表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
第五楽章 最も新しい神話たち
917/1317

サイアスの千日物語 百三十七日目 その十二

戦力指数とは飽く迄指数。

戦いの勝敗を決する全てではない。


それでも手を止め足を止め、戦闘状況を

単純化していく程に余計な係数が省かれて

数値通りの結果に近付いていく。


各上の班が格下の班の戦力指数を

少なくとも上回る事はできぬとなれば

確かに格下にも五分以上の勝ち目がある。


盾競べに参加する各班はこれを大いに

意気として、熱狂し勝負に臨んでいた。


ただしその場のごく一部の者ら。

歴戦を極めた者、或いは知力15観測技能5

以上で軍師の目の発現を経た者らなどは、

ここに巧妙に隠された絡繰からくりがある事に気付いた。



「6名総出の方が戦力で上なんだろ?

 にしちゃ、そこまで勝ててねぇよな……」


「確かにそうだよね……

 精々3割くらいかな?」


「へぃへぃ、なんでやねん?

 俺っちに判るように説明くれーちょ!」



ラーズ、ランド、シェド。

サイアス小隊の誇る名物三人衆は問い掛けた。


問うた先とは襲撃等有り得ぬ事だと確約を

受けてなお、ぎゅうぎゅうむぎゅっとデネブと

クリンに挟まれたままのサイアスである。



「開始直後、初撃で決着が付かない場合は

 6名の方から勝ち目が消える事になる」



デネブもクリンも甲冑姿。お陰ですり潰される

ような心地のサイアスは淡々とそう語った。


今三人衆の投げかける問いは、宴の折指令室で

自身が直面した問いでもある。身的能力のみ

ならず心的能力も順調に伸びているようだ、と

サイアスは三人衆の疑念に満足気であった。





「双方が全く同じ戦力で、

 さらに全く同じ攻撃を成し

 互いに全く同じ被害を得たとしても。


 多数な格下はそれを人数割りしてなお、

 個々の受ける被害量が自身の能力を上回る。


 一合で決着が付かなかった場合、格上は

 その場に残る事が多い反面、格下は衝撃を

 殺しきれず何名か飛ばされる事になる。


 特に今回のような、相手を壊す事を目的と

 していない勝負では顕著だろう。



 具体的な数値で言えば。それと戦力差は

 本来平方根にして加減するのだけれど

 判り易いようそのまま見るとして。


 例えば戦力指数1の兵と2の長を持つ班と

 戦力指数2の兵と3の長を持つ班とが

 やり合う場合。


 前述の格下な班は総員で参加するため

 戦力値としては1×5+4=9。


 後述の格上な班は最も戦力差の少ない

 長1名で挑むとして9だとしよう。


 この両者が互いにぶつかりあった結果、

 双方ともに9以上の衝撃を発した場合、

 勝敗の行方は不透明になるけれど。


 9未満であった場合。仮に8とすると

 長1名で9な方は単身で5を受けきれる。

 そのため姿勢を崩したとしてもその場に

 踏みとどまる事ができる可能性が高い。


 一方6名で参加している方は衝撃を

 人数割り出来たとして1.33。

 戦力値が1の兵5名は皆吹き飛んで、

 4な長のみ踏みとどまれる可能性を持つ。


  

 二合目以降は残りでやるのだから

 戦力差は開く一方だね。つまるところ……


 あの勝負は一見攻撃的だけれど、

 矢張り飽く迄防御力の勝負なんだよ。


 敵を吹き飛ばす事ではなく、その地を

 守るべく堪える事に秀でた方が勝つ。


 そうなると戦力で下回り独りでさえあっても

 命を張って拠点を守った経験の豊かな格上の

 方により勝ち目が出るのは自然だと言える」



サイアスは眼下の熱狂を楽しげに眺めつつ

そう語った。眼下では3割ほど番狂わせな

結果が起き、その都度兵らは大いに沸いている。



本来絶対勝てないはずの格上相手、しかも

ハンディ戦とは言えど。互いに力を合わせて

挑めば勝てる事もあるのだ、と兵らに体験

させると言う点でも、この盾競べの意義は

大きいものだ。サイアスはそう判じていた。


冷徹な観測を成すも兵の心情を深く理解し、

かつどちらに偏る事なく状況判断を得る。

兵を愛し慈しみつつもこれを躊躇なく死地に

向かわせる。矛盾や狂気をも孕む将の境地。


サイアスは確実にその境地へと至っていた。

そうした様を理解してか、騎士団長以下

騎士団幹部衆は満面の笑みを浮かべていた。


30半ばから40代半ば。最前線に立つ者と

して最盛期、またはそれを終えようとする

人類最強の英雄たる彼らは、自らなき後の

人魔の戦いを、人の希望を託す事のできる

新たな英雄を切望していた。


そして彼らはそれがサイアスであると確信

していたのだった。美酒による程よい酔いも

手伝ってか、幹部らは感無量といった呈で

さらに杯を傾けていた。





第三時間区分半ば、午後の二時半。

盾競べの全試合が終了し、全てを制した

最強の班が決した。勝者は矢張り序列が

最上位となる教導隊の班であった。


但し道のりはけして平坦ではなく、優勝した

1班を除けば全て精兵衆の班に敗北を重ねる

という番狂わせをも起こしていた。


会場の兵らも教導隊よりは格下の応援に

熱心であったため、辛くも序列最上位の

意地を保ったという呈だ。


強すぎて論外という理由で参加できず、

応援するだけであった騎士2名。


すなわち勝ったは良いが、と苦い顔の

教導隊長ルメールと、意地は見せたと

ドヤ顔の精兵隊副長ユニカの表情も

実に対照的であった。


さて兵員が総員で参加する出し物はこれにて

仕舞いという事で、本模擬戦、否、筋肉舞踏祭

の最後を飾る特大の出し物、その準備のために

暫し休憩が取られる事となった。


眼下で舞台を囲む400弱の大多数は

たっぷり薬湯漬けとなって大変な臭いを

発しても居たため、とりあえず平服に

着替えるべく営舎へと駆け戻った。


そして人の減った舞台周辺には資材部の人手が

大勢集結し、厨房の貨車に勝るとも劣らぬ

大規模な貨物を展開し、されど布で覆い

詳細を隠しつつ、着々と作業を進めていった。


「おぅマッシモ。ご苦労だった。

 セルシウスもよくやってくれた」


閲兵の間へと戻ってきた軍師マッシモ。

そして本舞踏祭の諸事を裏方として万端に

整えていた戦隊副長たる騎士セルシウスに

対し戦隊長たる城主オッピドゥスは

笑いながら酌をした。


マッシモもセルシウスも人としては

相当な大柄であるもののオッピドゥスの

用いる酒器はべらぼうなサイズであるため、

嬉しさとヤバさで複雑に顔を引きつらせ

つつも杯を賜り、


「さらば頂戴つかまつる!!」


とマッシモはザブザブと。


「ありがたく頂きます」


とセルシウスは無理なく

少しずつ酒を愉しんだ。


彼らは休憩時間が終わり次第、再び

眼下の会場へと戻るのだが、マッシモの

出鱈目な呑みっぷりに周囲は一抹の不安を

感じざるを得なかった。


「おいマッチョ、お前それで司会できるんか?」


とシェド。


「フハハハ! 我輩とて参謀部軍師、

 これがあるのだ!」


とマッシモはフードをはらり。


「何もねーべや……」


フードが滑り落ちたあとの黒光りする

輝かしき頭部をマジマジと見やるシェド。



「毛の話では無い!!

 耳を見よ耳を!!」



マッシモはあぁん、としかめっ面をして

シェドに右耳を突き出す風だ。


「ほぅ、確か水のイヤリングだな。

 しっかし似合わねぇな……」


クツクツと笑って言うラーズ。


「つまり君、いつも素面で

 そのテンションなんだね」


と呆れるやら感心するやらなランド。



「えぇい黙らっしゃい!

 お主らは性根を叩き直す必要があるな。

 どれひとつ、我輩が第一戦隊体操第二を

 教示してやろう。さぁ服を脱げ!」



服を脱げ、と命じつつ真っ先に自身が

脱ごうとするマッシモ。だがデネブやクリンを

筆頭に供まわりに含まれる女衆が全力で殺気を

飛ばし始めたため、慌ててフードまでかぶって

巨躯を小さく丸め出した。





「流石はガラールの再来だぜ。

 それでよく参謀部でやっていけるな」


としみじみとオッピドゥス。

伝説の初代第一戦隊長「筋肉の城」ガラールは

騎士団在籍中連日参謀部を訪れては目に付く

あらゆる女性軍師をナンパし続けていたという。


そして当時を知る、さらに自分だけはけして

ナンパされる事のなかった参謀長セラエノが

事あるごとに恨み節をも満載で愚痴るため、

参謀部では今もなおガラールは蛇蝎の如く

忌み嫌われていたのだった。



「参謀部では我輩に限らず男衆は皆

 肩身が狭い模様ですな。なので特段

 気にするような事はありませんぞ!

 空いた時間は只管鍛錬。これですな!」



と迷いなきマッシモ。


「成程…… それでお前、移籍前より

 一回り体格が良くなったのか」


とオッピドゥス。



「ハハッ! 筋肉とは孤高!

 そして漢とは背中で語るもの!!

 すなわちッ、広背筋が要なのです!!」



ローブをはち切れんばかりに膨らまし

頭上で交差した両腕を左右に展開し

水平で止め肘から先を天に。


総身の筋肉を一気に凝縮し、

その背その首その腕を、嵐の海原の如く

複雑かつ雄大なる隆起に富ませた。


バックタブルバイセプス。


それは筋肉舞踏ガラール流免許皆伝たる

マッシモ・ザ・マッスルの十八番おはこであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ