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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十二日目 その二

立ち話も何なので、とサイアスは二人を促して第三戦隊の営舎へ入り、

食堂を目指した。第三戦隊の営舎は一階部分がすべて訓練課程にくる

補充兵用の施設になっていた。中央の入り口を入ってすぐに、

向かって奥に踊り場のある大階段を持つ大広間があり、

大広間の南北両端にはそれぞれ食堂があった。

食堂の奥には補充兵用の8人部屋が続き、営舎の両端にはそれぞれ

浴場。全体として、北が男、南が女という区分けなのだそうだった。


三人は員数的に見ても空いていそうな南側の食堂へと入った。

今回の補充兵の女性は全体で50名、とはロイエの言だ。

男女を問わず現段階では互いの名前も知らず、元々の知り合いか

同室となった者の間で若干の会話がある程度、とも言っていた。

さらに追加として、食堂を越えて異性側の居室のある通路へ入ったり

浴場の周囲をうろついたりすると問答無用で捕縛され、どこかへ

連れて行かれるのだそうだ。既に何名か消息不明が出ているらしい。


サイアスは食堂のカウンターで二人分の軽食とエール、

そして自分用に茶を頼み、代価として勲功30を支払った。

補充兵だらけの一階の食堂では、勲功を消費して食事を摂るのは

珍しいことなのだそうで、出てきた軽食はむしろ重食であり

エールも樽で寄越された。サイアスの茶には茶菓子が付いていた。


サイアスは席に運ばれてきた料理とエールを二人に示し、

まずは腹ごしらえを促した。散々槍投げに興じていた二人は

存分にこれを堪能し、ひと心地ついて口が滑らかになったようだった。


「何よあんた、ちょっとは良いとこあるみたいね!

 これまでの無礼は赦してやってもいいわ……」


ロイエのセリフに呆れつつも顔には出さず、


「それはどうも。では事情を説明して貰いましょうか」


とサイアスは告げ、困った表情で苦笑する男と共に、

しばし難解なロイエの弁明に付き合うこととなった。



事の起こりはアウクシリウムだった。

補充兵や志願兵は一旦アウクシリウムで集められ、出自や性別で

小分けに編成されたのだが、その折頻繁にふらふら女性部隊の方へ

やってくる男衆がいて、ロイエはそれを不快に思い、注意したのだそうだ。


すると男連中から「見た目はいいのに」(ロイエはしきりに強調した)

凶暴であるとか、「見た目はいいのに」(ロイエはしきりに強調した)

女として残念だとか罵られ、同様の批評を下されてキレた数名を

中心に女性全員で徒党を組み、男衆を変質者として捕縛拘束し、

警備兵に突き出したのだとか。


この一連の騒動によって「女傑」だとか「女団長」だとか

呼ばれるようになり、さらに女らしさが遠ざかったロイエは、

北往路の外れで小休止した際に警護の兵士たちから漏れ聞こえてきた噂、

すなわち今回の補充人員には「誓いの歌姫」と呼ばれる絶世の美女がおり、

魅惑の歌声で大ヒルすら倒したのだという噂を聞かされ、

より一層、焦りと憤りを募らせたのだとか。


そしていざ入砦式、というときに、件の「絶世の美女」が颯爽と現われ、

多くの兵士に「敬われ傅かれながら」中央へと進んでいくのを

目の当たりにし、益々強烈な嫉妬心と敵愾心で

ロイエの「怒りが有頂天になった」のだ、と


サイアスはこの辺りで既にうんざりとし、ジト目でロイエを

見やりつつ、ぶつぶつ呟きながら茶をすすっていた。

大柄の男は必死で笑いを堪えつつも

サイアスに申し訳なさそうな態度を崩さなかった。

そしてロイエの熱弁はさらに続いた。


午後の膂力の測定の折、自分より遥かにひ弱そうなサイアスが

オッピドゥスに「主役として」抜擢されて投擲したことに腹を立てて

ぷっくり膨れていたところ、件の騒がしい男がオッピドゥスにこっぴどく

ブン回されてポイ捨てされ、恐るべき速さでシャカシャカと這って

群れへと逃げたとき、ロイエの足にへばり付こうとしたために

踏みつけたらば、酷いだのガサツだの歌姫を見習えだの散々罵られたため、

踏み込む足にヒネリを加えて物理的に黙らせ、

すべてサイアスのせいとばかりに睨みつけるなか、

サイアスが13の槍を土壁を貫通させて

本城にまで叩き付けたのを見た、と。


そしていざ自分が投擲する段になって、

目にもの見せんと10から順に全力で手槍を投げつけるも

一向に貫通させられず、いつの間にか復活していた騒がしい男に

槍投げですら歌姫に敵わぬと鼻で笑われ「有頂天が怒髪天」となり、

男をぶっ飛ばした後、今の今まで延々と槍投げをしていた、と。


サイアスはロイエをマジマジと見た。

夕方5時半から夜中の1時半まで、都合8時間、延々と槍を投げ続ける

その体力というか精神力は、ただただ凄まじいの一言に尽きた。

原動力がサイアスへの嫉妬心というのが、致命的に致命傷だが。

サイアスは大柄な男の方を見た。男は申し訳なさそうな

顔をしつつも、意見を求められることを全身全霊で拒絶していた。

こいつもそれなりに食えないヤツだ、とサイアスは感じていた。


「……話はわかりました。土壁を手槍が貫通したのは、

 加撃という戦技のお陰です。機会があれば学ぶとよいでしょう」


サイアスは溜息をつきつつもそう言った。


「何よ、あんたが私に教えれば済む話じゃないの?

 私がこうやって頭を下げてるんだから、素直に教えなさいよ」


ロイエはしれっとそう言った。男はもはや堪えきれず噴き出した。


「あははは、流石はロイエ様、君は凄いねー、うんうん」


男は腹を抱え涙を流して笑っていた。そしてサイアスの


「世にはばかる類だね」


との呟きで、さらに笑いこけていた。


「ちょっとあんた! 今私のこと馬鹿にしたでしょ!!」


と直感のみで激昂したロイエだが、サイアスが茶菓子を差し出すと

途端に黙って食べ始めた。男は笑い過ぎで過呼吸気味になっていた。


「樽のエールは取り置きを依頼して、少しずつ呑むといいでしょう

 明日の午後はおそらく走り込みです。そろそろ休んだ方がいいですよ」


と言い残し、サイアスはさっさと退散することにした。

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