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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
942/1317

サイアスの千日物語 百四十二日目

翌日、シェドは珍しく寝坊をした。


平原にいた頃は腐っても王族という事で

離宮の用人が居室まで起こしに来ていた。


シェド当人としては何もやる事がないため

取りあえず起きた。起床と就寝の指示――

その実暗殺対策業務の引継ぎの一環だが――

にさえ従っていれば後は一切関知されず、

改めて存分に引き篭る事ができたからだ。


荒野の城砦に至ってからは、訓練課程より

ずっと相部屋のランドが恐ろしく時間にうるさ

何があっても必ず定時に叩き起こしてくれる

ため寝坊の余地がゼロ。


ひとたび起きたその後は、講義だ訓練だと

盛りだくさんな上何より同世代の人々と

触れ合う機会があるため、寝入るのが勿体無い

とばかりにしきりにはしゃぎたわむれていた。


そしてサイアス小隊へと参画し一兵士と成って

からは自らの成すべき使命、すなわち任務を

与えられ、それが嬉しくて益々励んだ。

平原での10数年の空虚を埋め尽くすように。





だがこの日シェドが異様にすっきりした

目覚めを迎えると既にランドの姿はなく、

採光用の小窓から差し込むのは日差し。


寝台に寝そべった姿勢のまま戯画の如く

垂直に飛び跳ねて慌てて玻璃の珠時計を探し

時を確認すると何と第三時間区分の半ば、

概ね午後四時半といったところ。


特務のない時期、シェドの平素の起床は

第一時間区分の終盤、午前の四時半辺りだ。


半日寝過ごしている。その衝撃の事実に

思わず目玉が飛び出るほど――火男面の目玉が

蝸牛の角宜しく実際に飛び出たのを余人に目撃

されずに済んだのは幸いかも知れぬ――驚いて

シェドは大慌てで飛び起きた。


そして帰境中トーラナにて赤の覇王の

圧倒的武威による監修の下刷り込まれた

人並の小奇麗さを保つ身支度を整えたのち、

取りあえず部屋を出た。


第四戦隊営舎の背骨の如き長い通路。

本来なら対面には兵士長用居室の扉だが

今は塗りこめられた壁しかない。シェドは

キョロキョロと挙動不審に左右を見渡した。


サイアス邸の扉は閉まっていた。

中に大勢居るのは間違いないだろう。


だが命知らずの集うこの荒野の城砦でも

用もないのにこの邸宅を訪れるのは

一家の身内くらいなものだ。


サイアス小隊構成員たるシェドとしては

用が無いとは言えぬものの迂闊うかつに動くと

命が無いためここはひとまず敬して遠すべき。


自室隣のランドのアトリエは施錠されており

ノックに反応も無かった。どうせ資材部だろう。

ランドに一緒に怒られて貰う作戦は没となった。


かくなる上は食堂か詰め所に退避だ。

そう判じシェドは何故か腹減りがないため

忍び歩きで詰め所を目指す事にした。





「ち、ちわーっす……」


恐る恐る、おっかなびっくり大扉を開け

詰め所へと足を踏み入れたシェドは、

視界がぐにゃりと歪むような錯覚を覚えた。


慌てて目をしばたかせ首を振るシェドに



「ほぅ、ようやく起きたか」


と営舎入り口付近から愉快気な低音が響いた。

本城中央塔での軍議を終えて戻ってきた副長

ベオルクと供回りがそこにいた。


漆黒の鎧に身を包み魔剣を佩くベオルクの

その姿はともすれば数倍の巨大さに膨れ上がり

闇色の津波と青白い炎が詰め所を覆い尽くすか

の如くに感じられ、シェドは思わずぐらついた。



「……フッ」


ベオルクはその様にニヤリとして詰め所奥、

平素陣取る指揮官用の卓に陣取った。


「おちかれ様でーす。

 そろそろ決まりましたかねー」


と手元の書類に始末を付けつつベオルクを

待ちうけるデレク。こちらも総身より時折

ずわりと強烈な烈風が吹きすさぶようであり、

それをこっそりと隠す風でもあった。



「次の定時連絡で寄越すとの事だ。

 秘密主義も大概にせよと

 怒鳴り付けてはおいたぞ」


「っはは、そりゃ気の毒な」


「知らんな。それより茶だ。

 お前はどうだ」


「良いですねー。なんでも

 キンツバってのが手に入ったとか」


「ほほぅ」



殆んど世間話を交わすだけの両者から

沸き起こる威圧感に眩暈めまいを覚えつつ、

シェドは助けを求めるように

近場の者らを見やった。





営舎詰め所、居室への通路ほど近くには

先日散々世話になった自称イケメンズの

うちインプレッサが居て、新米な騎兵らと

和やかに談笑していた。



「あ、インプさん!

 昨日はどうもっす!!」


「悪魔みてぇな呼び名やめれ!

 ズバリストと言え!」


「ふぇっふぇっふぇ! 

 さーせん…… ってかこっちもかょ」



インプレッサに挨拶したシェドの勢いは

竜頭蛇尾とばかりにすぼんでいった。



「あぁん? 何をビビって……」



インプレッサはいかつき顔をさらに厳しく。


「ははぁ、成程」


とニヤリとした。



「何が成程なんすか!?

 てか俺っち寝坊しちまってヤヴァいす!

 首ねられるだけで済むかどうか……!」


「首刎ねられたらくたばるんだから

 後のこたぁどうでもいいだろ」


「よかねぇずら!

 生き返れんくなるやん!」


「お前の死体にゃ心臓に杭打って

 聖水を撒かにゃならんのか」


「にんにくは大好物やで!」



徐々にテンションの戻るシェド。


そこに奥からベオルクが声を掛けた。



「昨日の戦技研究所での激戦を経て

 お前は晴れて『剣士』と相成ったのだ。


 お陰で他の剣士剣客らの強さが多少

『見える』ように成ったのだろう。


 サイアスらを見て腰を抜かさんようにな」

 


ベオルクはそう告げクツクツと笑い、

再びデレクとの打ち合わせに戻った。





戦闘技能値3。極限状況においても

卒なく技を繰り出せるこの境地に達した

者には「士」との名乗りが許される。


シェドは昨日できそこないの絡繰相手に

9度仕合った。異形そのものでないとはいえ

異形と同じ力もつ絡繰相手の死闘はシェドに

並の訓練では到底届かぬ成果値を授けた。


技能値が2から3に至るのに必要な成果値は

400点。一方一度の訓練で得られる成果値は

「師事」かつ「特訓」でも30点弱が限度だ。


シェドは過日サイアスがおこなった剣術教導

によって必要成果値を1割減少させる「秘訣」

を習得している。


さらに剣術技能値が2に成ったばかりの状態

ではなかったとしても、3に至るには矢張り

数百点の成果値は要ったろうと思われた。


ではそれはどこから手に入ったのか。

考えられるのは眷族相当の戦力を有する

絡繰との模擬戦闘による経験点だ。


眷族との戦闘に臨み生還した際に――

必然的に勝利して――得られる経験点は、

獲得時に用いた技能の成果値へと換算する

事ができる。これが有用に働いたものだと

考えられた。


眷族撃破で獲得できる経験点は概ね

当該眷族の戦力指数に20を掛けた値となる。

昨日の絡繰は戦力指数3.04相当。よって

一戦あたり60点。これを9度で540点。


絡繰は眷族そのものではないし、模擬戦は

飽く迄模擬戦に過ぎない。実戦そのものと同じ

数値が入る事はないだろう。だがシェドは昨日

の戦闘に自らの全てを賭けて臨み、そして遂に

勝利で終えた。



――俺にだって、大事なものや

  守るべきものがあるんだ――



そうしたシェドの渾身こんしんの熱意が実戦に限りなく

近い状況を生み出し、結果特訓分と戦闘分を

合わせ数百点の成果値を獲得するという結果を

勝ち取った。そういう事であった。 

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