サイアスの千日物語 百四十日目
城砦二の丸に集結した第一戦隊構成員。
非戦闘員を含む600余を余さず沸かせた
魅惑の筋肉舞踏祭から三日が過ぎた。
生来真面目で平素常に謹厳な一戦隊衆にも
やはりハレの機会は有用かつ必要と見え、
また来年も、と心に期する思いが日々の
任務にハリをもたらし、死地に行き続ける
希望にもなったようだ。
掛けた手間隙に物資食券は膨大で経理担当は
頭を抱え寝込みたいほどではあるようだが
それでもやって良かったと誰もが思っていた。
そして舞踏祭の最後を華々しく飾った
巨大人型兵器2機による「模擬戦」。
足場を固め足を止めひたすらどつき合う
単純無比、それゆえにべらぼうな熱狂を
もたらす一戦は、想定外の展開と結末を
迎える事となったのだった。
教導隊専用1番機、黒のセンチネル。
精兵衆専用2番機、白のセンチネル。
両者に乗り込んだ操主はいずれも兵士
そして盾使いとしては優秀だが、兵器の操作
においてはズブの素人に毛が生えたようなもの。
端的に言ってしまえば兵器技能1。
模擬戦と言えど大舞台で機体の性能を
遺憾なく発揮せしめる水準からは程遠かった。
さらに有効打判定をもたらす部位が所謂正拳。
丸めた指の付け根の起伏からから一つ目の
関節までの敵に正対する箇所のみであった
事が諸々の難度を大いに上昇させた。
要は互いに派手に動きぶつかり合えど
一本どころか技ありすら取れぬ泥仕合と
なってしまったのだ。
巨大な人型兵器が豪腕唸らせ轟音響かせて
次々打ち合う様に当初こそ大興奮であった
400弱も次第にテンションがダダ下がり
見上げる首も疲れてきた。
そしてそうした会場のテンションが伝わって
操主は益々焦りまくり、元より上手くない
操作が益々酷くなりゆく有様であった。
これはいけない。祭りの最後が大滑りである。
そこで司会の筋肉軍師マッシモは桃色の筋肉と
頭脳を大いに働かせ一計を案じ、実行した。
マッシモは舞台で暴れる両機体の操主へと
舞台を囲む400弱の頭が割れそうなほどの
大声で怒鳴り掛け模擬戦闘を中断させた。
そして再び観衆に向き直って曰く
「前座はこれまで!
前座はこれまでである!
センチネルの操作は難しい。
いかに優れた兵士といえど
誰もが扱える者ではないのだ。
生身の素手なら自在に繰り出せる拳も
機械を通せばそうはいかぬ。中で殴る
動作をしても機体を破壊するだけなのだ。
よってこれを十全に操るには、
重い操作系を制圧し得る秀でた肉体と
実現する挙動へのイメージを構築し得る
各種戦闘技能に加え、さらに別のものが要る。
即ち技量としては『兵器技能』!
これなくしては乗りこなせない!
そして諸君らは筋肉において地上最強の
存在といえど、兵器技能においては素人!
最低最弱のへっぽこぷーなのである。
ゆえに今回の大勝負では斯様な仕儀!
いかに精鋭兵士といえど斯様な仕儀なのだ!
だがこれではいけない!
記念すべき第一回筋肉舞踏祭の最後が
これではまったくもっていけない!
そこで操主の交代をおこなう事とする!!」
舞台と2体のセンチネルを背に
大いに吠えてそう語るマッシモ。
何が何だかよく判らないが
とにかく再び大興奮の400弱。
将も軍師も口の上手さが肝。マッシモは
間違いなくその条件を満たしていた。
さらに度胸も力量もある。
そう、先だってセンチネルの親機たる
セントールを操作したのを切っ掛けとして
兵器技能の習得にも取り組んでいたのだ。
その余りの異質さ、即ち筋肉質ゆえに
参謀部でぼっちである事は、少なくとも
この点においては幸いであった。
肉体のみならず兵器技能の鍛錬に日夜精進
していても誰も咎める事がなかったからだ。
「元第一戦隊精兵であるこのマッシモ!
マッシモ・ザ・マッスルが勝負を代行する!
この我輩、兵器技能は実戦水準の3である!
そして我輩が筋肉舞踏ガラール流師範な事は
賢明なる戦隊員諸君も知っての通り!
この我輩がセンチネルを操って
見事模擬戦に華を添えそして勝利せん!!」
兵器技能は必要十分の3。
そして筋肉舞踏ガラール流なる組討技能は
師範級となる6。武器を持つより素手の方が
強いかもしれないマッシモは大いに吠えて
400弱の観衆の心を掴んだ。が
「だがマッシモ。対戦相手はどうするのだ」
とのルメールの問いもまた至極もっともで
400弱の観衆の心情を代弁するものだった。
しかしこの問いとはまさに
マッシモが待ち望んだものでもあった。
マッシモはドヤ振りで大仰に頷き、そして
「出て来いランド!
マッスル同盟が相手をしてやる!!」
と南の高み、二の丸天守の閲兵の間へと
拳を突きつけ吠えかけて、観衆は訳が判らぬ
ままながらさらに沸いた。
「……え? 僕!?
ってかマッスル同盟って何?」
突如まったく予期せぬ流れ弾が直撃した
ランドは、眉間に豆鉄砲を食らったが如く。
「クク、どうするランド」
「そらもぅやるしかないべや!」
クツクツ笑うラーズ。大いにやる気、
というかやらせる気のシェド。
閲兵の間より観戦するすっかり酒が回って
出来上がった幹部衆や、今や気楽に飲み食い
しつつ見物に耽っていた供回りらも大いに
これを囃し立てた。
「蹴散らしてきていいよ」
とサイアス。
「うむ、四戦隊の意地をみせよ」
とベオルク。
「あ、はは、えーっと……」
4機増産の契約が取れた事や、舞踏祭終了後
痛んだ機体の修理に回る事から、酒にほぼ
手を付けていなかった事が幸いしてか、十分
動ける状態にはあった。
ランドの兵器技能は師範級となる6。
屈強な肉体をも有し何より開発者自身だ。
センチネルの能力を十全に引き出し、
手足の如く操るのに支障ない状況と言えた。
その一方で戦闘技能が軒並み低く、生身かつ
素手の戦闘に用いる組討技能は1に満たない。
先のセントールでの白兵戦においても、勝利
できたのは同乗するマッシモの指示あっての
事である。こと拳闘の駆け引きにおいては
子供扱いされる事だろう。
要するに、勝負の行方がまったく見えなかった。
やるからには勝ちたいがどうしたものか、と
脳裏で大いに思考を巡らすも逡巡するランド。
「ファイトマネーにに勲功1万点出そう」
と筋肉舞踏祭の主催者オッピドゥス。
勝っても負けても1万点。ならやるしか?
とランドの中の主戦派が勢いづいたところに
「フフ。俺は勝利報酬に1万点用意しよう」
「うむ。勝利で戦隊の名を高めたならば
ワシからも1万点褒美として出そう」
ローディスとベオルクがそう約し
「勝っても負けても私から1万点。
但し勝てばさらに隊から1万点付ける」
とサイアス。
「お前たちがそれだけ出すならば
騎士団長としては勝利報酬3万点だ。
どうだランド。不足はあるまい」
とチェルニー。
どいつもこいつも酒のせいで
気前の良さがべらぼうな事になっていた。
「は、はちまんてん……」
ランドはクラクラと眩暈を起こし
両脇のラーズとシェドにゴスゴスと
ぶつかっては弾き飛ばされた。
眼下では
「どうしたランド!!
出て来いこの馬鹿弟子がァ!!」
とマッシモがノリノリで喚き、
やんやと観衆が沸いている。
ランドは閲兵の間の幹部らに一礼すると
「勝手に弟子にしないでくれ。
ハゲてしまったらどうするんだ!
ともかく。良いだろう相手をしてやる!!
僕が一番センチネルをうまく使えるんだ!!」
とマッシモへ激しく吠え返し、
ドタドタと大急ぎで会場へ。
「ハッハッハ!
だから貴様はアホなのだ!
この我輩に勝てると思うな!!」
さらに煽るマッシモと沸く観衆。
こうして筋肉舞踏祭、トリの大勝負は
さらなる熱狂に満ち満ちたのであった。




