サイアスの千日物語 百四十一日目 その九
「さてと。ほいじゃ
動かす前に一応おさらいだ」
自称イケメンズがそう語った。
アグレッサーコースに用いる開けた部屋。
戦闘に用いられる平坦な中央部は概ね
3オッピ四方。武器を用い機動しつつ
1対1でやり合うには手頃な広さだ。
言わば舞台な中央部に対し、外縁部は
半オッピ程高い。そこに観戦観測用の席が
設けられており、絡繰の操作を担当する以外の
自称イケメンズやランド、ラーズが居た。
中央部のさらに中央に模擬戦闘用の装備に
身を包んだシェド。対するできそこないの
絡繰は中央部の壁際で待機していた。
筋肉舞踏祭では中央が高台。こちらは
周囲が高台だ。室内闘技場といった趣であった。
「これからやるのはアグレッサーコース。
対戦相手は水準的な『できそこない』だ。
陸生眷族の中じゃ最弱な連中だが
それでも城砦兵士よりゃ格上となる。
兵士長ならようやく互角ってとこだな。
体長半オッピ強、四足歩行。
申し訳程度に翼がついちゃいるが
並の個体は飛翔しない。並の個体はな」
やや冷笑気味に語る自称イケメンズ。
並ではない個体に関しては雄大な翼を
活かして飛翔滑空する例もある。
魔笛作戦でロイエらが対峙した一隊の
指揮官などがまさにそうであった。
自称イケメンズの脇にはローブ姿もある。
どうやら参謀部より出向の軍師らしく
数値的な補足を担った。
「種族の水準的な個体においては
身的能力5種のうち膂力体力体格が20。
器用敏捷が10と15程度となります。
また有意な戦闘技能としましては
角や体躯を活かした『体当たり』
及び前肢を用いた『薙ぎ払い』。
意外といって良いのかどうか。
『噛み付き』を用いる事は極稀です。
前述2種は技能値4相当。人で言えば
一流の水準ということになります。
水準的な戦力指数としては3.04。
これまでに確認された最も強い固体では
6.3となっています。
この個体は先の魔笛作戦において
サイアス大隊ロイエ中隊が遭遇・撃破。
飛翔・滑空したとの報告を受けております」
ヒュゥ、とラーズが口笛と鳴らした。
当日歌陵楼上から、ロイエがこの個体と
真っ向対峙し斬って落とすところを
ラーズは具に目撃していた。
「ッハハ、流石はうちの副官殿だな」
「数値でまざまざと見せ付けられると
二度と逆らう気になれなくなるね……」
「ザ・荒野の女だな。くわばらくわばら」
ラーズとランドはそう笑い、
自称イケメンズは全力で引いていた。
「コホン…… ともあれ今回用いる絡繰では
戦力指数3.04を再現しております。
またシェドさんの戦力指数は装備加算を
除いて3.72ですので対戦に支障は
ないものと思われます」
軍師はこれで補足を終え、
自称イケメンズが引き継いだ。
「前置きは以上だ。
それじゃ戦闘開始だぜ」
開始を告げる声と共に、
戦況は一気に動き出した。
舞台の端に在ったできそこないの絡繰が
猛速度でシェドへと突進し、まずは勢い
そのままに。雄山羊にも似た角を突き出し
体当たりを敢行した。
「ひょおっ! いきなりかよ!」
シェドは軽口を叩きつつ
大きく飛びのき難なくこれを回避した。
シェドが回避し着地した先には既に
さらなる突撃が迫っていたが、こと回避に
関してはシェドの技能値は6。さらに驚異的な
身体の柔軟性による上方修正をも有している。
稲妻の如き連続体当たりを難なくかわし、
迫る敵を眺めたシェドは
「ぬぁ、そういう仕掛けか!?」
と驚きの声を発した。
シェドの対峙するできそこないの絡繰の
下半身の先、尾に当たる部分はそのまま
無骨かつ頑強な金属の腕部となって
中央部外縁の壁に繋がっていた。
要するにできそこないの絡繰とは
卓越した柔軟さを再現する機械腕の末端。
つまりは超弩級のネコじゃらしであった。
もっともおそろしくむくつけき容貌を有し
地に足ついて前肢を振り上げ薙ぎ払いをも
繰り出すおそるべきネコじゃらしだ。
おかしみを感じる余裕などシェドにはなく、
緩急交え次々と繰り出される必殺の一撃を
ひらりひらりとかわすより他に何も成し得ぬ
状態であった。
避けるだけなら問題ない。だが
避けるだけでは勝てないどころか
あちらは機械、こちらは生身。
着実に疲労が蓄積し、ゆくゆくは
稲穂よろしく刈り取られる事だろう。
何とか攻撃を当てなければならない。
だがこと攻撃用の剣術は技能値2。
実戦で卒なく技を繰り出せるものの
互いに機動する中で的確に当てるには
今一つ、いや二つほど足りぬ具合であった。
何よりシェドは回避を最優先する余り
実に大きく飛びのいており、その状態から
攻撃に繋げようにも距離遠く、詰める間に
次がすっ飛んでくるので迂闊に寄れず。
シェド的にはお手上げの状況であった。
とまれ何とかせねばどうにもならぬ。
そう考えたシェドは敵の攻め手が二手を
超えて連続する事がないのに気付き、
二段目を浅く避けつつ盾で止め、そこで
攻めに転じようと決意。
企図するうちにも早速攻め手が来たので
手早く実行にうつし、一手目の体当たりを
避け、ついで飛来する薙ぎ払いを盾で
受け止めた。
ゴシャッッ!
衝撃音と破壊音が入り混じり鳴った。
シェドの盾は薙ぎ払いを受けて半壊。
シェド当人は激しく後方へと弾かれていた。
殺到する薙ぎ払い。着弾による衝撃。
そしてあっさり半壊する頼みの綱の盾と
吹けば飛ぶように弾かれた自らの身体。
特に衝撃がいけなかった。
これまでの人生でおよそ経験した事のない、
自らを破壊し喰らうための圧倒的な暴威。
これにより予測も予定も予断もすべて一瞬で
吹き飛んで、シェドは頭の中が真っ白に。
自慢の足も竦み止まってしまった。
茫然自失とする中追い討ちで迫る
できそこないの絡繰。ずわりと持ち上がる
ゴツゴツとした上半身。そして迫り来る
さらなる薙ぎ払い。シェドはそれらを
ぼんやりと、ただぼんやりと見つめていた。
回避しようにも足が、身体が言う事をきかず。
辛うじて上げた盾ごとモロに貰い、シェドは
再び吹き飛ばされ、ロクに受身も取れず
派手に地に弾み、転がった。
1オッピ≒4メートル




