サイアスの千日物語 百四十三日目 その七
「副長に不具合が発生したので
暫く編成伝達を引き継ぎます」
抑揚なく淡々とそう告げるサイアス。
不具合の発生した方面司令官閣下たる
第四戦隊副長「魔剣使い」ベオルクは、
今はニタニタと棒飴を舐めていた。
参謀長補佐官となってより城外に出る事の
なかったアトリアが久々の戦陣に合わせ
用意した、それは鼈甲飴であった。
デレクとサイアスに取り押さえられすぐに
魔剣を抜くのは思いとどまったものの。
大ブーイングに憤懣遣る方なきベオルク
としては何ぞ喚き返してくれんと意気込んだ
ものだが、そこにすかさずアトリアがビシリと
口元、というか髭元に鼈甲飴を突きつけた。
「食い物如きでこのワシの怒りが収まるか!」
と吠えつつも取りあえず咥えたベオルクは
「……! ムゥ……
ッフッフ……」
とすぐに大人しくなったのであった。
遥か彼方の東方諸国においては通りすがりに
私綺麗? と問い掛けては斬り殺す、非常に
承認欲求の強い怪異が居ると言う。
その怪異に対峙して効果覿面とされるのが
この鼈甲飴であり、夢中で舐めているうちに
逃げてしまえば宜しかろうという事で
鼈甲飴屋は大繁盛であった。
「此度の合同作戦における騎士団側の展開は
先の合同作戦同様南と北、二正面での
軍事展開を基調としています。
編成や采配についても成功裡に終わった
先の作戦を概ね踏襲し、南方方面軍は
騎士団長及び剣聖閣下が。北方方面軍は
ベオルク副長及び資材部のスターペス師が
その采配を担います。
当戦隊のグントラム作戦への割り当ては
副長の供回りとして11名が参画。
各戦隊派遣の中隊を率いる事となります。
地勢上、主たる戦闘は歩兵でおこなう事に
なるでしょうが、指揮官級は騎馬で赴いた
方が何かと都合が良いでしょう。
戦闘用の大型馬車に5名。騎兵として6名。
輓馬含め換え馬4頭。武具や物資は二日分を。
油と火元は多めが良いでしょう。
飲水も忘れず持参してください。現地で
取水してもそのままでは飲めませんので。
それと河川の眷族の中には強烈な神経毒を
有するものもおります。血清は当小隊で
量産済みです。他隊の分も含め必ず携行
してください」
「おぃおぃ、『はたこ』が出るってのか?」
淡々と語るサイアスに対し、
55名の中から声が上がった。
はたこ。
戦力指数実に42と驚異的な値を示す
この大型かつ上位の眷族が出現したのは
城砦歴107年前半のただ一度きり。
変形し飛翔し神経毒を撒き散らし、
さらには大漁旗をブン回すとにかく派手な
狂気の壊乱振りで数十の猛者を屠った大物だ。
その場に剣聖が居なければ死者は数倍に
跳ね上がっていたであろう、魔を除けば記録上
最高値の戦力指数を有する異形の存在がこの
はたこであった。
上位眷族についての研究は、目撃例の少なさも
あって一向に進んではいない。但し蓋し、数が
極端に少ないか一体きりだと見做されてはいる。
そんな国を滅ぼす大災害に匹敵する存在が
二体以上存在するのも、年を経ずして再登場
するのも。冗談としてもたちが悪すぎた。
「……現状荒野において支配的な勢力は三つ」
だがサイアスは些かも表情を変えず、ただ
淡々と続ける。感情豊かで巨漢なマッシモ
よりも余程軍師然とした趣であった。
「一つは平素より昼夜を問わず独立別個に
活動する各種の異形、魔の眷族。これらは
種族あるいは群れ単位で独自の企図により
行動しています。
次に荒野の支配者たる姿なき『魔』の僕と
なった異形たち。外観としては先述のものと
同様ですが、軍勢として統率され種族を
超えた共闘態勢で行動します。
最後がそうした魔のうちでも『奸智公爵』
と呼ぶ一柱に服従し使役される異形たち。
これらは魔軍全体のためでなく、奸智公爵
一柱の意向の実現のためだけに動く私兵です。
基本となるのは一番目のいわゆる『野良』。
宴が近付くと顕在するのが二番目の『魔軍』。
そしてこれらとは別枠で、平時より奸智公爵
の意向にのみ従い動くのが言わば『奸魔軍』。
グントラム作戦の領域に近接する岩場は
上記三勢力全てにとり格別に重要な価値を
有しています。
野良としての大口手足や魚人のみならず
魔軍として鑷頭や大ヒルが現れ共闘したり、
大駒を好むらしき奸智公がはたこやヒルドラ
を引っ張り出してきても、何ら驚くには
当たらないでしょう」
「いやいや、驚くには当たるだろうよ……」
と異議申し立てる古参兵士なインプレッサ。
これにさらりと応じて曰く
「まぁこちらが積極的に岩場へと侵攻
しなければ。うまくいけば岩場の取り合い
をさせる事ができるかも知れない」
と。
大いなる魔が一柱「貪瓏男爵」を嵌めてのけ、
数々の有意な具申をおこなって騎士団の勝利に
貢献してきたサイアスの智謀軍略の確かさは、
四戦隊のみならず兵団中、騎士団中の誰もが
しかと承知していた。
そのサイアスがそういうならば
何かさらなる策でもあるものかと
「うまくいきそうなのか!?」
と身を乗り出す者は一人や二人ではない。
もっとも
「さぁ?」
とサイアスは小さく首を傾げるのみ。
「オィオマェ……」
嘆息交じりのツッコミが方々で。
「まぁそんな感じで『グントラム』作戦は
良しとして。次に『ゼルミーラ』作戦に
ついてお話します」
周囲の事なぞそ知らぬ風に、
いやよくよく見やればそこはかとはなく
ツンと澄ましてサイアスは語り続けた。
「本作戦はグントラム作戦が開始され現地の
掃討が済んだ辺り。概ね正午頃を目処に
開始されます。
『ゼルミーラ』における展開は大きく二つに
分かれ、一つは小湿原内部に調査用の拠点を
仮設しそこに人手を送り込む事。
今一つはそうした動きを妨害すべく動く
であろう羽牙や魚人といった眷族らを
追い払う事です。
どちらの展開も支城ビフレストに詰める
第一戦隊シベリウス大隊が中心となって
これをおこないます。
シベリウス大隊は元第一戦隊精兵である
100名と平原の西方諸国連合軍より増派
された元トリクティア正規軍100名。
さらに平原からの物資輸送を担う駐留騎士団
としてトリクティア機動大隊やトーラナの兵
を加えた300名弱の混成部隊です。
『ゼルミーラ』作戦へはここから100名が
参画するとの事。ビフレストの北城郭は
石垣と防壁のお陰で地表より相当に高く、
小湿原内部への調査はこの高低差を活かす
形で城内から展開するとの事。
当戦隊との関わりに関して言えば、我々が
直接的にこの作戦のための編成をおこなう
事はありません。
ただし北方河川の眷族の動きや
未だ小湿原に潜む羽牙の動き次第では
増援要請があるかもしれません。
こうした要素への対応は主に比較的近い
位置に展開する『グントラム』作戦の手勢や
『歌陵楼』に詰めるガーウェイン中隊等で対応
する事となるでしょう。
とまれゼルミーラ作戦への動員は
100名を目処としています。総合すると
『アイーダ』に600、
『グントラム』に300
『ゼルミーラ』に100。
以上総勢1000名が本合同作戦の
基幹構成員という事になります」




