サイアスの千日物語 百四十一日目 その十二
「さて、素手でも眷族に勝てそうな
マッチョ族はともかくとして、だ」
四戦隊古参兵士な自称イケメンズの一人。
腕の確かさは折り紙付き。されど
顔の確かさは自称に留まるインプレッサは
シェドへの指導を再会した。
「俺ら非力な人の子が片手で持てるような
盾ごときじゃ、精々片手武器程度しか
防げやしねぇんだよ。
矢ですら防げるか怪しいもんだぜ?
……丁度いい、試してみるか」
インプレッサは観覧席を仰ぎ見て、後ろ手で
浅く座席にもたれ、前の座席に足を乗せて
これでもかと寛ぐラーズに声を掛けた。
「毎度の事ながら凄ぇ寛いでんな……
まぁ良いや。お前、今弓持ってんのか?」
「そりゃ勿論」
姿勢そのままに笑うラーズ。
毎日弓を引かないと死んでしまう病、を自称
するラーズとしては、大抵弓を携行していた。
もっとも四戦隊の営舎内では合成弓ではなく
弦楽器の弓で済ませていたし、最近は剣のみ
佩いて馬場や食べ歩きに出向く事も増えていた。
「んじゃちょっと盾を真上に
放るから撃ってみてくれ」
「ほぃ、了解」
快諾するも姿勢はまったくそのままなラーズ。
インプレッサは苦笑しつつ盾の表面が
ラーズを向くように宙高く盾を放り投げた。
ラーズはなおも姿勢そのままに
手だけ手早く動かして無造作に弓を。
放たれた矢は過たず盾に突き立って
盾ごとインプレッサの手元に落ちてきた。
インプレッサや自称イケメンズは
ヒュゥと口を鳴らし、降って来た盾を
シェドへと手渡した。
「アカン! 貫通しとるがな!」
と慌てるシェド。
矢は羽根付近のみを残して
ホプロンの裏へと飛び出ていた。
「今回は撃ったヤツの腕がアレ過ぎたが
まぁ矢なら半々程度。手槍ならほぼ
確実に裏まで飛び出すぜ。
手持ち部分だきゃあ鉄身だから保つ。
だが基本的に
『盾で止まるのは片手武器だけ』
だと思っとけ」
とインプレッサ。
盾の材質は手で持つ部分の裏側に当たる
中央部のみ金属製。帰結として拳大の盾である
バックラーが総金属製である事を除けば、他は
木または布や皮革を主材料としていた。
木や布、皮革製といっても軽くはない。
両の拳を胸前でつき合わせ、左右に張り出した
肘までの直径を持つホプロンですら優に片手剣
2本分以上の重みがある。
仮にこのホプロンの総身を金属で作ったなら
重量は甲冑に迫るものとなる。両手を用いても
構える事すらままならず、敵に合わせて振るう
どころか歩く事すらおぼつかず。運搬のみで
疲労困憊し戦うところではないだろう。
人が手に持って用いる以上、そして片手で
用いる以上防げるのは片手武器で発生させ得る
打撃のみ。さらに言えば時間を掛けて押し込む
力である「力積」を盾単体で相殺するのは困難
なため、別途使い手の重量と膂力が肝要となる。
要は手持ちの盾なるものは人同士の戦ですら
防備を担うには余りに脆いという事だ。
「人よりゴツい異形らの一撃てのぁ、人の
胴回り程な丸太で助走付けてぶん殴る
ようなもんだからな。
2発も保てばぶっちゃけ御の字だぜ?
真っ向正面で受け止めて何とかなるのは
マッチョ仕様の壁そのものなヤツだけだ。
俺らの盾は金魚すくいのポイと同じ。
ちょいと金魚がビチりと跳ねりゃ
途端に破けちまう軟弱な代物なんだよ。
だがそんなショボいポイであっても
きっちり金魚をすくえるわけだ。コツは
『敵に面を向けない事』
だ。ポイなら水面に対し斜め45度。
角度を付けて水中に滑り込ませ、金魚の
側面を輪っかの部分で重みを支えてすくう。
暴れる尾鰭だけ外に外すとなお効果的だぜ。
盾も発想としちゃ同じだ。割れ易い面は
補助程度に考えて、一等硬い縁を活かすんだ。
盾を縦にして縁を敵に。相手の左肩辺りに
突きつけるように構える。そうすりゃ視界を
塞ぐことはねぇし、面で身を庇いつつ出鼻を
縁で潰せるわけだ。
あとは意識改革だな。手持ちの盾ってのは
『待ち受けるんじゃなく潰しにいく』
もんだ。つまるところ、
『盾は防具ではなく攻撃の補助具』
だってこった」
インプレッサは一旦言葉を切り、
シェドの様子を確かめた。
「ほ、ほほぅ、にゃるほろ……」
シェドは腕組みし首をもげそうなほど
左右に交互にかしげていた。どうやら情報量が
多すぎたらしく、混乱の窮みにあるらしい。
「お前確か、やけに上等な
レイピア持ってたろ」
とシェドに問う別の自称イケメンズ。
サイアスから三人衆揃いの銘剣ウルフバルト
を買って貰うまで、シェドは細身の長剣を
腰に佩いていた。少なくとも兵士の装備では
ないと判る美麗な品であり、周囲はそれとなく
シェドの身分を察してはいた。
「叔母さんの手作りやで!」
「叔母さん?
……って赤の覇王か? マジで……」
自称イケメンズは呆気に取られた。
鉄器をもって四隣を制し興ったフェルモリア
大王国。「丘の鍛冶屋」との古い呼び名を持つ
王族の祖とは鍛冶師集団であり、その直系たる
赤の覇王が手ずから打ち鍛えた剣ともなれば
果たして如何ほどの値が付くものか。
自称イケメンズらは軽く眩暈を覚えつつも
「ならレイピア&ダガーとか知らんか」
細身の長剣たるレイピアの操法では、
近間の隙を補うべく寸の長めな短剣を
併用するのが専らであった。
併用の短剣は籠状の護拳を有していたり
片刃で峰が鋸歯状であったりと防御に特化した
作りである事が多く、持ち手そのままに「左手」
と呼ばれる事もあった。
「知っちょおよ!
つかそれしか知らんかったし」
「なら話は早ぇ。盾ってのぁ
平べったいマンゴーシュだと思え」
「おぉぅ、にゃるほろ!」
シェドはこれで色々得心が言ったらしく、
早速自称イケメンズを追い払って
三戦目に挑戦する事となった。




