サイアスの千日物語 百四十三日目 その十二
大湿原の西手の高台を手広く占拠する
中央城砦の外郭南防壁の外では、かくも
賑やかに人の集いが出来ていた。
第一戦隊より300、第二戦隊より180。
城門の東西に分かれ隊伍を整え布陣した
これらの兵の狭間。丁度城門の真正面な
一帯でもって、指揮官たる騎士らは集ったり
駄弁ったり馬鹿やったりしていたのだった。
兵らとしては誠に呆れ返って然るべき
仕儀なものの、実際に呆れ返るものはない。
異形の蔓延る荒野の死地、囮の餌箱たる
城砦で逃れられぬ致死の恐怖と対峙すると
いう、なんとも悲壮感極まる状況下において。
自らの不幸を嘆き不運を呪い悲観に耽るのは
簡単な事だ。だがそれでは何も変わらない。
囮の餌箱に放り込まれた彼らだが、剣を取り
槍を構えて運命に立ち向かう事は許されている
のだ。ならば毅然と立ち向かった方がいい。
悔やみ嘆くのは屍となってからでも良い。
今は泣き言が馬鹿馬鹿しく思えるほどに、
前向きに笑える方がいい。新兵はなかなかに
思い切れぬが、古参ほどこうしたある種の
覚悟を有し、指揮官らの御馬鹿な寸劇を
気楽に愉しむ事にしていたのだった。
さて第二時間区分始点となる午前6時丁度。
夕陽の如き顔真っ赤、頭も真っ赤で大いに
吠える容貌魁偉、黒衣の僧形たる二戦隊副長
ファーレンハイトらの下に、漸く本作戦の
司令官一行が姿を見せた。
彼は平原三大国家のうち南の雄。西方諸国連合
のうちでも序列一位の大国、フェルモリア
大王国の王弟殿下であり大王国内第一藩国たる
イェデンの国王陛下でもあった。
もっとも殿下とも陛下とも呼ばれるのを
当人は嫌っていた。団長と呼ばれるのが
一番好みらしい。任期3年の期限付き派遣
な団長職を7年も続けているだけあって
筋金入りの戦好きだ。
平原と荒野を合わせ100戦不敗。
「戦の主」と謳われるチェルニーは
連合諸国の王族という政治的な立場を
まるで無視して、好んで陣頭指揮を執った。
城砦騎士団100年の歴史でもこれだけ
野戦に出張る騎士団長はただ彼のみ。
先代騎士団長に至っては中央塔からすら
滅多に出なかったために至極対照的であった。
もっとも先代騎士団長は軍務に消極的だった
わけではない。むしろ真逆の存在であった。
彼女の任期中に騎士団は荒野を統べる
異形らの神のうちでも、とりわけ強大な
公爵級の大魔を二柱も撃破する史上有数の
成果を挙げていた。中央塔から出なかったの
は、当人が城砦騎士ではなかった事と、より
政治的な能力の持ち主であったからだ。
そう、先代の城砦騎士団長は女性だった。
共和制トリクティアの元執政官であり
今はアウクリシウムにて西方諸国連合軍の
軍団長の任に就いている。
荒野の魔軍に抗するためとはいえ、平原の
供出し得る最大戦力を荒野の城砦へと集中
させる以上、連合国には常に不安があった。
いつ何時、万が一にも城砦騎士団が裏切って
平原へと攻め寄せる事があるのではないかと。
一度でも荒野に足を踏み入れ魔や眷族らと
対峙したならば、これが一笑に付す価値すら
ない戯言であると痛感するだろう。それほど
までに魔軍は強大であった。
ただ、「血の宴」より既に
150年以上の歳月が過ぎた。
当時を知るもので未だ生ある者など平原に
あろう筈もなく、また騎士団が勝利を重ね
平和を維持し続けるほどに、騎士団への
疑心を募らせる者らも少なくなかった。
連合軍が隷下の独立軍団である城砦騎士団と
騎士団領に対し爵位を授与したり騎士団長を
連合国の王族で回り持つようにしたり、
さらには駐留騎士団を定期的に循環させると
いった要素には、裏の意味として騎士団への
拭い切れぬ不信もまた確かに在ったのだ。
先代騎士団長はそうした事情を十全に心得、
かつうまく利用し騎士団の強化にも活かした。
トリクティアの英雄であった後の武神ライナス
や後に城砦の母と呼ばれるブークを招聘した
のも彼女の政治手腕によるところが大きく、
今も連合軍の中枢で何くれとなく騎士団の
世話を焼いている。
当人としてはさっさと引退したいのだが
後を継ぐべきチェルニーがかつての自身と
同様に、粘って辞めないので辞められない。
お陰でチェルニーは帰境しアウクリシウムで
彼女と顔を合わす度にお小言を賜る羽目に。
彼にとってはさらに困った事に、妻である
赤の覇王と仲が良いというオマケ付きだ。
当代騎士団長たるチェルニーはその実、
荒野に引き篭もっているのだとも言えた。
「夜が明けと思ったらもう夕陽か。
秋とは言え随分短い一日だった」
控えめに表現しても落日の如く、さながら
茹蛸の如くに血の上ったファーレンハイトの
剃髪した頭部をしげしげと眺め、城砦騎士団長
にして城砦騎士チェルニー・フェルモリアは
しみじみと煽った。
背後には供回りとして騎兵6歩兵12。
さらに屋根の無い大型馬車が2台。彼らは
いずれもチェルニーの国許よりの従者であり、
兵団の員数外である。
もっとも騎士団の軍務に当たる際は
城砦兵士長相当官として扱われていた。
馬車の荷台には参謀部の軍師に祈祷士。そして
何よりチェルニーの傍らで轡を並べるのは
自らの戦隊の長たる剣聖ローディスであった。
「言いたい事はそれだけか?
呪いのぽこじゃがカレー殿下」
自らのお頭の手前派手にキレられず、
ファーレンハイトはぐぐっと堪えて
そう言い返した。
直系男子はお困り様だらけな
フェルモリア王家の「呪われた血」。
何でもかんでも量産しまくる
フェルモリア名物「ぽこじゃが」。
この辺りを上手くとり纏めてもいた。
「何とも具沢山な盛り込みようだが
俺はカレーにじゃがはNG派だ。
カレーはルゥと肉だけでいい。
それ以外は全て不純物だ」
他の指揮官らとは明確に一線を画す
馬術の名人、技能値7のチェルニーは
軽やかに馬を遊ばせキリっと嘯いた。
「これだから王族ってのぁは駄目なんだ。
庶民の味を知らずして国が治まるはずもねぇ」
ファーレンハイトは腕組みし嘆息。
「天麩羅脳に言われたくないぞ。
というか今気付いた。
入道とヌードルは似ている」
ファーレンハイトは入道頭。風廉亭は麺処。
成程そうかと一人納得し笑うチェルニー。
兵らもこれに釣られて笑った。もっとも
ファーレンハイトが目をむき出すような
形相で睨んだために慌てて咳払い。
「フン、いっそお主ら合作すればどうじゃ」
罵り合い仲間なウラニアが戻ってきた。
無論目当ては騎士団長と共にやってきた
剣聖閣下その人であり、我もと駆けてきた
セメレーに舌打ちした。
「カレーヌードルか、悪くねぇ……」
先刻までの激昂は何処へやら、
新メニュー構築に想いを馳せる
ファーレンハイト。
「ククク、賑やかで結構な事だ。
それよりまだ出立せんのか?
兵らが退屈しているぞ」
とローディス。
城砦騎士団中騎士会の序列筆頭。
人類史上最強と謳われる城砦騎士長にして
剣聖ローディスは、騎士団副団長や防衛主軍
たる第一戦隊長といった、より上位の役職では
なく主攻軍たる第二戦隊の長である事を好んだ。
理由は性に合うから。面倒だから。
普段はダラダラしていたいから、等々。
紛う事無くお困り様であった。
「そうだな。
立ってるだけで空腹になられても困る。
工兵には後を追わせることにして
一足先に出立するか。 ……その前に」
「あぁ、そうだな」
チェルニーに対しローディスは頷き、
「始末しろ」
と誰にともなく短く告げた。
声の届く範囲には
これに応える者はいなかった。
そして一拍、二拍。
「できそこない4、羽牙6。確かに」
低く短く、風が声を届けた。




