つまり魔軍が本隊の動向を監視し嫌うならば
まずはこちらを潰しに来る。よって物資満載
の我らとしては態々大回りして
敵の的になるような事は避けたい」
戦闘員199、支援要員3。
さらには周辺や並びに内郭郭壁城に展開する
歩哨らといった大勢の注目するなか、
サイアスは微かに笑んでみせた。
「よっていきなりではあるが。
当大隊は本作戦における
事前の計画を全て無視する。
当隊は本隊に追随すべく
南西へ進軍することはしない。
独立機動大隊の全権を行使し、
独自の軍事展開をおこなうこととする」
少なからぬどよめきが起きた。それらは
専ら工兵と周辺で聴き耽る歩哨から。
平素よりよくも悪くも「慣れっこ」である
ものか、サイアス小隊員をはじめ精鋭主体の
戦闘員らは実に泰然と説明の続きを待っていた。
そしてこれまでどこか他人事の如く淡々と
美麗なる人形か彫像の如くに語ってきた
サイアスは、一拍置いて調子を変じた。
朗々とそして滔滔と。
ときに抑揚豊かに歌うように。
「諸君。戦とは常に騙しあいだ。
対峙し立ち会うその前に、どれだけの
仕事を成せるかで結果が大きく変わるのだ。
戦場の手柄は矢を放ち槍を合わせて
敵を討つのが華なのは間違いない。
だが土壌なくして華は咲かない。
水を遣り世話をしてやらねば
咲き誇ることなく萎れ枯れるのみだ。
諸君、だから諸君が必要なのだ。
本隊500が最高の戦果を挙げる、
そのためには最高の支援が必要なのだ。
それを成す、それこそが当大隊に
のみ許された真なる誉れだ。精鋭そして
工兵諸君。その事に心底よりの誇りを持て。
戦局の後方に在りながらも、前線以上に
果敢に機敏に。全身全霊で動いてみせよ。
諸君らの活躍、それこそが人の世に
新たな歴史を紡ぐ第一歩なのだ」
これだけ焚きつけられて奮わぬ者なぞは
そもそも荒野の死地で生きては居らぬ。
どよめきは無言無音の猛りに変じ、
めらめらと燃え上がる気炎へと育った。
天をも焦がさん熱い静寂の中、北方より
馬蹄の鳴りが近付いてくる。先刻の騎兵だ。
手綱から両手を離し胸前に。右拳を左手で
握り締める独特の敬礼を成しつつ、騎兵は
本城沿いを駆けていった。
煮立った熱湯の立てる音に似た馬蹄の鳴りは
やがて遠ざかり、熱気に満ち満ちた広場に
再びサイアスの声が響いた。
「サイアス大隊総員200余名に告ぐ。
当隊はこれより、戦士の魂を運ぶ者なる
意の古い言葉『ヴァルキュリユル』を名乗る」
サイアスはシヴァと共に左方へと。
すなわち南、そして南東へと向き直った。
掲げた左手には忽然とそして燦然と
蒼く輝く霊刀「繚星」の抜き身が在った。
「ヴァルキュリユルよ、進軍開始だ」
輜重:軍事物資




