サイアスの千日物語 百四十三日目 その八
軍議の開始よりほぼ一時間の過ぎた
第四戦隊営舎詰め所。合同作戦の初手となる
アイーダ作戦の開始までもまた、ほぼ一時間。
そんな時分、サイアスによる編成伝達は済んだ。
だが聴衆たる55の兵らはその内容に対し
物足りなさを。そして違和感を覚えていた。
マナサとその供回りが未だ平原に留まり
別途の任に在る現状、第四戦隊の指揮官は3名。
出動可能な戦闘員数は55名。
これまでの伝達で編成が言い渡されたのは、
そのうち指揮官2名、戦闘員41名だ。要は
「ちょ、おやびん!
俺っちたちはどーなんの!?」
という事であった。
「……おやびん、か。
また新しい表現を……」
字面だけで発言者がありありと判ってしまう
のは、間違いなくある種の才能に違いない。
とサイアスは発言者を見やる事なく小首を
傾げ感心していた。
シェドの言の通り、これまでの話からは
現状四戦隊三番手の指揮官たるサイアスと
サイアス小隊14名への編成伝達がまるっと
抜け落ちていたのだ。
「お前のおやびんとお前たちは別枠だ」
とベオルク。
食し終えた鼈甲飴の棒を眺め恐ろしく
上機嫌であった。棒の先端域には小さく
「大吉」と刻まれていた。
「此度の作戦においてサイアス及び
サイアス小隊は先の『魔笛作戦』の
基幹編成を維持し、前述の1000名の
員数外として。言わば独立機動大隊として
展開する事となる。
サイアス大隊への指示は初動のみだ。
まずは夜明けと同時に『アイーダ』作戦に
参画、オアシスへ赴き近隣の制圧と拠点の
仮設に尽力する。
そして拠点が完成次第、城砦へと引き揚げる
工兵50名を護衛し共に帰城。返す刀で
『グントラム』作戦へ参画、追加の物資と
工兵50を護衛し届ける。
以降は随意だ。大隊長独自の裁量で展開し
合同作戦の成功に寄与する。『グントラム』
に居残るもよし、『ゼルミーラ』に向かうも
よし。いっそ両方に参画するのも良かろう」
ベオルクはそう語り、
ちらと横目でサイアスを見やった。
サイアスは特段の感慨なく。
但しツンと澄ましたその裏で
何か企んでいるのは間違いなく
いたずら猫の如き雰囲気を醸していた。
「ぅぉお、かっけぇえ!」
と大いに盛り上がるシェド。
蓋し入砦以来もっとも走らされる事になる
だろうとは、欠片も脳裏を掠めていなかった。
「っはは、そうだな。だが
これっぽっちも羨ましくはねぇなぁ」
「つか超絶ブラックじゃね?」
「あぁ。いかにも四戦隊って感じだぜ」
何とも乾いた笑いを発する
四戦隊古参兵士、自称イケメンズ。
他は一箇所で二日任に当たるのに対し、
サイアス大隊は最低二箇所。移動だけで
4000オッピがほぼ確定。機動大隊より
むしろ大機動隊が的確であった。
「先刻サイアスの語るうちに
『奸魔軍』という言葉が出てきた。
奸魔軍の総大将たる奸智公爵は
サイアスにそれはもうお熱だ。
熱烈過ぎてドン引きする程にな。
よってかの魔とその軍勢はサイアスの
同行に過敏に反応する可能性が高い。
サイアス大隊がアイーダのオアシスに
向かえばそちらに主力を向ける可能性も
また高くなろう。
そうなれば残る二作戦に関わる異形のうち
少なくとも『奸魔軍』に属する連中は減る。
三作戦のうち我らの核心的利益となるのは
『ゼルミーラ』の小湿原だ。次に向かうのが
『グントラム』であるのも、最後まで小湿原
から奸魔軍を遠ざけんが意図による。
そして『グントラム』以降の挙動は不定。
我々ですら判らん。なれば奸魔軍の逡巡は
さらに深まることになろうな」
何の因果か、いや因果ははっきりしている
のだが、とにかく荒野を統べる大いなる
魔が一柱「奸智公爵」に強烈な関心を
抱かれているサイアス。
そのサイアスを合同作戦に係る軍議から
外していたのはこうした采配を踏まえて
のことでもあった。
盗むべき諜報がまだ存在しないのだから
防諜としても利に適うと言えなくもないだろう。
とまれ騎士団上層部の意向に囚われる事なく
サイアスが独自の判断で戦場を駆けるとなると
奸智公爵には事前に手を判じこれを追うのが
困難となる。
追おうにも逃げ回る。
逃げ回ればなお追いたくもなる。
ひらひらと舞う蝶に踊り掛かる猫の如く
奸智公を踊らす事。これが此度の
サイアスの役目であった。
無論ただ舞い踊るわけではない。
独立別個に与えられた兵力を以て成す
剣の舞である。往く先々で敵を斬り伏せ
散々に暴れ倒す事もまた、ほしいままであった。
「要はサイアスとサイアス大隊は
奸魔軍への餌であり囮だという事だ。
無論囮が敵を倒してもそれは一向に構わん。
精々派手に駆け回り、
とことん戦局を引っ掻き回して
連中を混迷の窮みに叩き込んでやれ」
鼈甲飴を舐めていた折以上のニタニタ振りで
左隣のサイアスをチラ見し、豊かな漆黒の
髭を撫で付けるベオルク。
「……フフ、お任せを」
仄かに目を細め実に小さく頷くサイアス。
揃ってチラリと視線を合わせ、
不敵にクツクツと笑っていた。
「魔よりたちが悪そうだなー」
ベオルクの右隣で肩を竦めるデレク。
詰め所に集う70余は
そぞろに苦笑する他なかった。




