サイアスの千日物語 百四十日目 その二
上司のとんでも歌姫の如く、宙を飛び渡り
最短距離を突っ切るわけにもいかぬランドは
オッピドゥスの供回りたる天守の兵らの案内
を受け、えっちらおっちら会場を目指した。
その間マッシモがランドの戦歴や功績の紹介を
して間をもたせていたため、いざランドが会場
入りし舞台に上がると大歓声が起きた。
数百規模の観衆の歓迎を受けるなど、
荒野に至ってからは初なランド。嫌でも
かつての己が所領、平原東部の交通の要衝
ロンデミオンの町を。春の収穫祭を思い出した。
花びらを舞わせ歌い踊る民の笑顔はともすれば
火の粉の舞う中泣き叫び逃げ惑う姿へと変わる。
ランドには生涯忘れ得ぬ光景であった。
是が非でも勝たねば。勝って勲功8万点を
獲得せねば。そして再びロンデミオンを興す。
ランドのこの想いは半ば狂気に近い程強かった。
失ったロンデミオンの復興を成すには
何よりまずもって土地が要る。城砦騎士団から
所領が下賜される下限は勲功50万点だという。
ランドの所持勲功は現時点で27万点。
この勝負に勝てば35万点となり4機追加発注
と相成ったセンチネルの保守補修及び次なる
作戦で奮闘し尽くせば40万点が目前となろう。
異形との戦では死も間近。実際先だっては
セントールもろとも喰われ掛けた。だがその後
の展開で諸々かなぐり捨ててしまったランドと
しては、最早不思議なほどに恐怖はなかった。
とにかく勝ち続ける事だ。さすれば破格の
勲功50万点も遠からず。遂には所領下賜も
見えてこよう。
もっとも所領を下賜されたとて、そこに民や
建物及び食糧さらに諸々のインフラは付かない。
それらはすべて自前で用意する必要がある。
さらには最初は人口100に満たぬ集落から。
やがて村と成り人口1000を超えて町。
長期的視野に立ちそこまで育て上げる事を
思えば勲功50万点はけして潤沢とは言えぬ。
矢張り目標勲功値は個人所持の限度額たる
100万点とすべきであろう。ランドは
脳裏にそう想い描き納得していた。
要するに400弱に囲まれ歓声を浴びつつも
ランドは上の空で勲功勘定に夢中だった。
お陰で何かとカカッと煽ってくるマッシモに
生返事をするばかり。それが逆に良い感じに
煽り返す格好となって会場を益々盛り上げた。
さて折り頃合。いざやるか、
となった、丁度その時。
元精兵隊員たるマッシモは当然の如く
古巣の精兵隊専用な白のセンチネルに
向かおうとしたものだが。
それを元精兵隊副長たるユニカが制止した。
「待ちなさいマッシモ。
搭乗機はランドに選ばせなさい」
成程これは一理ある。
主催側の都合で急遽引っ張り出した
それも挑戦者的立ち位置なランドに対し
一定の選択肢を与えるのはフェアプレイの
点から言っても妥当かと思われた。
そのためマッシモもルメールも会場も
この提言には大いに納得した。
そこで未だどこか上の空なランドに対しては
搭乗機を選ぶ権利が与えられた、のだが
「ランドよ聞いての通りです。
貴方が先に機体を選んでください。
ちなみに我々ビューティフラワーズの
機体は白です。繰り返します。我々の
機体は白です。では選んでください」
とじっとりと。
供回りなビューティフラワーズ共々
それはもぅじっとりと見据えた。
さながら伝承の聖獣、白虎の如く。
白を選ばねば貴様は食用だ。
彼女らの目はそう物語っていた。
「せっかくだから僕は白を選ぶよ!」
荒野の女衆に逆らって生きていける筈も無い。
骨までバリバリ喰われちまうその前にさっさと
ランドは選択を宣言した。
「ふむ、そうですか。
ならばそれで良いでしょう」
しれっと然様に返じ頷く
ユニカとビューティフラワーズ。
黒の機体と決まったマッシモや
ルメールとブラックマッスルズは
大いに互いに顔を見合わせるも
口に出しては何も語らず。
とにかくそういう事になった。
かたやマッシモ。兵器技能値が必要十分の3。
それを以て表現すべき組討技能が師範級の6。
かたやランド。兵器技能が師範級の6。
それを以て表現すべき組討技能は1未満。
先刻いみじくもマッシモが語っていたように
戦力とは「身的能力×戦闘技能」である。
実際はこれに装備による加算がなされるのだが
本質的には乗算部分が肝となる。
それを思えばマッシモの方が遥かに有利に
思われて、ユニカの半ば強引なランド推しは
首を傾げざるを得ぬ部分が多かった。
マッシモもルメールも会場の400弱も
この点についてほぼ同一の見解であった。
その一方で。
「あの」ユニカ卿が食い物の掛かった勝負で
手を抜くなど天地がひっくり返ってもありえぬ
事だと重々理解してもいた。
なら何か絡繰があるに違いない。
それは果たして何であろうか。
と皆して訝りはじめていた。
実のところ。
ユニカは先の魔笛作戦において、ランドが
ものの数分で火竜2機の精密射撃向け調整を
完璧に仕上げてのけた事。そして先に放たれた
火竜の弾丸に後追いで放ったそれを空中で命中
させた超人的な技量を目の当たりにしていた。
そしてアトリアに一喝された末、ランドが
言わば「覚醒」した事をも知っていた。
少なくとも兵器に関しては
ランドの右に出る者など居ない。
そうユニカは確信していたのだった。
そしてその確信はすぐに現実のものとなった。
「うわ、何だこれ……
操作設定も稼働帯域も狭すぎる。
これじゃ性能を引き出せないよ」
白のセンチネルに乗り込むや
早速ランドは大いにぼやいた。
一戦隊専用試作機センチネルの操作系統は
兵器技能の低い戦隊戦闘員向きに保安性と
操作性、耐用性を重視して随分とデチューン
されたものであり、開発者たるランドには
到底承服し得ぬ児戯に等しき有様であった。
こんなもの、乗ってられるか。
一言で言えば然様な感想を抱いた
ランドはカっと目を見開いた。
「計測域拡張しつつ基準値及び振幅再調整……
チッ、なら一次装甲との緩衝層の油圧制御を
駆動機構に直結して関節可動域の擬似拡大!
操縦系統との相補性再構築! 最大負荷稼働
での各部機動限界値更新! 戦速時姿勢制御
無段階再編成、均衡伝達関数ゴリゴリ修正!
運動性能更新分再起動、バランサーパージ、
オフライン、ワイヤーカット、総合再起動!」
ゴゥンゴゥンゴゥン……
キュルルィィイイン……
白のセンチネルは突如重厚に、
同時に軽妙に唸りを発し、両肩より垂れる
ヤジロベエに似たバランサーを地に落とした。
そして舞台の周囲の支柱から延びる
自身を倒壊せぬよう縛りつける縄を
ブチブチと引き千切りバラバラと
地に撒いてさっさと足で払った。
次いで両の拳を頭上に振り上げ
一気に降ろし両の腰に引きつけて
右足前に半身となって左拳を胸前へ。
右拳を開き前方を押さえるようにして
右手をすぅ、と前方へ伸ばし、構えた。
白のセンチネル本体の姿は
先刻までと何一つ変わらぬまま。
されど動きは生者と死者ほど異なっていた。
最早それは一個の、否、一人の巨人。
勇壮にして美麗なる白磁の騎士であった。




