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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
959/1317

サイアスの千日物語 百四十三日目 その十

城砦外郭南防壁を出でてすぐ。

南に50オッピ程までは、完全に

踏み固められた平坦地となっていた。


黒の月、闇夜の宴では、魔軍は南方より

攻め来るのを定石としていた。よって同月は

この一帯に野戦陣が築かれ実の戦の舞台となる。


そうした野戦陣設営のための基部が

微かに方々の地表に残る以外は

とにかく開けた一帯であった。



東西に800オッピの特大の防壁の南手。

その中央にある機械仕掛けの三重門の周囲に

開けたこの一帯を、狭苦しく感じられてならぬ

程の縦にも横にも一際嵩張る特大の軍勢が占拠。


そこから南に50オッピ。徐々に起伏を伴い

始める一帯の岩陰に潜むできそこないらは、

危機感と失望感に満ち満ちていた。


たとえ「殻」がゴツくとも、10程度なら

どうとでもなる。だがここまで、数百単位で

群れられてしまっては手の出しようがない。


野良なできそこないらにとって

摘み食いの対象は人の側でいう班、

または小規模な小隊までだった。


それ以上はこちらも一群を成し、戦術を駆使

して臨まねばならない。ただしそれでも

この規模の相手は割に合わぬと感じていた。


どうやら遠巻きに飛ぶ眷族らも同様の見解を

得たものか、遠ざかる風を見せていた。


このままここに留まればいつ捕捉されるとも

知れたものではない。此度は引き揚げるかと

できそこないらがきびすを返そうとした、

まさにその時。


脳裏を、思考そのものを鷲掴みにされる

感覚に襲われ、自我や意識が虚ろとなった。


逃げの算段に移ろうとしたできそこないらは

今やただの木偶でくの如く。北へと向き直り

凝固して、前方の光景を両の眼に捉え続けた。





人の肩幅よりなお厚い、黒々と輝く落とし戸を

引き上げ。さらに同色の中戸を下方から前方、

外側へと水平に捲り上げ。最後に跳ね上げて

あった奥戸を前方、外側へと倒し欄干と成す。


これらを機械制御でおこなう峻厳たる三重門

から新たな一群が姿を見せ始めていた。


先刻までの鈍色の巨漢らとは対照的に、

大半の装束は茶か飴色の皮革製。

大半は盾を持たず手ぶらであり、代わりに

背には身の丈に迫る長大な武器を担っていた。


足並みは不揃いだが一様にしなやか。

数百であるのに数十の音もさせぬ

不気味なまでに密やかな四肢の挙動で現れたのは

強襲邀撃(ようげき)伏兵専門。要は殺しのスペシャリスト。


城砦騎士団第二戦隊の兵の群れだ。

兵装としては胴のみに皮革鎧、手足は

長めの手袋やブーツ。その背に負うのは

長剣に太刀、戦斧に重棍。槍も混じるが

大抵は槍斧であった。


一瞬の隙を突いて一撃で敵を屠る。

ただそれだけを目的として戦場に在る者ら。


剽悍ひょうかん無比、一撃必殺の第二戦隊切り込み部隊

総数90。これを率いるは精悍なる軍馬の

背になる3名の武人たちであった。


まずは容貌魁偉なる漆黒の僧形。

その実堅実な情報戦を得意とする

第二戦隊副長、城砦騎士ファーレンハイト。


そして同じく容貌魁偉、一介の補充兵から

城砦騎士にまで成り上がった武辺者の真髄。

城砦騎士ヴァンクイン。第二戦隊には珍しい

板金鎧の武者であった。


さらに今一人は新米にして歴戦。そして

既に集結済みな400弱の誰よりも声がでかい。

ヴァンクイン同様、いやそれ以上に異質な、

ほのかに青みがかったピンクの甲冑を纏い。


見事な河原毛の軍馬の背で純白のマントを

棚引かせる城砦騎士団騎士会若手、自称姫武者。

元城砦騎士アクタイオンの実子。親子二代で

城砦騎士となったセメレーだ。


城砦騎士号は世俗的な権能を有する世襲の

称号ではない。超人的な戦力を有する当人の

強さのみを讃える峻厳無比、孤高の尊称である。


よって血筋で届く次元にはない。

荒野の死地にて戦い抜き、己一個の武に

よって上り詰めるしかない頂であった。


ゆえにセメレーに親の七光りを見るものは無い。

但しその出鱈目な大音声だけは、誰もが親譲り

だと断じてはばからなかった。





「おお! 何とも武張った兵士らよ!

 うむ! 鈍色の甲冑が朝日に映えるな!

 このセメレーに次ぐ美々しさと言えよう!!


 しかしセルシウス閣下!

 防衛主軍たる第一戦隊兵士諸君を

 これほどまでに一挙投入してしまって

 果たして良いものでしょうかな!


 作戦を終え、戻ってみれば城は無し、

 などはまこと洒落になりませんぞ!!」



先に城外にあって一糸乱れぬ直立不動。

第一戦隊兵士らの軍容を慶びセメレーが問うた。

一度聞いたら二度と忘れえぬ独特の伸びのある

高音が、未だ湿った夜気を残す荒野の一帯に

轟き渡った。



「お主の声は敵襲を報せるにあたり

 金管喇叭きんかんらっぱより遥かに有効だな、セメレーよ。


 幸い我らが偉大なる第一戦隊長閣下も

 お主同様の美声家(・・・)であられる。

 頭痛は軽微で済んでおるとも……」



軽くこめかみを押さえつつ、

絡んでくるセメレーに応じるセルシウス。


背後の兵ら300は、兜のお陰か辛うじて

被害なく済んでいるようだった。



「何と! 指揮官が頭痛とはいけませんな閣下!!

 まだ出張ってきては居らぬようですが

 祈祷士衆に相談されては如何です!?


 何でしたらこのセメレー!

 忠勇無双にして剣聖閣下の愛情を一身に

 受けるこの姫武者セメレーが! ひとっ走り

 して祈祷士どもを連れて参りましょうか!!」



オクターブを2割程、ボリュームを3割程

あげた超絶ボイスがキンキンに響き渡り、

こめかみを押さえるセルシウスの手が増えた。


背後では300の兵らがぐらついていた。

鋼兜を貫通し、声が内側で跳弾しまくって

いるらしい。



「うむ。済まぬが頼む」



祈祷士には悪いが我が身と兵のためだ。

ここは原因を取り除くほか打つ手なしとて、

セルシウスは顔を覆ったままセメレーに頷いた。



「承知! 暫しお待ちを!!」



とセメレーは河原毛を翻らせ城内に祈祷士を

攫いに戻り、セルシウスは盛大に溜息を。

背後では300の兵らが首を振っていた





「よぉ。朝っぱらから

 ウチのバカが済まんな」


ニタニタしつつ馬を寄せ、セルシウスへと

語り掛けるファーレンハイト。共に戦隊副長

として、日々気苦労を重ねる者同士であった。



「あの声量は何とかならんものかな」


と自戦隊の長を棚上げしつつ語るセルシウス。

オッピドゥスの破城槌の如き野太い轟音は

平気でも、セメレーのうぐいす一個師団的な声は

辛いらしい。


「無理だ。諦めろ」


とあっさりファーレンハイト。


城門を見やれば「漆黒の旋風」「迅雷公女」

の異名を持つ第二戦隊の切り込み部隊長。

騎士会でも序列上位の強者である城砦騎士

ウラニアが、供回り含む60名を率いて

出てくるところであった。


ウラニアの率いる一群は全て、

棍の先端側面に曲刀を接合したような

独特の形状の両手斧を手にしていた。


三日月斧バルディッシュと呼ばれるこの戦斧は

ウラニア愛用の利器「月下美人」の写しだ。

うち供回りたる10名程は装束もウラニアに

よく似た胸甲ブレストプレート付きのドレスであった。


強襲部隊長を専任するウラニア率いる

60名は先行して居並ぶ90名に合流。

丁度城門を挟んで西手に第一戦隊が。

東手に第二戦隊が対峙し並ぶ格好となった。


そうした様を眺めつつ


「お主らは平気なのか?」


とセルシウス。



「お頭の歌で鍛えられたからな……」


「……」



昨今はすっかり笛に夢中。

実害がないどころか好評ですらあるが

剣聖ローディスの歌声はかねてより

人を殺すと評判であった。


セルシウスとファーレンハイトが

斯様にどこか遠い目で会話していると、



「お主ら何の話をしておるのじゃ?

 それと何じゃあの騒々しい小娘は!

 朝っぱらから耳障りでならんわ!!」



早速ウラニアが絡んできた。

セメレーよりは数段低いがこちらも

騒がしさ気忙しさでは負けていない。



「またやかましいのが来たぜ……」


「うぅむ……」


「下郎共、誰が喧しいというのじゃ!

 えぇ? 命を賭して言うてみよ!!」



二人して頭を抱える他なかった。 

1オッピ≒4メートル

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