表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
第五楽章 最も新しい神話たち
913/1317

サイアスの千日物語 百三十四日目 その八

決勝を制したのは「ブラックマッスルズ」。

第一戦隊教導隊の漢たちであった。


第一戦隊教導隊は戦隊中最精鋭の部隊だ。

第一戦隊では戦闘員の実績と戦力指数を

計画的かつ総合的に管理し運営しており、

成長に合わせた言わば出世ルートが

明確に定められていた。


具体的には末席から予備隊。

訓練課程終了時における身的能力が

第一戦隊戦闘員の採用条件となる

「膂力及び体力15」に満たぬものの

前途有望な志願者が一定数在籍する。


第一戦隊へと志願するものは平原各国の

正規軍上がりであるか、謹厳実直を体現した

ような気性を有したものが多い。


そうした中から採用条件に遠からず、かつ

他の面で非凡な資質を有する者が採用される

こととなった。


また予備隊なる呼称は宴における役割を

指してのものであり、実質は正規軍である。

平素は防壁上の戦隊内の他隊と同様に

訓練と防壁上の勤務等に当たっていた。


次が第一戦隊副長の率いる大隊戦闘員。

訓練課程を経て採用条件を満たした新兵の

多くがここに在籍し任に就く。そうして

そこから歴戦を経て戦力指数を伸ばした者が

精兵隊へと移り、精兵隊でさらなる高みに

至った者が教導隊へと至るのだ。


第一戦隊教導隊は城砦騎士となる条件を

モデル化した際に語られる身的能力18以上

との条件を5項目中3項目で満たしており、

さらに戦技研究に熱心で戦闘技能も皆一流。

要するに戦隊内で城砦騎士に最も近い能力を

有する者らの集いであり、代々多くの城砦騎士

を輩出してきた名門部隊でもあった。


城砦騎士ルメール率いるブラックマッスルズ。

城砦騎士ユニカ率いるビューティフラワーズ。


隊長同士の勝負なら互角であっても

騎士級な最精鋭の教導隊員8名とそれに次ぐ

精兵衆8名とでは後者が及ばぬのは致し方の

ないところ。特に筋肉舞踏ではそうであった。


よって記念すべき第一回筋肉舞踏祭において

第一部、「戦隊一舞踏会」を制した栄えある

覇者は教導隊の「ブラックマッスルズ」と

相成ったのであった。





参加総数500余名。いずれ劣らぬ筋肉の主ら

による夢の、或いは夢で終わって欲しいかも

しれない競演は第一部を落着し、計画通りの

進捗を以て食事休憩と相成った。


折りしも第三時間区分始点、正午丁度。

一部の隙もなき仕儀であった。


城砦騎士団では1日を4つの時間区分に割る。

そして第一戦隊では各時間区分ごとに食事する。


騎士団の防衛主軍たる第一戦隊総員にとり、

食事は城砦防衛の次に大事なものである。

ちなみにその後は筋肉と訓練が続く。


それゆえ作戦行動中を除けば常に食事が

最優先目標となる。お祭り中でも当然そうだ。

お祭りの熱狂とはまた異次元の熱狂と殺気と

食気が会場に満ち充ちはじめていた。


その様を閲兵の間で見守る幹部らを

さらに見守る供回りの一人、なシェドが



「ご、500もウジャー! な怪獣の群れが

 一斉にギャーッス! て食堂に突撃したら

 流石にヤヴァくないっすか? 閣下!」



と問うのも無理からぬ事。但し

第一戦隊長オッピドゥスからの返答は



「何言ってやがる。毎日そうだぞ」



と簡潔極まるものだった。



「ぅぉマジで……

 俺っちにゃ無理だな。

 食い物にあり付けなさそうだわ」



とシェド。



「ガハハ。心配は要らん!

『ヴァルハラ』の定員は1000名だ!


『我らが食堂は値千筋あたいせんきん

 即ち一時に千の筋肉を潤すべし』


 とのガラール卿の要望で建てられたからな。

 500なんぞは朝飯前だ。うむ。我ながら

 上手い事言ったぜ。ガッハハハハ!」



とオッピドゥスに爆笑された。



「ちなみに中央城砦の備蓄する食糧の

 7割は第一戦隊こいつらが消費する」



とチェルニー。


「7割て…… あかん、ついていけん」


当節中央城砦の総員とは兵のみで

1000。非戦闘員も含めれば

2000に程近い数値となる。


2000名で消費している食糧のうち実に

7割方は500余が食い倒れしているのだと

いう恐るべき事実に、他戦隊からの来賓は

大いに驚愕した。





さて本来ならば雪崩を打って、しかし整然と

隊伍を成して大兵だいひょう千名の胃袋を同時に満たすと

いう超巨大食堂「ヴァルハラ」へ移動開始しても

いい筈の500余は、食への猛烈な渇望に身を

奮わせつつもその場に留まっていた。



「今日は折角の祭りなんでな。

『ヴァルハラ』がこっちにやって来る。

 要するに弁当の出前だ」



とのオッピドゥスの言が終わるか終わらぬか。

その折に眼下の500がどっと沸いた。



二の丸の北東にある城門から輸送部隊の

用いる特大の貨車が十数台、列を成して

現れたのだ。いずれも馬ではなく50程の

屈強な人手が押し或いはいていた。


どうやら運搬の規模が大きすぎて

城砦内の通路を通すのが困難であったらしい。

そのため外回りでやって来たらしかった。


彼らはヴァルハラの勤務の非戦闘員のうち

筋肉舞踏祭の第一部に参加しなかった手勢だ。

彼らは給仕を終えたあと、第一部に参加した

手勢と入れ替わる事になるとの事。


500余の兵らは歓喜の声をあげ最早防壁

の如く連なる貨車の群れへ。されど整然と

列を成し数名ずつ粛々と「弁当」を受領する。



「弁当ねぇ……

 どうやら箱詰めじゃねぇようだ」



と飛びきり目の良いラーズが

呆れて語るのもむべなるかな。



「……ホプロンに見えるね」



とサイアスの語る通り、各自の受け取る

「弁当」は限りなく円盾に近かった。



「うむ。実際ホプロンと呼んでるぞ。

 あれがうちの連中の一食分用トレイだ」



とオッピドゥス。どうやらそういう事であった。





両の拳を胸前でつき合わせ、水平に張り出した

肘から肘。これが騎士団制式円盾(ホプロン)

標準的な直径である。


500余の筋肉無双らが嬉々として整然と

受け取りゆくトレイはまさにこのホプロンと

同サイズのトレイであった。


トレイの中心には大きな窪みがあり、そこに

飲料の器が置かれ、窪みから円周へと放射上に

伸びる仕切りに区分けされ、各部には多種多様

の料理がこれでもかとびっちり満載。


その大半が各種の肉料理であるという。

肉料理以外では付け合せの葉物に穀物。

特に馬鈴薯を用いた料理が人気だとか。


フライドポテトとポテトサラダは常備され

大抵の場合肉じゃがも付くとの事。


第二戦隊では穀物の加工品である麺類が

特に好まれる傾向があるが、第一戦隊では

何より肉、そして野菜。穀物は付け合せに

近い位置を占めていた。


但し付け合せといってもそこは分量が尋常で

ないために、他戦隊の大盛り程度には在った。





こうして恐ろしく整然と、その結果

恐ろしく敏速に弁当を受け取り終えた

500余は、各自もとの座所へと戻り

昼食を開始した。


なおお代わりは自由。但し

トレイ上の統べてを平らげるのが条件で

殲滅したトレイと交換に一枚目と全く同じ

内容の新たなトレイが渡される。


一戦隊においてはこのお代わりを頼んで

おきながら喰いきれず残すのは最大の恥辱と

されており、さしもの大喰らい揃いであっても

お代わりを欲しがる者は数割程度であった。


また女子衆に関しては望めばスイーツ飯なる

別内容のセットを頼む事もできた。こちらは

全体の3割程が甘味にさし換わっている。


大変好評なメニューであり男子衆でも

こちらを好むものが少なくない。


ヴァルハラの厨房職員らは閲兵の間にも

現れて、幹部や供回りらに兵士らと同じ

弁当を配っていった。


その際ベオルクなどはこのスイーツ飯をと

申しつけ、ニタニタしつつ食していた。


サイアスは到底一人では無理なので

クリンに大半を任せ、自身は懐より

「ステラ・ディ・マリウス」即ち愛用の

横笛フラウトトラヴェルソを取り出して



「ちょっと笛でも吹いてきます」



と言うが早いか。


周囲が止める暇もなく高さ4オッピはある

閲兵の間のバルコニーから無造作に

ひょいと中空へ。





周囲が呆気に取られ眼下の500余が

驚愕する中、ととん、とん、と空を渡り

渡りながら横笛を構えかなでた。


その調べは軽妙な歩みに似て

誇らしげに飾られた絵に想いを馳せ、

回廊を楽しげに進みゆく様にも似た。


奏曲とともに進む歩みはやがて500余の

中央に鎮座する舞踏会の舞台へと辿りつき、

サイアスはふわりと降り立った。


余りに余りな出来事に、食に生きる一戦隊員

らが食を忘れる有様へと微笑を投げかけ

サイアスは優美に一礼した。



「とても楽しませて貰ったお礼です。

 今度は私が舞台に立ちましょう。

 是非とも皆の食事の供に」



と告げ、次の曲を奏し始めた。


続くのは煌びやかな緑と黄金色の大地が

共存する広大な大平原、そこを渡る楽しげな

風と地上を覇する百獣の王、獅子がのそりのそり

と豪壮に練り歩く、そんな様が交互に飛び交う

楽しげな曲。500余は愉快で豪快な筋肉の

謝肉祭を歌うこの曲を大いに気に入り、されど

サイアスの厚意を有り難く受け食事を楽しむ

こととした。


やがて曲は新たと成り、大平原から川面へと。

空の青を豊かに映す芳醇な流れへと移行した。

歌われるのは川中を勢いよく、飛び跳ねる

ように泳ぐ魚の姿。軽妙な長調の調べは

聴衆の心を弾ませ、食をさらに進ませた。


やがて優美で快活な魚の踊りは仕舞いとなり、

さらなる曲が始まった。舞台は再び平原へ。

そこに棚引く無辺の大草原へと移った。


ゆったりとした、それでいて軽やかな調べは

愛馬と供に草の海原を駆け遊ぶ勇士の想い。

または季節の祭りで舞い踊る可憐に着飾った

乙女らの姿。500余は美味なる食事に美麗

なる音曲、さらに歌姫サイアスの美貌を堪能し、

口と耳と目の三位一体の至福を得た。


こうして記念すべき第一回筋肉舞踏祭の昼食は、

それに相応しい無上の一時と成ったのであった。

1オッピ≒4メートル


本話にてサイアスの奏でた調べは、以下の

名曲の主題をそのモチーフとしています。


『プロムナード』

(D・ムソルグスキー「展覧会の絵」より)


『序奏と獅子王の行進曲』

(C.C・サン=サーンス「動物の謝肉祭」より)


ます

(F・P・シューベルトの歌曲より)


韃靼だったん人の踊り』

(A・ボロディン「イーゴリ公」より)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ