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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
926/1317

サイアスの千日物語 百四十日目 その五

荒野と平原の区別なく、当節食事は日に2度

が常であった。第一戦隊を除く各戦隊営舎でも

これに倣い、食事は日に2度を無料提供とする。


サイアス小隊、少なくともサイアス邸では

これを朝と夕とに定めており、第二及び

第四時間区分の早い段階に取っていた。


どちらの場合もサイアスの起居で規模が随分

変わってくる。起きている場合は小隊全員分。

しかもデネブが発奮するためやや手間取る。


肉娘衆が給仕を手伝うべく厨房へと向かい

だしたため、遠からずといったところだろうか。

その辺の事情を十二分に加味しつつ、軍務絡み

の雑談が続けられていた。



「結局、参謀部は何がしたかったのかしら」



僅かでも害意を見せれば建物ごと寸刻む

所存であったニティヤが小首を傾げ微笑した。



「我が君の非違をあげつらう意図は無かった

 ようですが、書類上で役職解任の

 向きが見えるのは変わりませんね……」



ニティヤの隣でディードもまた

手指を顎に添え小首を傾げた。



「騎士団長に頂いた書状におおよその解が

 示唆されていたよ。端的に言えば、

 私『以外』を狙っていたらしい」



とサイアス。


「『以外』? それって

 ウチら狙いだったって事?」


と呆れた風のロイエ。



「そう。当小隊の解体を……

 もっと正確に言えば当小隊から

 主要な人材を抜擢する意図だったらしい」



「……は?」



今朝はすばらしくご機嫌であったロイエが

一気におそろしく不機嫌になった。


ロイエばかりでなくサイアス一家の面々は皆

怒気、を優に通り越して殺気に溢れ、珍しく

ラーズもキレ気味となっていた。


そしてその矛先はやむなきかな、サイアスへ。



「私に殺意を向けられても困る」



むべなるかな、サイアスは肩を竦めて

そう語り、知る限りの事情を追加した。





「三日後に迫る連合軍との合同作戦と

 その後処理が済み次第、騎士団は全的な

 再編成に入るそうでね。その試案を練る

 参謀部としては、中隊指揮官級の人材の

 確保に躍起になっているらしい。


 これまでの編成ではどの戦隊でも基本的に

 小隊を実働単位の主力と見做し、有力な

 兵士長にその指揮を任せてきた。


 これは騎士団全体が少数精鋭である事や、

 とにかく戦死者が多く大規模編成が難しい

 事などが理由にあったのだけれど今年は

 兵が随分と多めに残っていてね。


 そこで中隊や大隊での実働をより意識した

 編成にしたいところなのだけれど、それらを

 率いる指揮官が圧倒的に不足しているとの事。


 また現状、中隊以上は騎士団幹部及び

 城砦騎士さらには数名の兵士長が指揮を

 執っている。これらの総数は30に満たない。


 一方支城ビフレストや二の丸さらには

 歌陵楼等守るべき拠点が増えたことで

 同時に運用すべき中隊の数も増えている」 



荒野における人魔の軍勢の一大決戦。

黒の月、闇夜の最中におきる「宴」での

戦死者の数は、この100年間微量ながらも

確実な減少傾向にあった。


お陰で城砦騎士団戦闘員の数はこの100年間

微増を続け、昨今では概ね1000名に至った

ものだが、今年の宴での死傷者は昨年の6割に

留まっていた。


騎士団と騎士団を指揮下に置く西方諸国連合は

これを好機と一気に攻勢し、トーラナ始め複数

の拠点を設置し防衛体制の磐石化に努め、どの

拠点にも矢継ぎ早にさらなる人資を送り込んだ。


結果城砦騎士団に所属する戦闘員数は実に

1400人にまで激増しており、合同作戦の

有無に関わらず再編成は必須。そうした中で

最も不足するのは実働単位での指揮官であった。





「具体的な話をすると。

 私に関してはまた別件として、先の

 魔笛作戦において別働隊を率い活躍

 したロイエやラーズ、ランド辺りを

 新編成下の他戦隊における中隊指揮官

 として引き抜く気だった、と」


サイアスは淡々とそう語った。

 

「……舐められたもんだな」


ラーズが低い声で吐き捨てた。


十数年に渡り平原で戦に臨み。数多の仕官話を

蹴りに蹴って荒野の戦に赴き。そうして遂に

手に入れた主君、主君への忠誠を軽く見られた

とラーズは感じていた。


個人傭兵ワタリガラスという立場を貫いて戦場を渡り歩く事を

非難や嘲笑の対象とされるのはとうに慣れきって

毛ほどにも感じぬラーズとしても、流石に

肚に据えかねるところはあった。


「先を越されたわ」


台詞を取られキレる機会を逸したと

肩を竦めるロイエ。


「こういうのは早いもん勝ちだ」


口では飄々(ひょうひょう)と応じては見せるものの、

表情は微塵も飄々としてはいなかった。


「参謀部の肩を持つ訳ではないけれど」


サイアスはロイエやラーズの心意気に

感謝しつつも語って曰く



「役目的にも、個人としても。

 参謀部の連中は人の心情を解さない

 事がとても多いんだ。


 優秀な軍師ほど思考回路が人の理の外にある。

 知識として人の情を知ってはいてもそこに

 価値を見出さない。


 抽象的な意味ではなく、魔力の影響で

 心底そうなってしまっているみたいだね。


 特に土の症例でその傾向が強まるようだ。

 人としての感情を失い表情を失う。次第に

 それらへの喪失感すら失って石像のように

 なっていくのだとか」



「ほー…… 要するに病気って事か?

 なら食って掛かる訳にもいかねぇな……」



ラーズは不満げながらも聞き分けた。


ラーズは少なくともクラリモンドと言う

微笑の表情しか取れぬ軍師の事を知っていたし、

コロナにもその傾向がある事をうかがい知っていた。


それらの上役なルジヌも同様であろうし、

参謀長セラエノに至っては異次元の異常振り

な事を、思い返せば納得できたからだ。



「向こうの理屈としては……

 軍事的に妥当でさえあれば人の命も

 情もきずなも一切取るに足らないと。


 妥当な報酬さえ出せば人は必ず令に従うと

 そんな風に思っても居るのかも知れないね」


「そういうヤツぁ背中打たれてしまいだ」



サイアスの言に短く返ずるラーズ。


人の行動は理と利で割り切れるものではない。

少なくとも平原の人同士の戦では、そこが

判らぬ将帥しょうすいが永らえる事はないようだ。


もっとも生きるか死ぬかしかない荒野の戦では

人の情に加えさらに統率者に強さが要った。


理性や悟性の崩壊し得る人外の狂気に満ちた

極限状態では、兵は弱者には絶対に従わぬ。

ゆえに指揮官たりえるのは絶対強者たる城砦騎士。

或いはそれに準じる者だけなのであった。





「まぁ結局のところ。

 立ち消えになったそうだよ。この話は」


「ほぅ?」


小さく肩を竦めるサイアスに対し

すっかり邸内の総意を代弁する形の

ラーズが続きを促した。



「私が副長と口論したあの後、

 副長が参謀部にキレちゃってね……


 画策自体、戦隊への越権行為でもあるから

 剣聖閣下も別途思う所があったそうで。


 筋肉舞踏祭に出向くべく中央塔に騎士団長を

 迎えに行った際、二人して魔剣を抜いて

 参謀部に『お話』に出向いたとか」


「ッハハハ!

 確かにあんだけマジギレされたら

 副長も怒りのやり場に困るだろうしな。

 八つ当たり先としちゃぁ残当だぜ」



軍議で示唆しさらに事後承諾を取るにせよ

現段階での参謀部独自の画策が戦隊への背信

であると問われればそれは否定し難いところ。


何より絶対強者のさらに上役な城砦騎士長に

剣を象った魔そのものを抜き身で迫られた

のでは、なまじ魔力の高い参謀部衆としては

余りに刺激的に過ぎたようだ。


自身の命だけならともかく参謀部そのもの、

騎士団そのものの存亡に関わる状況となって

漸く参謀部、というかルジヌは自身の推し

進める策の危うさを思い知ったのだとか。


これにはラーズのみならず、不機嫌だった

皆が揃って笑った。一方コトの発端げな

サイアスはどこ吹く風と澄ましていた。


と、そこにデネブと肉娘衆が現れて、適宜

朝餉の給仕を開始。邸内のにぎやかさは

一層増す事となった。

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