表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
95/1317

サイアスの千日物語 三十二日目 その五

平原の人々の識字率は、総合すると概ね4割程度であった。

平原のほぼ中央にある三つの大国、すなわち北からカエリア、

トリクティアそしてフェルモリアにおいては、地域によって識字率が

7割を超えることもあったが、基本的に、文字の必要性が乏しい

生業の人々がわざわざ好んでこれを用いることは稀で、専ら支配層や商人

あるいは学者役者といった人々が占有的に扱う道具に過ぎなかった。

そして補充兵の大半は、日々の暮らしにおいて文字を

必要としない層から集められていたのだった。


編成の開始を宣言されたものの、補充兵の群れは即座に動こうとは

していなかった。一言でいうと怯んでいたのだ。

これは文字が書けない者たちがそれを恥じて、ということでは無かった。

単に女性教官の脅しが過ぎたため、不首尾があっては命が危ないと

不安に支配されたゆえであったのだが、そこを理解できない

女性教官はさらに脅しをかけてきた。


「……」


無言で補充兵の群れを睥睨し、適当な生け贄を探し始めた。

すると補充兵の群れはまるで一個の生き物のようにさっと下がり、

中央にぽつりとサイアスを残した。一糸乱れぬ動きであった。

この連中、訓練など不要では無かろうか、などと思いつつ、

サイアスは机へ向かってスタスタと歩き始めた。


一番右の机に着いたサイアスを、教官が苦笑しつつ迎えた。

サイアスは会釈し、さらりと署名した。


「結構です。隣の机へどうぞ」


促されたサイアスは軽く頷くと隣の机へと向かった。


「では出自に関する説明を簡潔に記入ください」


サイアスは頷くと、

生国トリクティア、元城砦騎士長である父の受領に伴い

城砦領ラインドルフへ移住。現ラインドルフ領主にして

カエリア王立騎士団従騎士ならびに城砦兵士長、と記載した。


「結構です。隣の机へお進みください」


教官は敬礼しつつそう答えた。サイアスは一礼して次へと向かった。


「こちらは共通語での応答となりますが、

 城砦領出身であれば省略してくださって結構です」


サイアスにそう告げた教官は、最後の机へとサイアスを促した。

城砦では共通語が第一言語であり、城砦領であるラインドルフでは

共通語が母国語ということになる。それゆえこの机まで

進んだものであれば問題なしとの判断であった。


「ここでは軍務に関する適正を見ます。

 貴殿には不要の問いではありますが、補充兵たちの参考とすべく

 お答え願えればと思います」


「問題ありません。宜しくお願いします」


サイアスは教官の言葉にそう答えた。


「では。人が魔と戦う際の注意点をお願いします。

 いくつ答えて頂いても結構です」


「怯まないこと、深追いしないこと。

 実戦後の見解としてはこんなところです」


サイアスはさらりとそう答えた。


「結構です。ルジヌ殿のところへお進みください」


教官はそう言うと女性教官の方を示した。

サイアスは一礼するとルジヌと呼ばれた女性教官の下へと進んだ。


「大変結構です、サイアスさん。

 他の者が一通り済ませるまで、こちらにてお待ち頂きます」


そう言うと、女性教官である城砦軍師ルジヌは

サイアスを自身の脇に留まらせた。小さなどよめきが

補充兵の群れから起こった。


「見ての通り、特別なことをする訳ではありません。

 各自速やかに進んでください」


軍師ルジヌは再度の促しを行い、補充兵の群れは徐々に行動を開始した。

暫し営舎前広場に賑やかさが戻ってきた。小一時間程も経った頃、

補充兵の群れは5つの小集団に編成されていた。


まず、自身の名前の署名ができない集団に30名程。

ほぼ武装しておらず、一般的な村人の類だと思われた。

次に署名はできるが文章の書けない集団に30名程。

ここには志願兵も若干名含まれていた。傭兵や軍人は契約等で

署名する機会もあるため、最低限自分の名前だけは書ける

という者が多かった。


次に母国語の扱いは問題ないものの、共通語の非識字者が60名程。

共通語は平原西方の連合諸国が中心となって用いる言語であるため、

東部の人々には馴染みのない向きも多かった。

とはいえ共通語は三大語を基幹として構築されており、

東方諸国の言語は三大語の派生であることが大半だったため、

母国語への理解があれば識字難度は大幅に下がるといえた。


次の組は共通語の識字に問題はないが、軍務経験のない、

いわゆる「素人」の集団だ。本来ならサイアスもここに居たのだろうが、

数日間の先行した実務経験が功を奏したといえるのだろう。

この集団には概ね60名程がいた。


最後にサイアスのいる集団だ。ここには共通語の使用に問題のない

軍務経験者が集められていた。当然ながら志願兵が中心であり、

傭兵集団からも数名。あとは身なりの良い、恐らくは支配層の

出自であろう人々が混じっていた。


「明日以降の座学は第三戦隊営舎二階の講義室において、この編成で

 行うことになります。今日のところはこの場で全体への説明をおこない、

 さらに各組ごとに注意事項等を説明し、その後解散となります」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ