サイアスの千日物語 百四十日目 その六
「今朝は二戦隊風なのかな」
次々と運ばれてくる大小の皿と鍋。そこに
納まる品々を興味深げに眺めるサイアス。
デネブはニコリとするのみで特には答えず。
無論、甲冑の兜が微笑むわけではない。
だがサイアスや一家の面々には、デネブが
微笑んでいるように見えていた。
「二戦隊風…… 麺料理という事ね」
サイアスの隣でニティヤが頷いた。
正方形に内接円。その内接円に内接正方形。
幾何学的な俯瞰図を成す中央城砦のうち最奥
となる内接正方形に隔てられた内接円の空隙。
すなわち内郭の4区画を、4つの戦隊が
各々独自の拠点とする現況となってより、
まだ10年と経ってはいない。
城砦の防衛主軍たる第一戦隊が設立され、
北東区画を専一的に用い出したのが今から
概ね50年弱前。
その後立ち上げられた第二第三の戦隊は
時計回りに区画を占拠し、最後に第四戦隊が
北西に入った。そういう経緯だった。
そして第二第三の戦隊が現れた折から
各区画毎の文化習俗的な特色が際立ち始め、
食文化はその最たる一つとなっていた。
第一戦隊ではとにかく肉そして量。
他に形容し難いほどに肉であり量であった。
一方第二戦隊は一瞬の隙を突き勝負を決める
というそのロールとルールの所以であろうか、
何かにつけ「手早い」料理が好まれた。
ここでいう手早いとは食すに当たってとの
意味で、さっと入ってぱっと喰えるもの。
すなわち麺類が大層好まれていた。
麺類の他に揚げ物も盛んで、中でも現副長の
城砦騎士ファーレンハイトの切り盛りする
風雅な料亭「風廉亭」は他区画
からの評価も甚だ芳しいものであった。
さて今サイアス邸の広間の卓に着く
各人の前に次々並ぶ皿の上では
瑞々しい葉物野菜が大輪の花弁の如く
円を成して敷かれ。
葉物の上では麺と思しきものが
実に艶やかな光沢を放っていた。
葉物の淡い緑と麺の白米にも似た乳白。
いずれも色味は豊かだが、一方で香りは
ほぼ無く湯気もなく、実に静かな佇まいだ。
恐らくこれだけで食すものではないだろう。
誰もがそう判ずる通り、卓の小脇に別途鎮座
する大鍋小鍋からは芳しき湯気が流れていた。
「一見パスタ風だけれど麺は東方風だね」
西方諸国、特にトリクティアで好まれる
パスタは得てして小麦の色身。淡い金色だ。
だが眼前ものは風廉亭の「サ・ヌゥキ」に似る。
ゆえに東方風とサイアスは評した。
そして不思議そうに眺めるサイアスの皿、
麺らしきものの上に、大鍋からぐつぐつと
煮立つ風な、その実細かい肉がごつごつと
粒を成す木の幹の色に似た何かが掛けられた。
その上にさらにほっそりと刻まれた
白ネギが添えられ、トロミある赤茶の熱
ゆえか、ゆらゆらと揺らぐかに見えていた。
先刻までは淡い緑と白。
そこに強い赤と茶が加わって
その上でほっそりと白が踊る。
そして先刻まではついぞ無かった甘酸っぱい、
或いは甘辛い香りがふわりと鼻腔を擽り
知らず口中に切なさを誘った。
サイアスら一家にはデネブが繊細に丁寧に。
三人衆と肉娘には肉娘らが豪快にどばっと。
次々盛り付けが整えられ、小脇に溶き卵の
スープ及び補充用と思しき、切り揃えられた
野菜などが添えられた。
ほどなく一通り支度が整った。
邸内一堂、揃ってサイアスをガン見して
全軍突撃の大号令を待ち侘びる風情。
「いただこうか」
「いただきます!!」
満を持して、そういう事になった。
「……これ、麺じゃ、ない?」
一口、二口と食した後、
不思議そうにロイエが言った。
「だよね! 断じてうどんじゃぁない」
とランドも相槌を。平原東部、東方諸国と
トリクティアの交易の窓口でもあった町の
主であったランドとしては、何やらうどんに
一家言ある風でもあった。
「確かに麺に似ちゃいるが……
何だろうなこのプニプニ感は」
次々堪能しつつそう語るラーズ。
「上の肉たっぷりなプリップリのソースも
ミートソースじゃないですね……
あ、お代わりお願いしまっす!!」
と早速一皿平らげたアクラ。
こちらは肉に関しては
一家言や二家言では効かぬ風だ。
「ソースに関しては味噌が主体かと。
とても濃厚なのに口当たりが素晴らしく、
淡白な麺や葉物との『合い』が最高ですね」
とディード。
フォークを立てると自然にソースと麺が
絡まって、そのまま進めば葉物がパリリと。
そうして渾然一体となった一塊を口中へ誘うと
ジュワっとソース、プニプニと麺らしきもの。
そしてシャキリとした葉物がそれぞれ独自に
主張しつつも一個の完成された交響曲の如く
五感を愉しませるのだった。
未だ名も知らぬ異邦の料理をとにかく
ひとしきり堪能し、不可思議なる余韻の
うちに茶なぞしばきつつまったりモード
へと移行したサイアス小隊では、先刻の
料理に関する分析がおこなわれていた。
一言デネブに聞いてしまえばそれで答えは
判るものだが、それでは面白くないとの事。
何より後片付けに回るデネブの邪魔をする
訳にもいかず、デネブ及び片付けを手伝う
肉娘を除く面々はめいめい推理に耽っていた。
「とりあえず、アレは麺じゃないわね!」
とロイエ。これには誰もが賛同した。
「俺っち多分知っとるで! ありゃぁ
フェルモリアの食いモンだがや」
とシェド。
どうやら件の白い麺状の素体に
心当たりがあるらしい。
「ふむ? そうですか。
私にも心当たりがありますが
原産がそちらなのかも知れませんね」
とディード。
平原は東西にだだ長い楕円をしており
フェルモリアはその中央下方をさらに
下に引き伸ばした具合の位置にある。
広大な国土が山岳と高原、平地と沿岸に
際立って分かれている事から植生が豊か。
食事情も多様性に溢れ、何より何でも量産する
気風を有する事から、平原諸国のうちでも
特に諸物の原産地として知られていた。
平原の各地で食される野菜などは特に
実はフェルモリア原産であったという事が
頻回であった。ゆえに東方諸国出身の才女
たるディードはその線に頷いた。
「あの白い麺風のものは、何て名前?」
とサイアス。誰もが同じ想いでシェドを見やり
「うちでは『デビルたん』いうてたで!」
と注目にご機嫌となった
シェドはそのようにドヤ語った。




