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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
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サイアスの千日物語 百四十二日目 その四

東西に長い楕円をした、人の住まう平原は広い。

ほぼ中央を東西に走る、大部分が整備された

闇の時代より在る大街道を、日に千里を往く

という伝説の汗血馬で日々ひた駆けたとて、

優に七日は掛かると言われる。


その西端より以西には平原並に広大な

荒野が在る。異形の巣食う異邦の地だ。


荒野について当代の人が及び知る事は少ない。


世を統べる荒神たる魔の在り処であり、魔を

崇拝し盲従する異形らが巣食う地であると。

かつて荒野より魔の軍勢が溢れ、平原に

おびただしき死をもたらしたのだと把握するのみだ。


魔軍が実際に侵攻し破壊と殺戮さつりくをし尽くした

領域は実に平原の西端より2割程に及ぶ。


いつまた再び暗黒の饗宴「血の宴」の舞台

となるやも知れぬこの一帯は、大半がかつての

傷跡を残したまま緩衝域として放置されている。

これが所謂いわゆる、城砦騎士団領だ。





幸い平原は横長の楕円であり

荒野もまた東部は同様に横長である。


よって魔軍の大規模侵攻は騎士団領を

抜かずして以東の平原を侵す事はできない。

平原西方諸国はこれを頼みとしてその総力を結集。

平原の盾たる城砦騎士団への支援に努めていた。


さて平原の人が知る荒野とは荒野のうちの

ごく一部な東部。以西は依然人跡未踏であり

その詳細はようとして知れぬ。


但し幸いにもここには平原の1割にも迫る

広大な死毒の沼たる大湿原が横たわっており、

軍勢としての魔軍の行動を大きく制限する

ところとなっていた。


大湿原は荒野東端のほぼ全域を塞ぐ形で

存在し、その北方には大なる河川が。

南方には断崖絶壁が走っている。


荒神たる魔とその眷族たる異形らが

平原侵攻を指向して軍を興さんと望むなら、

まずもって一所に大挙集結しなければならない。


荒野の東部においてそれができる場所は地勢上、

南北の隘路あいろと往路を抜けた平原と目と鼻の先。

或いは大湿原の西手前、やや南西の

開けた一帯となる。


如何に格下で餌たる存在といえど、それらの

目と鼻の先で軍容を整えていたのでは勘付かれ

奇襲されるか逃げられてしまう。


よって一見二箇所あるようでいて、魔軍の

集結場所は実質一箇所。大湿原のやや南西と

いう事になる。そしてそうした肝心要の好適所、

その目と鼻の先な絶好の立地に。


西方諸国連合軍は西域守護城砦が一城、

中央城砦を建造し、これを預かる城砦騎士団は

100年に渡り当地を防衛していたのだった。





西方諸国連合軍100万の大軍団による

「退魔の楔作戦」の結実たる荒野の中央城砦

通称人智の境界は、こうして敵地の只中たる

荒野に独り陸の孤島として在った。


役目は徹頭徹尾魔軍への囮。

軍勢としての異形らへの備えである。


もとより荒野に巣食う異形とは、魔の意なくば

個毎種毎と確固に跋扈ばっこする者たちだ。

平素は自らの棲家を遠く離れず互いに

相食あいはみ独自の生態系を築いていた。


つまり魔がそそのかし命じさえしなければ

軍勢を成して平原へ侵攻する可能性は低い。


また個や小規模な群れが独自に騎士団領への

侵攻を指向した場合、それを防ぐ程度の戦力を

残る二つの西域守護城砦や、既に要塞化した

新拠点、トーラナが有していた。


よって中央城砦に詰める城砦騎士団としては

常に軍勢としての異形らへの対応を主眼として

日夜軍務に当たっていた。


未だその生態の全容が詳細まで解明されては

いないものの、荒野に棲まう異形、眷族らは

昼夜を問わず活動し得る。ここ100年の

戦歴から見ても夜行性と見做して差し支えない

程度には夜間の行動が活発であった。


また荒野に在りて世を統べる魔は黒の月、

闇夜の最中に顕現する。こちらは完全に夜行性。

顕現に係る諸々の条件が揃うのは専ら深夜であり

城砦騎士団はこれに対応し夜間、とりわけ深夜に

最大効力を発揮できるよう調整してもいた。


当節平原では季節ともに前後する夜明けと共に

一日が始まるが、魔軍に相対する城砦騎士団

では深夜こそが長い一日の戦いの始まりである。


こうしたわけで城砦騎士団では午前0時より

第一時間区分となる。日付を含む全ての情報や

状況はこの時点をもって更新されるのであった。





第四時間区分半ば過ぎ。

午後10時にシェドは四戦隊の営舎を発った。

無論軍務だ。飛ぶように軽やかな足取りにて、

目指すは本城中枢区画、中央塔。


来る第一時間区分に彼の地で発行される、

翌朝からの大規模作戦の指令書受領が目的だ。


第一時間区分に限らず、各時間区分毎に発行

される諸々の定時連絡は、基本的に中央塔や

付属参謀部の人員が各戦隊へと届ける。


但し中央塔や付属参謀部の人員はそもそも

戦闘員どころか兵団員ですら無い事が多い。


中央塔は平原西方諸国連合より任期を以て

派遣されてくる王族である、城砦騎士団長の

在所であり、王族たる騎士団長が一時的に

貸与される所領でもある。


よってここに詰めるのは平原より随行してきた

家臣団を中心とする、騎士団長個人に直属する

人員が専らとなる。付属参謀部構成員も含め

これらは兵団員数には含まれず、戦力としても

計上されてはいないからだった。


彼らの中には騎士団長が出陣する際、共に

荒野の戦地に立つ者も居る。だが一方で

王族の身の回りを世話する事のみを担う

完全な非戦闘員も多い。


本城を一歩出れば施設間には屋根がない。

可能性としては低くとも飛び入りの羽牙が

襲い来ること、なきにしもあらず。


さらに何より彼らは歩みが人並である。

重要かつ危急な案件は各戦隊の伝令が

自ら取りにいった方が手早く済む。


そこで定時連絡に常ならぬ要素が見込まれる

際には各戦隊の伝令らが中央塔1階広間にて

事前待機し、書状の運搬を引き受ける。

そういう習慣になっていた。


従来第四戦隊ではこうした場合、ベオルクや

デレクの供回りが伝令代わりに派遣されていた。


だが最近ではほぼシェドが専任するところと

成っていた。平素の言動はともかく伝令業務に

おけるシェドの評価は非常に高く、戦隊全体の

在り様に関わる特務周りの案件の授受を

任される程の信頼を勝ち得ていたのだった。


本城中央塔から内郭の各戦隊営舎へは

伝令の足で片道10分程度を見込む。よって

諸々の書状の発行と受領を目的とするなら

予定時刻の30分前で事足りる。


にも関わらずシェドは2時間前に営舎を出た。

理由は彼の愛用する火男面にあった。





現状この火男面はシェドに対し非常に好意的で

協力的である。此度シェド当人に成り代わった

のも、シェドには未だ安静が必要だったという

やむにやまれぬ事情がある。


シェドとしては重々それを承知し実の所

感謝さえしているのだが、肝心の入れ替わりが

シェド当人の預かり知らぬところでおこなわれ、

またシェドの意思では元に戻し得ぬとなると

面の気まぐれ次第ではそのまま乗っ取られる

可能性もある。


それは流石にまずかろうというで、一度現状を

面の作者たるパンテオラトリィに見定めて貰い

対処や今後の扱いについて助言を頂戴しよう、

とそういう次第なのであった。

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