サイアスの千日物語 百四十三日目 その十一
陽光に揺れる小麦にも似た、淡い黄金色の
典雅なドレスに装飾豊かな胸甲を具え付け、
大粒の黒水晶を戴いた銀の宝冠で
艶やかで豊かな黒髪を飾り。
さながら夜の帳より生まれ出た金糸雀の
如き雅な姿の「漆黒の旋風」。或いは「迅雷公女」
たるウラニアはギャアギャアと騒ぎ立てた。
一言で言えば、容姿台無しであった。
「ったくロクでもねぇなこの黄色い鵞鳥は」
「むぉっ!? ぅむむ……」
余りに的確なファーレンハイトの表現に
セルシウスは思わず噴出しそうになり、
慌てて堪え呻きを発した。
「なんじゃとこの毛無しめが!
ふさふさなのは心臓だけかや!?
いっそ『できそこない』の胸毛でも植えよ!」
歯に衣着せぬどころか頭に毛を着せぬ物言いぞ
とばかり、ウラニアの怒りは有頂天であった。
「んだとこの三日前の天麩羅女!?
手前ぇは羽牙に協調性を教わってこい!」
常温で1日も経てば食すには危険。
三日前ともなると鉄の胃袋でも無理がある。
手打ち麺と揚げ物に通暁する風廉亭亭主
ファーレンハイトらしい物言いであった。
もっとも。
とばっちりを恐れ首を引っ込めていた
セルシウスや、遠くで腕組みし知らぬ存ぜぬ
を決め込むシュタイナー、ヴァンクインらは
不意に目だけ真顔になった。
そしてすぐに勘付いた。
遠からぬ地に潜む眷属に。
罵り合う両名の言は、整列する兵集団が
死角を成すゆえ具に見て取れぬ騎士らに対し
それを示唆するものでもあったのだ。もっとも
8割方本気の罵り合いではあった。
「ふむ……」
と顎に手指を添え思案げなセルシウス。
城門を挟んで西手に一戦隊、東手に二戦隊。
できそこないの気配は南東の斜面及び岩陰。
距離にして数十オッピ。
こちらが動けば逃げるだろう。現状ここに
馬術の達者はいない。精々技能値2か3と、
馬を降りた方が確実に速く強い。
できそこないの潜むであろう位置に現状
最も近い将はヴァンクインだが、そこから
即座に駆けたとて、十中八九追いつけぬだろう。
アイーダ作戦の担う役目を思えばここは
放置が正解か、とセルシウスが結論付けた
ところに、城門からさらなる部隊が現れた。
総勢30名。10名で一隊。各隊は前から
1-2-3-4と先鋭陣を成し
3隊で大きな先鋭陣をも形成していた。
何れもその身に鎧は無い。実際は
鎖帷子を着込んで居るのだが、表層は
東方諸国の装束、着物に近かった。
頭には鉢金、右手は自然に歩みに揺らし、
左手は腰帯に吊るす木鞘を押さえていた。
皆一様に眼光鋭く、大半は荒岩の如く屈強。
武装は腰の一剣のみ。諸刃の剣に無反りの刀、
そして三尺の秋水とこれのみはとりどりに
華やいで、彼らの何たるかを証立てていた。
平原より遥か最果ての荒野の大地に
見果てぬ彼方、東方の威風を吹かせて
げに厳しくも颯爽と出でた彼らこそ。
第二戦隊長たる城砦騎士長、剣聖ローディス
の直弟子たる撃剣集団、人呼んで抜刀隊。
平原では剣術の大道場の師範格が
概ね技能値で6相当。大抵は老境だが
抜刀隊隊士は皆壮年以下で6以上だ。
戦の勝敗のみを求むれば、孤剣専一は
不利も不利。それでも彼らは剣しか使わぬ。
己が剣にすべてを懸け、あらゆる戦に臨み
そして勝ち抜く。そういう者たちであった。
抜刀隊は総勢50名。そのうち彼らは
一番隊から三番隊だ。打ち寄せる荒波を肩で
割り裂くが如く進む、荒岩そのものにも似た
先頭の1名。
生ける武神像の如きその武人とは
一番隊組頭。剣聖の一番弟子たる城砦騎士。
名をミツルギ。剣聖剣技の全てを継承した
技能値9。その剣技は既に神仙の域にあった。
ミツルギら抜刀隊は城門を出でて南東へ。
ヴァンクインを越えさらに南側へと整列した。
通りすがりに他の騎士らへと会釈するミツルギ。
彼は容貌魁偉にして威風堂々ながらも恐ろしく
腰が低く、彼を倣って抜刀隊面々は皆恐ろしく
腰が低かった。
もの凄まじく厳しい面構えの抜刀隊一同は
子供が見たら泣き叫びそうな、その実彼ら
自身にとっては頗る穏やかな笑顔を浮かべ、
騎士らに会釈しながら配置についた。
「何つぅか、毒気を削がれちまったぜ」
「武士らしさと気の良さを併せ持つ
実に稀有な連中じゃ。まぁあれらの笑顔?
に免じてここは見逃してやるとするか」
何を見逃すかは口にせず、すっかり興を失って
ウラニアは自身の隊前へと戻っていった。と
そこに高らかな馬蹄が城内から鳴り迫る。
「お待たせしましたセルシウス閣下!
祈祷士の配達ですぞ!!」
小脇にローブ姿を手挟んだセメレーの
河原毛が颯爽と駆け来り、
セルシウスは再びこめかみを押さえた。
「さぁどうぞ! 新鮮なうちに!」
何がどうどうぞなのか、それは判らぬが
左の小脇に手挟んだローブ姿、祈祷士の
首根っこを右手で捕まえ、馬上のまま
ひょいとセルシウスに突き出すセメレー。
さながら東方の雨避けのお守りの如くに
吊るされ差し出された祈祷士は、それは
恨めしそうな目でセルシウスを見た。
「……頭痛とか?」
じぃっとセルシウスを見やる祈祷士。
未だうら若い女性であった。
「う、うむ」
視線を泳がせる絶対強者が一人、セルシウス。
「私よりマシに見えますが」
「そうかもしれぬな……」
この上も無く良い面の皮であった。
「どうした?
さっさと治療に取り掛かってくれ!」
空気を読む気がないのか、いや機能がないのか
それはさておき。セメレーは祈祷士を両手で
持ち直し、セルシウスに向かって振ってみた。
「……塩コショウじゃあるめぇし」
見かねてセメレーから祈祷士をひったくり、
地に下ろしてやるファーレンハイト。
セメレーは早速これに抗議した。
「副長! 毛はもとより心無い事を!」
「よし黙れ小娘」
ファーレンハイトはセメレーを無視しつつ、
また貧乏くじだと内心唸りつつ。
祈祷士に精一杯穏やかな表情で侘びを入れた。
容貌魁偉というか妖怪に近い形に対峙し
引き気味な祈祷士ではあったが、事情を察し
穏便に済ます風ではあった。しかし。
「朝日を浴びてまるで天かすですな!」
とのセメレーの煽りに
「てめぇええっ!!」
とファーレンハイトは一気に沸騰。
その余りの形相に祈祷士は
ひ、と小さく悲鳴を上げた。
「やや! 何と今度は夕陽になった!」
セメレーは再び祈祷士を攫い
カラカラと笑いながら逃げていった。




