サイアスの千日物語 百四十二日目 その七
「さてサイアス様の見立てのもう一方だが」
パンテオラトリィのその言葉に
シェドはガバリと身を乗り出した。
「ハハハ、食い付き良いね」
パンテオラトリィは常通り愉快げだ。
「そらもぅ!」
言わずもがなというところ。
無論パンテオラトリィとしてもそれは承知。
要は大した事ではないのだと落ち着かせる
ためのアピールの一環であった。表情以外は。
とまれ件の面を最もよく知る生みの親な
パンテオラトリィは、シェドに分析を伝えた。
「その面が君の意識を眠らせ、詰め所では
意識不在な『君』を独自に演じていた。
そしてサイアス様の邸宅に至って初めて
君本来の意識が『起きた』のだとの仮説。
とても面白い見立てだが
残念ながら不正解だ。
君の意識は居室以降ずっと起きていたし
会話も自分の意思に基いて成している。
つまりお面に意識を乗っ取られたりは
していないんだよ。乗っ取られたのは
君の『身体』だけさ」
「ッハハ、何や身体だけかぃな!
そやったらまぁ別に……
ってどえりゃあ大事ばってん!!」
シェドはこれ以上ないほど完璧な
ナン・デヤネンをキメた。
「クックック、実に素晴らしい芸人魂だね」
「ゲイちゃうで!!
本気と書いてノンケやで!!
じゃなかったマジやでぇ!!!」
今や微笑を通り越し、肩を揺すって爆笑する
パンテオラトリィの対面で、ナン・デヤネン
からゴメンナ・スッテへ。そしてカ・ブゥキ
への華麗なる連続コンボをキメるシェド。
チャンスは確実にモノにするスタイルであった。
「ハハハ! 最高だよ君。
こんなに愉快な人は史上初かもね……」
声を立てて派手に笑い
シェドを絶賛するパンテオラトリィ。
「俺っちレジェンド? レジェンドなの!?」
「勿論だとも! 誇っていい。
君は笑いじゃガラールより上だ。
ポージングは良い勝負だけどね……」
パンテオラトリィはまるでその目で
見比べたように太鼓判を押した。
「そういえば君はこの後
伝令業務があるんだったね。
余り長々と引きとめる訳にもいかない
から、ちょっと端折って話そうか」
ややあって落ち着きを取り戻した
パンテオラトリィはそう告げた。
「君にはご存知の通りだが、その面には
覗き穴も通気穴も付いていないだろう?」
「……えっ」
心底意外そうなシェド。
「付いていないんだよ? それは
完全な『界面』すなわち『境界』なのさ。
まぁ理屈は良いとして。そうであるのに
君は面を付けている際、何不自由なく
周囲を見渡し息をして、飲み食いだって
自在にできている、それは何故か」
パンテオラトリィは一拍置いて
「君と融合し一体化しているからさ。
それは着用者の『顔そのもの』になるんだ」
と語った。そしてそのまま続けて曰く
「その面は着用者の容貌に始まり
意思や記憶をまでを読み取って馴染み
まったく同じ形へと変容していく。
靴や手袋が馴染むと付けている事すら
判らぬほどに感じるだろう? あれに
近いと思えばいいかな。
私は最適化と呼んでいるけれど、まぁ
そのお面にはそうした機能もあるんだよ。
もっともこれをやるには力の源が要る。
それは着用者の魔力さ。当初は魔力が
無かった君も今やしっかり魔力持ちだ。
だからお面が機能しだしたのさ。
そして一度最適化が完成すれば、
お面は着脱可能な身体の一部と成る。
『身体が勝手に動く』を実演もできるわけだ。
正確に言えば着用者の魔力を用いて
一時的に身体の操作を代替するわけだ。
さらに言うと、その『火男面』は
着用者の身的能力の支援に特化している。
風呂を、或いは場を沸かせて他人に尽くす
伝承の火男と同様にね。
ロミュオーにやった『お多福』は逆に
心的能力の支援に特化しているんだ。
まぁ祈祷師向けという事だね」
パンテオラトリィにとり
面の収集と作成は趣味であるため、
実に楽しげに面の解説をおこなっていた。
一方シェドは余りの内容に首を
傾げまくるよりほかに手がなかった。
「居室で起きた時点では、君にはまだ
安静が必要だったというのはまさに
サイアス様の言う通り。
だが安静が必要なのは肉体だけだった。
だからお面が『起きたいという君の意思』
に呼応して、君の身体の操作を預かり、
さながら操り人形の如くに動かしたんだよ。
発端は起きている君の意思さ。
意思自体は乗っ取られていない。
このお面は君自身をどこまでも理解したい
とは思っても、君自身と取って代わりたい
とは思っていないんじゃないかな。
だって君自身を演じるよりも
端から君を眺めている方が
遥かに面白いからね……
大ヒルだった頃の知識や記憶の有無に
ついては、まず保有してはいないだろう。
眷族は魔と違ってガワだけで顕在
している訳じゃないからね……
ベオルク閣下をはじめとする高位の
魔力保有者に対する『見え方』は
外部から操作を乗っ取られそうだという
危機的状況を視覚化したものじゃないかな。
動力源が魔力な以上、そういう事も
ありそうだから。まぁ最後のビジョンは
また別で、きっと『思い出した』のだろうね」
「……何をっすか!?」
「異邦の神を、さ」
パンテオラトリィは
フードの下で薄く笑んでいた。




