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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
963/1317

サイアスの千日物語 百四十三日目 その十四

平原の西方諸国連合軍と合同しておこなう

大規模軍事展開の連鎖、合同作戦の初手となる

アイーダ作戦の開始より十数分が経っていた。


第一時間区分初頭、概ね午前6時30分。

第一第二、両戦隊から選抜された500の

軍勢、その先陣は丁度、城砦外郭防壁の

南西の外れから南に50オッピの地点に

指しかかろうとしていた。


中央城砦外郭防壁は一辺およそ800オッピ。

城門は中央にあるためつまりは400オッピ。

進捗としては十二分であった。


この一帯は防壁上からの弓が届くため平素より

敵影が薄い。そのため戦備行軍といえど相当に

敏速なものとなっていたのだ。



平原の人の歩みが平服かつ身軽で

概ね1分に20オッピといったところ。

先陣を往く第一戦隊予備隊は相応に重装した

上でなお、これよりも速かった。


一隊揃いの鱗鎧スケイルメイルは布地に金属の小札こざね

段重ねにしつつ縫い付けたもので、総身に渡り

柔軟で良好な可動性を与える反面「かぶり」が

ある分薄手の甲冑なみには重い。


飽く迄一戦隊制式の重甲冑よりは軽い

という、ただそれだけの代物だ。彼らは

これをしゃなりしゃなりと鳴らしつつ、

鉄の切り株に似た野戦陣の基部を通り過ぎた。



この辺りは先の宴で築かれた野戦陣の西端だ。

二日目の深夜にはここよりさらに100オッピ

程南西に顕現した、荒野に在りて世を統べる

異形らの崇める大いなる「魔」が一柱。


際限なき恐怖と苦痛、絶望と怨嗟。

これらを煮詰めた腐汁の海に浮きぬ沈みぬし

生者への渇望と嫉妬と執着を粘々と糸引かせて

世の夜を軋ませる苦悶と呪詛を撒き散らしながら

ヌチャヌチャと蠢動する無数の屍の頭の群れ。


すなわち「百頭伯爵」が不浄にして不可避なる

死を撒き散らすただれた津波となって

押し寄せ雪崩れ込んできたまさにその地だ。


当時を偲ばせる痕跡は今やこの基部のみ。


あれからもう、三月になるか。


予備隊を率いる第一戦隊副長補佐官、

城砦騎士シュタイナーは目を細めた。


あの夜この地で百頭伯爵と遭遇し、混迷を

窮める兵の群れを何とか纏めて城内へと退却

させたシュタイナーにとっては、基部の黒々と

酸化した姿が闇夜の宴の有様をまざまざと

想起させて已まなかった。





「アイーダ」作戦が開始され、その先陣が

斯様に城砦外郭防壁の西端域を南下しようと

していた丁度その頃。


城砦外郭防壁を挟んだその裏手となる、

騎士団の決戦兵器と言うべき大型攻城兵器

「火竜」の設置された外郭南西区画兵溜まり。


そこからさらに内郭郭壁を挟んだ奥、

すなわち城砦内郭南西区画の広場南方。


50年ほどさかのぼったとある宴の夜、

かの「燦雷侯クヴァシル」との死闘が

成されたその一帯には。


第四戦隊所属、第三戦隊長代行たる

兵団長サイアスの率いる独立機動大隊、

総員200が集結していた。


非凡なる軍才を有すといえど、未だ城砦騎士

ならぬ兵団員の身で200もの員数を直に

率いるのは、騎士団100年の戦歴でも

前代未聞の事であった。



総員の内訳としては概ね以下の通り。


第一戦隊主力大隊より精兵10名。

第一戦隊副長大隊より兵士10名。


第二戦隊伝令・隠密衆より計5名。

第二戦隊抜刀隊より5番隊10名。


第三戦隊より長弓部隊総員50名。

第三戦隊より工兵職人計100名。


第四戦隊よりサイアス小隊14名。



これらに加え員数外として参謀部より

参謀長補佐官、正軍師、祈祷士計3名。


司令官含む戦闘員100名。

半戦闘員たる工兵100名。そして

員数外の戦術・情報支援要員3名であった。





城外の戦闘員500と同様に戦闘員100名は

粛然と整列し下命を待っていた。されど残る

100名の工兵らは実にきびきびと活発に動き、

彼らの背後に並ぶ巨大な貨車に何やら細工を

施していた。


「ギリギリ間に合って良かったがや」


感慨深げに頷くシェド。


「こいつで荒野を走る日が来るたぁなぁ……」


とラーズも賛同の意を示した。


シェドが運転席、ラーズが後席。

サイアス小隊名物三人衆専用となる

きらびやかな真紅のクァードロンの車輪には

黒く分厚い輪がめられていた。


独特の臭いを放つ黒くゴツいその輪は

金属製の車輪の縁をグルリと包んでおり、

その上でそれを皮革の帯がくるんでいた。


これらは二戦隊伝令衆の靴底にも使われている

最先端かつ新機軸の素材。フェルモリア南部で

産出されるゴムを加工したものだ。


未だ強度の調整が不十分なため一応外側に

皮革を巻いてある。最終的にはゴムそのものを

接地させ、変形磨耗させる事で乗車時の振動を

軽減させようという企図であった。


サイアス一家専用となる群青色をした

大型クァードロンの車輪にも同様の加工が

施されており、工兵らは彼らが本作戦で用いる

大型貨車の車輪に対し同様に施工している

真っ最中であった。


工兵らの群がる奥にずらりと並ぶ、営舎施設

の如き大型貨車は計11台。そのうち1台は

ランドの搭乗する「セントール改」であるため

正真の貨車は10台であった。


それら貨車10台をそれぞれ工兵10名が囲み、

てきぱきと「靴」を履かせていたのだった。


貨車はいずれも平屋の家屋並みに巨大な

四方を覆う直方体をしており左右側面に

4つずつの車輪。前方にはそれぞれ2頭の

大柄な輓馬ばんばが繋がれていた。


うち6台の側面には第一戦隊の超弩級食堂

「ヴァルハラ」の名が刻まれている。


実に恐ろしい話だが、これら6台の中身は

全て食糧だ。つまりオアシスで仮設する

拠点の建築に用いる資材よりも、第一戦隊

戦闘員300名に食わす食糧の方が多いのだ。


中央城砦の防衛主軍を城外で用いるとは

こういう事であったかと、誰もが嘆息

せざるを得ぬ次第であった。

1オッピ≒4メートル

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