サイアスの千日物語 百四十日目 その七
デビルたん。
その響き、その意味するところを反芻した
サイアス邸広間に集う面々は実に形容し難い
表情となった。そうした彼らのめいめいの想い
を敢えて集約するならば。
「何だその…… 怖ぇんだか
怖くねぇんだかよく判らねぇのは」
とのラーズの言に等しかった。
「ぃぁまぁなんちゅーか!
俺っちに言われても困るけども!
あぁでも確か、イモの一種らしいで!」
とシェド。
「芋…… 元は地下茎という事か」
シェドの応えに頷くサイアス。
幼少より博物誌を読み耽ったサイアスは
当代でも博識な部類に入った。もっとも
鉱石程に通暁している訳でなく、デビルたん
なるイモへの見識は無かった。
一方「地下茎」なる語を知らぬシェドは
両の掌を広げて下へ向け、両の親指を
交互にサイアスへと押し出すようにして
「ヘイYO! 何やそれカッケイ名!」
と実にリズミカルに問い掛けた。
周囲は早速イラっと来たが
サイアスはまるで動じる事なく
「根っこ」
と淡々と手短に。
「おぅいぇ! ねっこでねこじゃらしぃ!」
シェドはなおもジェスチャーした。
そして左右からランドとラーズに
睨まれて連続ゴメンナ・スッテに繋げた後
「そうじゃったそうじゃった。
わしゃぁすっかり思い出したわぃ。
『デビルたん』いうのは地上部分の見た目で
アレ自体はその根っこ汁を固めたヤツやな。
色は灰色の方が多かった気がした」
と知る限りを洗いざらい白状した。
「『デビルたん』、この本に載ってたよ!
別名『象の足』だって。栄養はほとんど
ないけど食べても太らないって書いてある」
ベリルがヴァディスに「貰った」参謀部資料室
禁帯出の稀覯書「神魔本草綱目」を参照し
そう補足した。
「ふむ、すると間違いないようですね……」
とディード。
成程南蛮渡来の類であったかと自身の
よく知る姿でのデビルたんを想起し曰く
「東方諸国ではアレを
『にゃんこく』と呼びます」
と語った。
にゃんこく。
一同はこの何とも柔和な、そしてなかなかに
的確で味のある呼称に対し、再び形容し難い
表情になった。それらを再び集約したならば
「何だその…… いやもう良い」
とまぁそういう事であり、一同揃って
嘆息し色々諦めざるを得なかった。
一方にゃんこくに慣れ親しんでいるらしき
ディードは至極当然の如くその語を用い、
「ならばアレは『糸にゃんこく』でしょう。
未だ固まりきらぬ状態のものを、穴の
開いた器から押し出して作るようです。
『白滝』とも呼ぶようですが呼称を巡って
戦になる事も多いため声高に主張される
例は少ないですね」
と何とものっぴきならぬところを語った。
「それで戦になるとかヤベーべや東方……」
とシェド。これにサイアスが
「キノコとタケノコみたいな感じか」
と相槌を。
「あぁそれは戦もやむなしやな……」
その一言でシェドはすっかり納得したようだ。
やがて一通りの片付けを終えたデネブらが
戻ってきたので、一同は答え合わせを依頼した。
(『糸にゃんこく』で正解です)
デネブの一言におぉ、と満足気な声が広がった。
とはいえ糸にゃんこくは食材の一つであり
料理そのものの名ではない。そこで一同は
さらにデネブへと問い合わせた。
これに対してデネブが語るところによれば、
あの料理は第四戦隊営舎付き厨房長、通称
「女将さん」ことナタリーの手になる
新メニューだという話。
ナタリー曰く
「ソース共々ボリューミィな反面超ヘルシィ。
腹いっぱい食べても太らないから女衆にゃ
最高の一品さね! 10年前に作ってたら
あたしゃスリムなままだったかねぇ……」
との事。さらに曰く、件の料理名とは。
「にゃーにゃー麺……?」
普段通りに無表情なまま、小首を傾げ
もの問いたげにその名を呼ぶサイアス。
その様に肉娘衆が悩殺されクラっと揺らいだ。
シェドはそれを見て何を思ったか、
「にゃーにゃーちゃうで!
そりゃにゃーにゃー違いやで!
正しくはにゃーにゃーや、にゃーにゃー。
はぃもっぺんいうてみなはれ!」
といきなり発音指導を開始した。
「……にゃーにゃー」
取り合えず淡々とにゃーにゃーのサイアス。
クールビューティとのギャップによる
相乗効果で破壊的に萌えが効きすぎて、
肉娘らは声にならない悲鳴を発し悶えた。
「ちゃうちゃう! ちゃうで!
そこフラットやないねん!
もっと豊かにメロディアスに!
もっと優しくドゥスモン!」
何やらやたらと熱心に身振り手振りで主張する
ひょっとこ王子。周囲としてはおかしいやら
キモいやら。
ただサイアスの希少な
「にゃぁにゃぁ」
をさらに堪能したいので
ここは黙認することにした。
「ノンノン! ぴょんぴょんぽん!
おけぇ? ぴょんのぴょんでぽん!」
シェドは手をくるっくるっっと波打たせ
さらなる演技指導を施した。
「にゃあにゃぁめん」
「ぷりぃま! あんこぉりゅぬふぉぁ!」
「にゃーにゃぁめん」
「とぅれびぁん!!」
どうやら遂に「正しい」発音となったらしい。
シェドは揉み手をきゅっと吊り上げ感無量。
サイアスは澄まし顔も満更でなさげ。
さらに何度かにゃーにゃー繰り返した後、
目を丸くして見守るベリルにコツを教え
ベリル共々にゃーにゃーし始めた。
「ッ! か、閣下ぁ!! もぅ……
それ以上は、それ以上はぁッ!!」
それ以上は駄目だ。それ以上やられると
萌えすぎて正気を失ってしまう。アクラ
及び肉娘らは激しく危機的状況を訴えた。
「?」
とサイアスは小首を傾げるも
「わかったにゃー」
とコクリ。トドメであった。
ブホッ! と呻くアクラと肉娘数名。
次いで鼻血を噴き、どっと倒れた。
嫁御衆は顔を見合わせクスクス笑い、
ベリルは治療の験体を得てご満悦。
三人衆は挙動不審、或いはバツが悪そうに。
こうして暫しサイアス邸広間は
にゃんとも言えぬ風情となった。




