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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
931/1317

サイアスの千日物語 百四十一日目 その三

城砦騎士団構成員のうち兵団に属す戦闘員。

城砦歴107年261日の時点で概ね

1400名な彼らは4つの階級に大別される。


兵士提供義務に則り、或いは自ら志願して

平原を出立し敵地の只中な荒野へと至った、

新たなる魔軍への人身御供らを総じて

補充兵と呼ぶ。


城砦騎士団では原則的に、この段階の兵を

戦闘には用いない。補充兵は中央城砦へと

到着した翌日より第三戦隊に仮配属となり

訓練課程に移行する。


期間は最長20日間。この間は荒野の死地に

在ってなお、直接死に臨まぬ最後の安寧の

一時である事から「最後の猶予」と呼ばれる。


もっとも飽く迄原則だ。中には城砦入りする

道中で対異形戦闘に参加する者や、入砦式前の

客分ながら特務に参画し武功を上げる者もいる。


非常識の地に非常識な人材はむしろ付き物

と言え、そうした突飛な連中は第四戦隊に

集いがちではあった。





とまれ補充兵とは兵団の最下層に当たり

兵にして兵未満の存在である。これらは

訓練課程最終日の配属式を経て城砦騎士団

の各戦隊へと編入される。


こうして補充兵は新兵となる。新兵とは

荒野の死地にて兵士足りうる最低限の準備を

終えた者らの事であるが、この新兵が実際に

「使える」かどうかはまた別の話となる。


つまり平原に住まう人の社会の知識や経験なぞ

まるで役立たぬ人智の外なる闇の異形らと対峙

して、茫漠たる不可避の恐怖に曝されて。


それでもなお「戦える」者ら。戦い勝って

自らの明日を掴める者らを城砦兵士と呼称する。


城砦兵士とはこの通り英雄的存在の末端であり

言わば勇者の卵たちだ。対異形戦闘をこなし

曲がりなりにも恐怖を克服して、言わば自らを

戦力として証立てたこの時点ではじめて

戦力指数が発生し一人前と見做されるのだ。


逆に言えば、4つの階級のうち下の2階級を、

城砦騎士団では事実上「兵士」と見做しては

いないのだった。


補充兵は余程不運か余程の跳ね返りでなければ

新兵にはなれる。だが新兵が眷族らとの実戦を

経て兵士となれるのは高く見積もって6割程。


また新兵のうちは無駄死にとなるのが自明な

ため投入を避けられる「宴」が遅くとも年に

一度程度の間隔で起こる。宴を経て生き残る

兵士はやはり高く見積もって6割程と目される。


つまり平原より荒野へと送られた人の子ら

のうち、大多数は一年を待たずして死ぬ。

そういう事であった。





さていずれにせよ城砦騎士団から「使える」

との評価を勝ち得た城砦兵士には、騎士団

から認識票と地図が与えられる。


認識票は魔力を以て加工された希少金属と

宝石を組み合わせた豪奢なもので、装飾品

としても大変に価値が高い。


古今東西、戦に臨む戦士らが美々しく装うのは

凡そ常識であり、筋骨隆々たる無骨な者でも

武装以外の煌びやかな何かを身に付ける事が

多かった。表に曝す事は稀なものの、認識票

とはそうした役目をも果たす一品であった。


さていまひとつは地図である。血の宴による

文明破壊を経た結果、人が直に住まう平原すら

その地形を俯瞰的に把握している者は少ない。


その最大の要因は優れた地図が散逸した事が

大きく、各地各国の支配層を除いたならば

地図なるものを生涯目にせぬ者も多かった。


また現存する地図自体も平原中央及び東西の

諸国あたりは十二分な精度を有するものの

辺境となる騎士団領あたりは不明瞭かつ不正確。


荒野ともなれば異形らの棲家という以上に

把握している者はごく稀なのであった。





ただ、これには西方諸国連合及び騎士団に

とっては都合の良い面もあった。


兵士提供義務の名の下に、西方諸国を

中心とした各地より辺境たる騎士団領の

都市アウクシリウムに集められた補充兵ら

が脱走する危険を低減できるからだ。


地図のない、方角すらロクに判らぬ辺境で

はぐれたならばその時点で死は遠からず。


さらにそれが魔の統べる、異形の巣食う荒野

ともなればそれはもう、死に物狂いで群れに

留まろうとするわけだ。


そうして陸の孤島へ着いてしまえば

後はもう、観念するより他はなし。


土地勘がなく地図もない人跡未踏の地とは

それだけで想像を絶する程に死地なのだ。


城砦騎士団が死線を超え城砦兵士となった

者らにかくも希少で重要なる地図を与えるのは、

単に戦闘状況に資せしめんがためではなかった。

城砦兵士なる存在への賞賛と信頼の証なのだ。


荒野の死地にて生き抜く覚悟と能力を得た者に。

不退転の決意を以て戦い抜かんとする勇者らに

対し、最早故郷への道を隠す必要などない。


むしろ思い出の地を忘れぬために。

死地にて戦う意味を忘れぬために、

一個の宝として心の拠り所として与えられる。

認識票や地図はそうした意味合いが強かった。





さて、いと死に易き人の子の兵士らが

歴戦を経て死地に適応し凡そ人を超えた

何者かに近付かんとする兆しを見せた際。


すなわち乗算の基である戦力指数を

1から3へ。実質戦力として9倍伸ばし

紛う事なき勇者と相成った際。


城砦兵士は彼らを束ねる立場の兵士長と成る。

兵士長には前述の二品に加えて、平原では

支配階級の特権の一つでもある時を

統べる術が与えられる。


すなわち「玻璃の珠時計」だ。魔術的な機構を

組み込んだこの逸品は実のところ、等級が

付かぬものの魔具である。平原では王侯

ですら所有の難しい品であった。


とまれ城砦騎士団のうち兵団の最上位の階級に

属する城砦兵士長には、認識票と地図そして

玻璃の珠時計が授与、いや贈呈されるのだ。

これらを「兵の三宝さんぽう」などと呼ぶ事もあった。


兵団にはこれら4階級とは別枠として

第四戦隊兵士長と兵団長という他に優遇する

立場があるが、これらは役職としての意味合い

が強かった。


現状どちらも1名ずつ。このうち兵団長に

対しては特典として個人旗が与えられていた。





サイアス小隊の属する第四戦隊では、

戦闘員は全て兵士長以上の階級にあった。

さらに後数日でどうやら解任となる見込み

が強いといえど、サイアスは兵団長であった。


その邸宅には兵士に与えられる荒野の地図を

戦略・戦術構築用にさらに詳細化し書き込み

可能とした紙の戦域図が多量に備蓄されていた。


サイアスはそのうち一枚を書状と供に

卓上に置き、紙面に羽ペンを滑らせて

適宜補記し説明を開始した。



「『架橋作戦』の後。すなわち南西丘陵の

 魔軍の拠点と騎士団の大小の湿原の狭間の

 拠点が共に完成し両者の間で新たな防衛線が

 確立したのは知っていると思う」



サイアスは中央城砦と南西丘陵を線分で結び、

南西丘陵の北東に在る奇岩群の北東端を

かすめるようにして線分と垂直に走る、

北西から南東へと伸びる直線を引いた。



「当初はこの線で見ていたけれど、実際は

 魔軍の有する兵器らしきものの射程を

 加味し、この辺りが最新となるだろうね」



サイアスは北西から南東へと伸びる直線を

魔軍の音響兵器の射程分、城砦側へと寄せて

もう1本引いた。



「この線で判るように

 城砦の西手に広がる岩場の何割かが

 魔軍の防衛線の外側に出ている。


 いくらかを緩衝地帯と見込んでも

 岩場のうち城砦直近は完全に

『こちら側』の領域となっているわけだ」



サイアスは中央城砦のすぐ西手にある、

南北に走る低い平地「回廊」と接する

岩場の東側の一部を丸く囲んだ。



「もとよりこの岩場は眷族『大口手足』

 の縄張りとして知られていたのだけれど。


 宴の折『闇の御手』討伐のために同地を

 踏破し西へ抜け、また『架橋作戦』の際

 南西丘陵の魔軍が出した湿原への増援を

 同地で殲滅した剣聖閣下らの言によれば。


 昨今は大半が南西丘陵側へと移動した

 せいもあってか同地の大口手足の数が

 随分と目減りしていて、少なくとも

 城砦直近であれば『取れなくはない』

 状況にあるそうだ。


 そこでこの一帯を完全に『こちら側』

 にすべく順調に殲滅が進められている」



おぉ、と少なからぬ嘆息があがった。


これらはサイアスが大隊を率い魔笛作戦を

敢行していた頃、別働していた剣聖率いる

二戦隊主力部隊による成果であった。



「来る合同作戦における西の一手とは、

 この岩場への侵攻と制圧という事になる」



未だ具体的な要素は提示されぬものの、

先の架橋作戦に続く攻勢とも成り得る。

一家や肉娘衆はこれを大いに意気に感じ、

不敵な笑みを見せていた。

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