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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
953/1317

サイアスの千日物語 百四十三日目 その四

「此度の西方諸国連合軍との合同作戦にて

 当騎士団が担う3つの大規模軍事展開。

 その最後の一つについて説明致します」


これまで概説を続けた軍師は

そう告げると傍らを見やり、

一つ頷いて別の軍師へと交代した。


舌鋒ぜっぽう鋭き饒舌じょうぜつ家、多弁のきわみな城砦軍師が

わざわざ出番を譲る辺り、これはただ事では

なかろうと、55の兵らは気構えを新たにした。



「ではここからは我輩が引き受けよう!」



これまで実にひそやかだったローブ衆。

その一角にこんもりと小山が盛り上がり、

げに暑苦しいローブパツンパツンの大男が

前に出た。すると



「チェンジ」



と営舎全体が一体となって声を発し


「そんなオプションは無い!」


と激しく大男はリラックス、と

言う名のポージングをおこなった。


良きにつけ悪しきにつけ、ノリ的には完全に

第四戦隊風なその巨漢。城砦軍師マッシモは

周囲の思惑なぞどこ吹く風とばかりに

野太い声で解説を始めた。





「さて本合同作戦における3箇所目の

 作戦領域は中央城砦二の丸より北北東に

 700オッピから1500オッピ。


 その形状こそ異なるものの、凡そ

 中央城砦の総面積よりやや大きい程度の

 広範な一帯となっている。


 賢明なる諸氏に於かれては、既に

 お気づきの事であろう。かの『小湿原』

 こそが目的地である。


 ご存知のように我々が『荒野』と呼称する

 その実荒野全体の東端に過ぎぬこの一帯は、

 平原との隣接域にでかでかと横たわる

 大小の湿原によって隔てられ、縦横無尽な

 進軍を阻害されている。


 これは平原の防衛を目的とする我らには

 大層有り難い事であり、この故に中央城砦が

 陸の孤島として機能している。


 だがその一方でこの地勢は、こと兵站に

 関しては絶大なる負荷をももたらしている。

 

 とまれ荒野の城砦における100年の戦い

 において、この大小の湿原は常に不可侵の地

 として存在していた。大湿原に関してはこの先も

 こうした扱いが軽々に変わる事はないだろう。


 だがしかし。城砦の北方に突出しくびれた

 小湿原に関しては、その扱いの転機が到来した。


 従来大小の湿原はその高い毒性を有する

 土壌と水質によりあらゆる陸生生命体の

 侵入を阻み、これに適応した飛行型の

 眷族『羽牙』の牙城となっていた。


 こうした事情は総体としては変わらない。

 だがその一方で南西丘陵の橋頭堡出現、

『架橋』に『魔笛』の両作戦を経て。


 少なくとも小湿原における羽牙の数は

 激減し特に小湿原北東域においてはほぼ

 その姿が見られぬ程に至っている。


 そう。先刻『グントラム』作戦に関連して

 説明のあった城砦西手の岩場と同様に、

 特定の眷族が占有的に支配する領域では

 なくなりつつあるのだ。これがまず一点」



一度説明が開始されると、営舎に詰める

70弱の総員は実に静粛なものだった。

マッシモは自らの声の通りに満足しつつ

さらに野太き解説を続けた。





「次にこれまでの戦歴に伴う諸々の研究から

 当騎士団は一個の生命体としての羽牙の

 特色や大小の湿原の在り様について

 新たに多くの情報を得た。


 それによれば大小の湿原全体における

 羽牙の残数がおよそ900体である事。

 また『羽牙』さらには『縦長』が、かの

 魔『百頭伯爵』の落としである可能性。


 そして大小の湿原はそうした不浄の存在に

 対し高い浄化作用を以て抵抗しているのだと

 いう、一見矛盾した事実へと辿り着いたのだ。


 そう、大小の湿原とは元来泥沼毒沼だった

 わけではない。無数の屍を以て顕現した

 百頭伯爵が繰り返し同地を侵し潜むことで

 腐食し腐敗し腐乱し汚辱に塗れきった地を。


 汚れきった大地を他ならぬ大地自らが

 浄化する、その過程として存在している

 のだという事だ。


 極めて毒性の高い筈の大小の湿原から

 有用な薬草が採取され得るのは、まさに

 こうした事由から来ていたとも言える。


 大小の湿原とは大地の傷口であり、

 悠久の歳月を経ていずれ癒されるべき

 豊穣の地でもあるのだ」





異形の住まう陸の孤島にあって日々人より

強大な異形と対峙し生死を決する城砦騎士団

の兵士らにとり、常に目先の戦闘こそが思案し

決意し突破すべき全てであり、周辺の地理風土

の如きはまったくの埒外らちがいであり論外であった。


但し戦勝が続けば徐々に余裕も表れて、より

よい勝利、よりよい戦果を求め他に目を向ける

余裕も出てくる。城砦歴107年とはそうした

転機でもあった。



「さて話を小湿原に戻そう。


 これまでの作戦で羽牙の数を減らした結果、

 小湿原の持つ浄化作用が魔とその落とし仔ら

 による汚染を上回る事となっているようだ。


 結果として中心部から急速に浄化が

 進んでいるとの報が上がっている。


 大小の湿原のくびれに建造された支城

『ビフレスト』では物見塔から日々こうした

 状況を観測している。


 それによれば小湿原のほぼ中心では、最早

『色が違う』のだそうだ。草や水が平原で

 よく見られるような、或いはそれ以上に

 澄んだ色味を湛えているのだとの事だ。


 加えて申さば支城ビフレストに詰める

 精兵諸君の日々の尽力により、大小の

 湿原のくびれたる泥炭の海がいきおい硬化。

 大湿原側からの汚水の流入も徐々に止まり

 むしろ濾過機能を有しつつあるとの事。


 つまり一朝一夕にとはいかずとも

 本来の速度を遥かに超えて浄化が進み、

 小湿原が我ら人の子にも利用可能な地へと

 姿を変える事となるのは既に自明なのだ」



ここで一旦言葉を区切り、


「で、あるならば」


とマッシモは拳を突き出して



「これを取らずして何とする」



ぐいと引き寄せ不敵にニタリ。

営舎内におぉ、と賛同の声が沸いた。





「小湿原を浄化したのは眷族ではない。

 我々だ。すなわち我々の手柄の地なのだ。

 

 なら我々が手に入れてしかるべきだろう。


 ただしこの地は敵も狙っている。

 恐らくかの奸智に長けた魔は、遠からず

 小湿原が北方河川と変わらぬ水質に戻る

 であろう事を知っていたのだ。


 だからこそ魚人どもを使って往路を潰す

 水攻めの一手をも打っていた。


 もっともあちらの見込みでは数十年、

 或いは数百年単位での大事業であったろう。


 我々は汚れの元を蹴散らす事で、もっと

 手早く済む見込みを得た。ならば先手必勝。

 まずは調査と威力偵察をおこなう事となる。


 無論魔軍としても魚人単族としても

 確実にこれを妨害しにくるだろう。



 宜しい、ならば返り討ちだ。

 三つ目の作戦とは概ねこういうものだ。


 

 城砦南南東方面における作戦『アイーダ』が

 言わば失地回復の一大反攻作戦であり、

 城砦北西方、作戦『グントラム』が言わば

 転ばぬ先の杖だとするならば。


 本作戦は言わば異形とその神を出し抜いて

 再び『退魔の楔』を打ち込む一手なのだ。


 この作戦を『ゼルミーラ』と呼称する」

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