サイアスの千日物語 百四十三日目 その十三
中央城砦のある高台と周辺域との高低差は
概ね1オッピ前後である。加えて高台の西手、
岩場との狭間を南北に走る大回廊と呼ばれる
一帯は周辺域より一段低い。
結果として、高台は周辺域に対し
東からは低く西からは高い。
そういう地勢になっていた。
不整地ゆえに起伏や障害物はあるが傾斜自体は
そこまで急峻なものではなかった。また、
高低差の大きい西寄りの方が総じて
より「緩やか」になっていた。
一見矛盾して見えるが理由はある。
これは過去100年に渡る魔軍の城砦攻めが
専ら荒野の奥地と連絡のある大回廊南部から。
即ち高台の南西からおこなわれてきた事による。
つまり黒の月、宴の度に現れる異形の軍勢。
千にも迫る巨躯の行軍が繰り返し踏みしめて
高台そのものを磨り潰してきた結果であった。
アイーダ作戦の目的地となる「オアシス」は
中央城砦より南南東。直線距離にして概ね
1000オッピ地点にある。
日の上り始めた現状、高台からは南の地平の
果てにそれらしき影が見え隠れしていた。
もっとも高台からオアシスまでの最短距離には
緩やかとは断じ切れぬ起伏と傾斜が未だしかと
残っている。一言で言えば足場が悪かった。
重装歩兵や輜重を有する工兵含む軍勢600が
ここを無事に突っ切るのはまず不可能。
この様な荒地を平気で突っ切っれるのはそれこそ
峻険な断崖一帯を根城とする眷族「できそこない」
の機動部隊。或いはできそこない以上の機動力を
誇りさながら舞い跳ぶように地を駆ける人馬一体。
カエリアや四戦隊の騎兵衆くらいだ。
実際かつてサイアスが同行した
カエリア王立騎士団の輸送部隊は、大湿原と
高台の狭間なる急峻な荒地を馬車毎突破し、
無事城砦まで辿り着いていた。
とまれこうした例外を措くならば。そして
敵とやり合う前に損耗を出したくないならば
オアシスへは迂回ルートを進まねばならない。
すなわち魔軍が散々に踏み固めてきた道を。
或いは城砦攻めの本陣を置き、或いは阿鼻叫喚
の地獄絵図を。そしてそれ以上の無間の奈落を
もたらす大いなる荒神「魔」の顕現の舞台と
なってきた一帯を経由して。
さながらやや右に傾けた「し」の字を描く
ようにして回りこまざるを得ないのであった。
要は南東を目指したくとも、まずもって南西へと
向かわねばならない。ゆえに先陣を往く第一戦隊
からの300名は城門の西に布陣していた。
流れとしてはまず一戦隊の300が、次いで
二戦隊の200が進み、その後騎士団長らの
一隊が進む。そしてその背後から、輜重を担う
工兵100名が続くという形であった。
軍として、組織としての体裁に拘るならば。
まずもってアイーダ作戦に参画する全軍を
ここ城外南部に集結させ、総司令官たる
騎士団長が一席ぶった後、角笛でも軍鼓でも
鳴らし粛々と行軍開始。それが筋やも知れぬ。
将兵らとしてもそのつもりでは居たものだが、
総司令官たる騎士団長チェルニーはそうした
形式や体裁が大嫌いな根っからのお困り様
であったので、グダグダな会話そのままに
さっさと軍を進発させてしまった。
とにかく常識の通じない男だ。
そしてこと戦に関しては何人も及ばず。
ゆえにこれも何か考えあってのこと、と
兵らは驚きこそすれ拘ることなく。むしろ
手間が省けたと喜ぶ風でもあった。
行軍には事前の布陣がそのままに活かされた。
まずは第一戦隊所属城砦騎士、副長セルシウス
の副官を務めるシュタイナーが予備隊30を
率い先を往く。
予備隊は名前こそ予備だが二軍を意味しない。
戦局に臨機に対応する、文字通り「予め備える」
事を目的とする部隊だ。拠点防御専従の重装兵
たる第一戦隊の一般的な部隊では対処できぬ
状況を扱う半ば特殊部隊的な位置づけでもある。
つまり一戦隊のうちでは一番威力偵察にも
向くという訳で、まず先駆けて南西を目指した。
次いで精兵6名一斑がそれぞれ40名を率いた
46名の中隊が二つ、三列縦隊を成して
2隊横並びとなって進んで行く。
精兵の背後に続く40名の6個中隊とは
第一戦隊の「一般兵士」である。彼らは未だ
戦隊内のどの有力大隊にも正式に配属されて
はおらず、強いて言えばオッピドゥス率いる
主力大隊の預かりとなっていた。
宴が済み先の架橋作戦がひと段落した後、
臨時かつ多量に増派された補充兵の一群。
そこから訓練課程を経ずして第一戦隊が
引き抜いた面々がこの一般兵士の大半だ。
以降同様に補充兵が送られてくるたび、
まず身的能力の上澄みが第一戦隊により
先行抜擢された。そうして増えていった
いわば生え抜きの一戦隊員が彼らだ。
身的能力は十分な逸材であり、第一戦隊が
独自に教練を施し二の丸等で鍛えてある。
中には魔笛作戦に参画しある種の覚醒を経た
者らも混じっていた。
もっとも大半は新兵の「新」が取れたばかり。
戦力指数は1が大半だ。本作戦は言わば彼らの
有力大隊配属に向けた最終試験でもあった。
とまれ46名一個の中隊を二つずつ並べ、
第一戦隊からの300は進んでゆく。
三つ目の横並びとなるうちの片方は、精兵の
班ではなく副長セルシウス自らが率いており、
彼らが発った後数拍後、第二戦隊から
本作戦に参画する200が進発した。
こちらはかなりざっくばらんな布陣であり、
ウラニア率いる強襲部隊60を中心として
副長ファーレンハイト、ヴァンクインそして
セメレーがそれぞれ30ずつを率い随意に展開。
周辺域の状況を窺いつつ進んでいった。
これらの後方から騎士ミツルギ以下抜刀隊の
一番隊から三番隊各隊が騎士団長ら司令官一行
の護衛として周囲を固め進む。騎士団長と
参謀部構成員の乗る馬車の傍らには最強の
護衛というべき第二戦隊長、剣聖ローディス
その人が自ら侍った。
ところで本アイーダ作戦への第二戦隊からの
参加兵員数は200である。行軍上に姿がある
のは180。20ほど数が合わなかった。
これら20とは第二戦隊長ローディス直下、
伝令衆とその上澄みたる隠密衆であった。
彼らはの多くはこの500の行軍の内外
何処かに潜み影となって陰から行軍を
支えていた。
第二戦隊もまた、先の臨時かつ多量な補充兵の
増派の際、訓練課程を経ずして独自に兵員を
抜擢していた。それらは少数ながらも敏捷に
秀でており、走力を合わせ鍛えて伝令として
仕上げられていた。
そしてそのうち特に非凡なる才を持つものは
上位機関である隠密衆となった。先刻遠巻きに
潜伏するできそこないらを討ったのも彼らだ。
さながら闇を渡る一陣の風の如き彼らの多くは
東方諸国出身。或いは一族の出自が東方諸国に
ある者が多かった。当代隠密衆の頭領はミカゲ。
やはり東方の出だという。
東西に横長い平原の東の外れにあたる
東方諸国はその名の通り、西方諸国ではない。
よって西方諸国連合に加盟しておらず、ゆえに
兵士提供義務もない。
にも拘らず例年少なからぬ数の東方人が
志願兵として荒野へと至る。蓋し「いくさ人」
としての彼らの矜持が、まだみぬ修羅場を
夢見せ追わせるのであろう。




